逆行悪役令嬢の末路 ~全てを失った悪役令嬢は何度も時を逆行し、幸せを得る。しかし、彼女はやり過ぎた……~
3作目になります。
悪役令嬢物語の皮を被った、転生ヒロインの復讐物語になります。
悪役令嬢好きの方には、ちょっと辛いかもしれません。
誤字報告ありがとうございます。
お陰で助かります。
ふと目を覚ました。
今回で何度目だったか……そろそろ両の指では足りなくなる位か……と、ファムリア公爵令嬢は思った。
前回は一周回って本来の婚約者との人生だったが、まぁ悪くは無かった。
しかしやはり一番は『彼』との人生だろう。
久しぶりに、それを目指すかと彼女は思った。
そしていつも通り、邪魔になる人物の抹殺を画策する。
今回は、どんな方法を採るか……ファムリアは笑みを浮かべた。
ダリア王国の公爵令嬢であるファムリアは、何度も人生を繰り返している。
最初の人生は最悪であった。
婚約者であった王太子が、事もあろうに男爵令嬢と恋に落ち、ファムリアと婚約破棄をしたのだ。
当時、王太子に恋慕を抱いていたファムリアは、男爵令嬢に嫌がらせをするよう、密かに取り巻きに命じていた。
だが、そう言った嫌がらせは、王太子や側近に阻まれ失敗ばかりしていた。
そして学園の卒業式の時に、それまでの悪事を暴かれ、何故かやってもいない罪まで着せられた結果、彼女は婚約破棄されたのだった。
その際、彼女は気付いた。
王太子に庇われるように保護される男爵令嬢の顔に。
やられた……嵌められたと。
その後、彼女は戒律の厳しい修道院へと送られることになる。
公爵令嬢であり、未来の王国の国母たる自分が、高が男爵令嬢に嵌められて修道院送りになるという失態。
しかも公衆の面前での婚約破棄という憤死物の屈辱。
ファムリアは怒りと屈辱によって反射的に身投げしたのだった。
目を覚ました時、何故か自分は自室の中に居た。
これまでの事は夢だったのかと思ったが、どうやらそうでは無かった。
どんな奇跡か、ファムリアは過去に戻っていた。
全てを理解したファムリアは行動する。
先ずは自分を嵌めた者への報復だ。
王太子との婚約を結ばないようにした。
自分を裏切った男などと結ばれるなど、冗談では無かったからだ。
そして、王妃教育で習ったこの国の暗部に触れる知識を基に、王太子の側近であった者達の実家にそれと無く妨害工作をする。
それが功を奏してか、側近達の首が入れ替わっていた。
月日は流れ、ファムリアは王国の学園に入学する。
そして、彼女はある日、護衛の騎士に命じて、男爵令嬢を殺害した。
理由は彼女がファムリアに対して無礼を働いたという事だ。
実際は有無も言わせずに斬ったのだが。
男爵令嬢は半分が平民と言う立場で、ファムリアは公爵令嬢だ。
よってファムリアの蛮行は通った。
前回、男爵令嬢は貴族らしからぬ言動で、男性陣を魅了していたが、女性陣の一部からは蛇蝎の如く嫌われていた。
取り巻き達が虐めの命令を引き受けていたのも、彼女がヘイトを買っていたからだった。
どうせ今回もそうなると、ファムリアは思ったので男爵令嬢を殺害した。
こうしてお咎め無しのまま学園を卒業したファムリアは、やがて国内の貴族と結婚し、それなりに幸せな人生を送った。
だが、気が付くとまた時間が逆戻りしていた。
仕方なくそれを受け入れたファムリアは折角だから、色々な人生を楽しもうと思った。
一度は目指した王妃となる為に暗躍した。
王太子を排除し、別の王族を立太子させ彼と結ばれた。
因みに男爵令嬢は、平民時代に見つけ出し殺害済みだった。
放っておけば邪魔になるだろうし、また自分の婚約者に手を出されるのだろうと予想したからだ。
三度目の人生も悪くなかった。
完璧な王妃として国を富ませた自信があったからだ。
少し頑張り過ぎて早死にしたが、それも構わなかった。
何故なら、また時を遡り蘇ったのだから。
こうしてファムリアは何度も新しい人生を送った。
時には隣国の王子とも結ばれたりした。
男爵令嬢はやり直す度に殺した。
一度目に受けた屈辱は人生をやり直しても拭い切れなかったからだ。
寧ろ、やり直すたびに良い人生を歩めている自分を意識する度に、自身を不幸のどん底に堕とした男爵令嬢への憎しみは、ますます燃え盛っていた。
普通に殺して排除するのではなく、苦難の人生を歩ませる為のレールを引いた。
一家離散によって苦界に堕としたり、奴隷商人に売り払われるようにしたりと、やり直しの度に彼女を地獄へ送った。
「さて、今度は何処に送ろうかしらね?」
そろそろネタ切れ気味でもあった。
「ああ、そう言えば隣国に怪しげなカルト団体があったわね」
邪神崇拝をするカルト団体である。
信仰する邪神へ生け贄を捧げる為、幼い少女達を誘拐をしていた組織があった事を思い出した。
隣国に嫁いだ時、夫である王太子の指揮の下に壊滅させた記憶がある。
「なら、そこへ送ってあげましょうか。フフ、邪神とは言え神に召されるのですから、彼女も本望でしょう」
クク、と邪悪な笑みを浮かべるファムリア。
その後は、愛しい彼と共にカルト団体を滅ぼして、名声を更に上げるとするかと思った。
早速彼女は行動に移した。
それが自身の破滅に繋がるとは、この時のファムリアは思ってもみなかった。
