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14話 王子の手記



 フォクル領は元々、収益を出しにくい土地だ。北の隣国であるノルデン王国との国境があるため、この領地に求められるのは収益というよりも和平だった。

 

 マルヴィナの両親はエスタート国の王弟とノルデン王国の王女であるが、二人の婚姻によって和平がもたらされ、国境の往き来が活発になった。それで十分だったのだ。

 だから、前当主(王弟)の時代は赤字続きでも問題視されなかった。

 

 その状況はマルヴィナが当主になっても変わらないはずなのに、どういうわけか十か月ほど前から収益が黒字になる。それは急激に肥大化していき、第一王子セシルドが疑念を抱く。


 そうして、半年前。エルレッドにフォクル領の調査が任された。

 

 ノアと共に多角的に調べていくと、いくつか不審な点が見つかる。

 特に目立ったのは、フォクル領内で起きていた失踪事件の件数と収益の上昇率が一致していること。

 誘拐と人身売買。いや、まさかそんな……と調査を進めたが、女狐はしっぽを出さなかったのだ。


 必ずしっぽを掴んでやる。フォクル領に足を踏み入れた翌日から、エルレッドは奮闘した。

 以下、小さなメモ帳に綴った彼の手記である。


◇◇◇◇◇


【滞在二日目】


 まずは城内を捜索した。


 クレアとは違い、こちとら王族だ。マルヴィナ(以下、女狐とする)が相手だろうが、ズカズカと入りまくってやった。

 とはいえ、側近パラジルの目をかいくぐる必要があるため、進捗が良いということもないが。


 しかし……城の使用人が全員男性とは驚いた。コックや給仕、洗濯掃除係も全て男だ。いくら小さな城とはいえ、人数が少なすぎるのも気になる。


 クズ王子である僕のために侍女を排除したのかと思ったが、聞けば女狐が当主になってから先、男しか雇い入れていないらしい。

 侍女は、女狐の美しさをやっかんで()()()()からだと、使用人たちは口をそろえる。ほー? なるほど、なるほど。


 しかしまあ、ここの使用人たちは……アレだな。王子という立場的にはお首にも出せないが、正直に言えば、あーやってんなーという感想だ。彼らには女狐の香水の匂いがまとわりついている。


 女狐の婚約者である僕に対して、ちらほらと敵意を見せてくる者までいた。よくもまあ、あんな女に懸想できるものだ。

 朝食に激辛スープを出されたときは、王族相手によくやるなぁと感心してしまった。


 早くも横領のことが知られて、軽んじられているのだろう。……あぁしまった。クレアの軽蔑顔を思い出してしまったぞ。一旦、忘れよう。


 それにしても、味気ない食事だ。あー、クレアの作ったアーモンドナッツのケーキが食べたい。今ごろ彼女はどうしているのだろうか。どうか笑顔でいますように。

 


【滞在九日目】


 調べれば調べるほど不思議な城だ。


 王城とは真逆。鍵という鍵が、全てかけられていない。女狐の書斎も私室も、使用人たちの私室でさえ、全てフルオープンだ。


 帳簿など財政状況も勝手に見せてもらったが、王城に報告されている資料と完全に一致。


 ならば、隠し部屋や隠し金庫があるはずだ。夜な夜な家具を動かして壁を見たり、絨毯を剥いで床を確認したり、調度品や絵画の裏、果ては庭の隅々まで見てやった。とても疲れたが、疲れただけで終わった。


 そもそも城の寸法や構造を見る限り、怪しい空間はなさそうだ。収穫がないまま、一週間の睡眠不足だけが残った。最悪だ。


 たった数日で僕を追い詰めたクレアはすごいな。会いたい。愛してる。さすがに眠いね……おやすみ。



【滞在十日目】


 何もない空虚な城だ。きっと城内に隠し事はないのだろう。であれば、どこに隠した? 


