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11話 ドアノッカーは響かない


 公爵八家が集まる日。清廉潔白を顕示するような青いドレスに身を包み、クレア・アーレイは玄関に向かう。


 執務室で見つけた横領の証拠は、元の場所に戻しておいた。ノアからの速報では、今朝も同じ場所に置いてあったとのこと。


 このまま彼の罪を告発して、王位継承権の剥奪に追い込む。それが正しき貴族の心術だ。


 ―― でも……本当にこれでいいの?


 誰にだって間違いはある。継承権の剥奪は免れないし、罪をなかったことにはできないが、追い込むような断罪をする必要があるだろうか。エルレッドを更生させるような、温かい方法もあるかもしれない。


 十二年間の絆は、ある種の鎖だ。クレアの心にある何かが彼女を咎める。


「クレア、もう行くのか?」


 そこで父親に声をかけられる。

 昨日、両親には全てを話した。初めこそエルレッドの悪事を信じてもらえなかったが、父親の耳にもいくつか噂が入ってきていたらしく、最終的には全てを信じてくれた。


 一緒に出席すると言ってくれたが、アーレイは伯爵位だ。クレアは第三王子の婚約者としていつも出席していたが、父親はそうはいかない。


「あぁ、心配でならない。深追いするのはやめなさい。自分の身を一番に考えるんだよ」

「ありがとうございます、お父様。ノア様もいらっしゃるから大丈夫ですわ」

「そうだな、困ったらノラディス公爵(ノアの父親)とノアくんを頼りなさい。クレアが頑張っている間、私も王城にいるようにするから、終わったら一緒に家に帰ろう。家族で過ごそう」


 胸の奥がつんとする。エルレッドと家族を天秤にかけたとして、本当に自分の言葉で彼を刺し殺すことができるのだろうか。だが、やるしかない。


「……では、いってまいります」


 こういうとき、いつもなら彼がアーレイ邸まで迎えにきてくれていた。でも、ドアノッカーは響かない。




 エスタート国の公爵家は八つある。その中でも、特に権力を持つ家を三大公爵家としている。


 一つ目、先王の王弟の血筋であるノラディス公爵。これがノアの父親だ。エルレッドとノアは再従兄弟の関係になる。


 二つ目、王妃の実父であるバラード公爵。第一王子と第二王子の祖父にあたる。


 三つ目、現国王の王弟の子であるフォクル公爵。これがマルヴィナだ。彼女は国王陛下の姪であり、エルレッドの従姉妹である。


 濃い薄いはそれぞれだが、公爵八家はいずれも王族の血が混ざっている。そこに加えて四人の王子が集まる会合だ。国王と正妃は外遊中であり不在だが、王家の血を引く者がここに集まっていることになる。


 両側に立つ使用人によって、大きな扉が開かれる。

 入室したクレアを、公爵八家――事情を知っているノラディス家以外が訝し気に眺めてくる。隣にエルレッドがいないし、破局の噂も聞いているからだろう。マルヴィナは洋扇で隠しきれない嘲笑をこぼしていた。


 ノアが心配そうにアイコンタクトを送ってきたので、クレアは『大丈夫よ』と返して席につく。


 しかし、向かいにいるマルヴィナからの視線が痛い。

 クレアは昔からマルヴィナが苦手だった。伯爵位ごときがと蔑むような視線が常時送られてくるし、何かと当たりが強い。エルレッドの目を盗み、嫌みを言われることもあった。

 マルヴィナが第一王子の婚約者であった頃は、彼女とは将来の義姉妹になるのだからと、あまり気にしていなかった。


 しかし、今さらながら、あの態度の数々は……。


 ―― あ……もしかして、エルレッド様のことを好きだったのかしら


 マルヴィナの方が年上だし、そんな発想をしたこともなかった。

 でも、距離を置いて初めて見えてくるものがある。今や公爵を名乗るほどの人物であるマルヴィナの嘲笑。そこには、女性特有の愉悦のようなものが感じられる。長きにわたる嫉妬が解消されたような……。


 気付かれないように彼女を観察していると、大扉の向こう側から怒号が聞こえてくる。これは第二王子の声だろう。扉が閉められているのでよく聞こえないが、なにか問題が起きたようだ。


 従姉妹であるマルヴィナが他家を制するような仕草をしながら立ち上がり、大扉を開けるように指示する。

 

 ギイッと軋む音と共に開けられた扉の先を見て、マルヴィナの口角が上がる。彼女の視線は、次にクレアに向けられた。

 

 それを不思議に思いながら、クレアは入室してくる人物たちを待った。そこで大きく驚く。


 第一王子、第二王子、第四王子。三人の横には、それぞれの配偶者あるいは婚約者が並んでいる。


 そして、第三王子であるエルレッドの横には、レベッカ・レカルゴが寄り添っていたのだ。

 公爵八家もざわつくほどの事態。レベッカとクレアを交互に見て、この後の展開を誰もが思い浮かべる。


 ―― そんな……嘘でしょう……!?


 この場に彼女を連れてくるということは、そういうことだ。


「アーレイ伯爵令嬢、改めて告げよう。今日、この場で君との婚約を破棄する」


 そして、隣にいるレベッカ・レカルゴと婚約を結び直すことにした。彼はそう告げる。


 あんなに愛に満ちあふれていた瞳だったのに。クレアに向けられた瞳は冷淡という温度を通り越し、邪険とも言える感情に染まり切っていた。






次回『12話 婚約破棄』


お読みいただき、感謝です!


※マルヴィナの年齢を間違えていたため、修正しました。正しくは21歳でした。

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