 僕は昔からかくれんぼが得意だ。鬼の鉄則。こういうときは情報を集めるのが一番早い。


 早速、城周辺の街並みを散策し始めた。側近パラジルに案内をさせ、情報を得た上で気になるところを調査するつもりだ。


 道中での会話を以下にメモする。


「ずいぶんと賑やかになったものだな」

「ええ! フォクル公爵――今の領主様になってから、とても豊かになりました」

「パラジルは前公爵の時代から務めているのか?」

「ええ、今年で三十になりますから。以前、エルレッド殿下がいらっしゃったのは……十年前でしょうか。そのときは、ただの下働きでございました。現フォクル公爵の覚えめでたく、引き上げていただいたのです」


 以上だ。彼の人生は大丈夫だろうか。大丈夫ではないから、ここにいるのか。


 さて、そんなことはどうでもいい。

 フォクル領は何度も訪れていたが、女狐を避けていたこともあり、城のある中心街に来たのは久しぶりだ。


 パラジルの言うとおり、もう十年前か。女狐が子ぎつねだった頃に、城を訪問したことがある。

 そのときは閑静な街並みで、城も外も暗い雰囲気が漂っていたのを覚えている。


 前公爵は神経質で、自分にも他人にも厳しい人だった。例えば、目の前に子供がいたとして、笑いかけるようなことはしない。


 クレアはよく子供に好かれていたなぁ。彼女が母親になったなら、きっと父親とともに子供をまっすぐに愛し、あたたかい家庭を築くだろうな。


 ……ダメだ。幸せになってほしいけど、他の男に笑いかける姿なんて想像したくない。心が狭くてごめん。




【滞在十一日目】


 今日は街歩きで収穫があった。きっかけは子供たちの笑い声だ。朗らかな声の先にいたのは、フォクル自警団のメンバー。


 いわば、王立騎士団の縮小版とも言えるフォクル自警団。彼らは皆、パラジルを見ると姿勢を正し、敬礼をしていた。マルヴィナ直下の組織だからだろうか。


 王子のワガママを発動させ、自警団を見学させてもらいたいと言ってみた。

 パラジルは「ええ、是非!」と瞳を輝かせる。こいつ、側近のくせに悪事について何も知らされていないのだろうか。色々と隠そうともしないし、僕を嫌う素振りもみせない。


 逆に、自警団内の居心地はなかなかのものだった。

 初めはにこやかに接してくれていたのに、女狐の婚約者だと自己紹介するや否や、態度が激変。

 重ねて『マルヴィナの初恋相手は僕なんだ』と吹聴してみると、顔を赤くして怒る者や物にあたる者までいた。あっちもこっちも、やってんなーって雰囲気だ。


 ある意味、分け隔てない。女狐の体当たり的な統率力を見て、逆に尊敬してしまいそうになる。

 僕の場合は、身も心もクレアただ一人のものだし、言うことを聞かせるためだけに他者に切り分けて与えることなどできない。


 さて、肝心の自警団だ。彼らが放つ冷ややかな熱視線は、歩き疲れた脚をマッサージしてくれるようだった。

 どうやら僕がいると士気が高まるようなので、どうせなら長居してあげようと思いつく。

 食堂で昼食を取ろうと提案すると、パラジルは是非に、と瞳を輝かせる。こいつ、本当に断らないやつだな。


 そこで、できる限り細かく観察した。単純な嫉妬心だけでなく、警戒心のようなものを感じたからだ。

 加えて、こんなパラジルを上長のように扱う態度も気になる。


 この中に、人身売買に関わっている人物がいるのだろう。


 今日は少し寒かった。クレアは布団にくるまって寝ている頃だろうか。季節の変わり目に弱かったから、風邪を引いていないか心配だ。



【滞在十六日目】


 度々、自警団を訪れる。パラジル抜きで、ガンガン中に入り込んでやった。王族ならではの気まぐれを発動させ、彼らの士気をあげまくる。ふふん、いい気味だ。


 パトロールについて回れば、彼らは特に子供たちの安全に気を配っていた。子供を見守るようにと、女狐から言われているのだそう。見守ることと監視することは、似て非なるものだろうに。


 子供たちだけでなく、時には隣国ノルデン王国からやってきた旅行客と思わしき人々の案内をしていることもあった。


 中にはノルデン語を習得しているメンバーもいて、これには驚いた。言語を覚えると出世しやすいらしい。出世した先に、一体なにがあるのやら。


 クレアとも、よくノルデン語の勉強をしたなぁ。同じ陸続きの割には発音が独特で、ティータイムのときにノルデン語だけで会話をするゲームで楽しんだこともあったね。


 メラニー(侍女長)のおやつをこっそり盗むという罰ゲームを設定してみたら、会話中にクレアの顔がどんどん青くなってしまった。

 あのとき、実はわざと負けたんだ。きっと怒ってそっぽを向いてしまうから、クレアには言えない。


 言えないことだらけだね。ごめんね、クレア。



【滞在二十三日目】


 自警団に入り浸ること一週間。いくつか分かったことがある。


 元々、兄上がフォクル領に疑念を抱いたのも、黒字化に加えて、その収益が上がったり下がったりしていたからだ。

 天候因子には左右されないくせに、月ごとのバラつきがひどく大きい。上がると、その翌月は下がる。下がると、翌月は上がる。怪しすぎる。


 その不自然な挙動から察するに、女狐が誘拐する人数を大雑把に決めているのだろう。


 指示をされた忠臣の誰か――例えばパラジルが、自警団にその人数を伝える。


 彼らはパトロール中にさらう子供の目星をつけたり、あるいは迷子を保護するフリをして誘拐しているのかもしれない。


 さらうのも探すのも自警団なのであれば、見つかるわけもない。


 子供は陸続きの隣国ノルデン王国に連れて行かれるのだろう。

 ある程度人道的ではあるものの、ノルデン王国には奴隷制度があるからだ。売ったり買ったりは合法だ。

 誘拐での人身売買は非合法とされているが、子供がどこから連れてこられたかなんて、誤魔化せばいくらでもまかり通る。


 そして、売買で得た収益を他の項目に上乗せして王城に報告しているに違いない。


 事前に調査した人身売買の単価と、フォクル領の収益を比較してみたが、ほぼ一致している。

 やはり、すべての収支はきちんと王城に報告されているのだ。収支報告書に『人身売買による収益』という項目があれば、とてもクリーンだったかもしれないね。そんな項目はあるわけもなく。


 どうして黒字にこだわるのか。その動機はわからないが、女狐は金を隠していない。だからこそ証拠を掴みにくい。悪事で稼いだ金を隠さないなんて、頭がおかしい。


 僕の横領のように、どこかに裏帳簿があるはずだ。それを探すのが一番早い。


 二番目に有力なのは、証言してくれそうな自警団メンバーを用意することだろう。女狐の悪口でも言ってくれないかと、試しに何人かに話を振ってみた。


 しかし、彼らはこう返してくる。「殿下は女狐様のことを何も知らないのですね」と。はいはい、知らない知らない。アイドンノー。 


 女狐は神様だとか、やせ細った土地を豊かに育てたのは女狐の愛の力だとかなんとか、どいつもこいつも血走った目で語る。愛ではなく、悪事の力だ。


 しかし、本当に誰もが信じて崇めている。宗教じみた雰囲気は、鍛え上げられた僕の鳥肌を立たせるほどだ。気色悪い。


 やはりコミュニティーにおける同性の目というのは必要なのだなぁ。自警団に女性が一人でもいれば、少しはマシだったのかも。

 真実のキスもなしに、溺れた男の目を覚まさせるのはひどく難しい。うーん、共感するところだ。


 ……あー、辛い。クレアに溺れた僕の目を、誰か覚ましてくれないか。苦しい。会いたくて、仕方がない。


 いや、だめだ。弱音を吐くべきではないな。誘拐された子供たちの両親に比べたら、僕の苦しみなんて――。


 そうだ。手段はもう一つあるじゃないか。誘拐された子供たちの家族がいなくなっているのは、どんなカラクリなのか。調べてみよう。


◇◇◇◇◇


 こうして、事件に巻き込まれたある家族のことを調べはじめた。





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