男爵令嬢ミレーヌは幸せの絶頂だった。
前世の記憶に目覚めた彼女は、この世界のヒロインとして行動し、見事に推しの第一王子と結ばれた。
攻略情報通り、好感度を上げる選択肢を選び、能力を鍛えた結果である。
他の令嬢から嫉妬による苛烈な虐めはあったが、本当に危険な事からは攻略対象達に守られていたので、実質ノーダメージだった。
婚約破棄イベントも無事に終わり、悪役令嬢は退場した。
本来なら処刑される処だが、それは流石に後味が悪いので、修道院に送ると言う結末にしたのだが、まさか飛び降り自殺をするとは思わなかった。
ちゃんと、情けを掛けて助命嘆願をしてあげたのだが、無駄になった。
その後は王太子妃として、厳しい教育が施されたが、伊達に転生ヒロインをやっている訳では無い。
見事に王妃教育を成し遂げて見せた。
周囲は驚いていたが、チートヒロインの自分には不可能では無かった。
その能力を用いて、推しと共に国を栄えさせた。
満足の行く人生だった。
気が付くと、みすぼらしい天井が見えた。
「あれ……? ここは?」
先程まで自分は豪華絢爛を極めた王城の寝室に居たはずだった。
周りには多くの召使が控えていたのだが、誰もいない。
普通なら、此処でパニックになって大騒ぎをする処であるが、彼女は取り乱さずに落ち着いて周りを観察する。
伊達に王妃として君臨していた訳では無かった。
「……どうやら此処は実家の様ね」
そして鏡の代わりの水を張った瓶を見ると、そこには幼い少女が映っていた事から、過去に戻ったと言う事に気付いた。
転生の次は逆行である。
「一からやり直しかー、でもまあ、いいか。前世と前回の知識はバッチリだし、今度は別の攻略対象も良いかもね!」
ミレーヌは前向きに今の現状を受け入れた。
「でも、どうしようかな? 精神的に見た目通りに若返っているけど、前みたいなヒロインムーブはちょっとキツイというか、痛いわね」
前回は充実していたが、その分滅茶苦茶大変であった。
他の攻略対象も高位貴族なので、それなりに大変な人生を歩むだろう。
それならば、今回は敢えてノーマルエンド的な生き方でも良いかもしれない。
そう思ったミレーヌはのびのびとした晴れやかな気分で眠りについた。
その後の苦難の人生を、この時の彼女は全く予想していなかった。
年頃になり、男爵に引き取られた彼女は学園へと入学した。
入学して直ぐに、ミレーヌは違和感に気付いた。
嘗ての夫である第一王子の側近である攻略対象達が、何故か見当たらない事に。
別に攻略する気は無かったが、一周目と違う状況に困惑する。
そしてもっと貴族間の動きを調べるべきだったと後悔する。
周囲の状況を探る為に行動するミレーヌであったが、そこで予想だにしない事態に見舞われる。
悪役令嬢と学園内でエンカウントした際、ごくごく普通に令嬢としての礼を行った直後、彼女の護衛騎士に斬られた。
肩口からバッサリと斬られたミレーヌは何故と思う前に事切れた。
「な……に、何だったの?! アレは!」
気が付くと、昔の実家に戻っていた。
いきなり切り殺されると言うデッドエンドに困惑する。
「いきなり殺されるなんて普通はあり得ないわ! あの悪役令嬢、何を考えてッッッ!!」
そう思った時、ミレーヌに一つの予感がした。
「まさか……逆行したのは自分だけじゃない?」
悪役令嬢も同じく逆行しているのではないかと言う予感だ。
嘘みたいな話だが、既に転生と逆行をしている自分の境遇を思えばあり得なくは無い。
それに前回、第一王子の側近達が入れ替わっていた事を踏まえると、公爵令嬢としての立場で何かしらの干渉を行った可能性がある。
記憶を持っているから、敵となる側近達を排除し、自分を斬り捨てたと考えれば悪役令嬢の行動に辻褄が合うのだ。
そうなると状況は最悪だ。
如何にチートヒロインとは言えども今は平民だし、良い所でも男爵令嬢に過ぎない。
公爵令嬢である悪役令嬢ファムリアには、現時点では勝てないのだ。
何とかしようと思ったが、時すでに遅し。
逆行した時点でミレーヌは詰んでいた。
この時は平民の時点で殺された。
その後も男爵家に引き取られた直後に一家惨殺の目に遭った。
ある時は男爵家を破滅させられた。
ミレーヌの知識で男爵家を守ろうにも、公爵家の力が強すぎた。
何かしらの成果を出す前に、ファムリアの実家によって圧力を掛けられた結果、周囲から孤立させられ、事業は悉く潰され、男爵家はあっという間に没落した。
そしてミレーヌは、平民となった。
それだけなら良かったが、多くの借金を抱えた結果、彼女は苦界に堕とされた。
娼婦として生きて行くのは辛かった。
前世においては基本真面目に生きていたし、転生してからのヒロインとして人生は貴族令嬢であり、王妃でもあったのだ。
そのギャップの大きさに、心が折れそうになる。
それでもミレーヌは歯を食いしばって生きた。
恐らく自殺しても強制的にやり直し人生になる。
そしたらまた、悪役令嬢に何かしらの方法で排除されるだろう。
ならば、この苦界で少しでも多くの経験と知識を吸収し、何が何でも生きてやると誓った。
腹を括ってみると、娼婦としての人生もそう悪くは無かった。
常に身体を清潔に保つよう注意し、ヒロインとしての魅力と王妃教育で培った所作を武器に、彼女は成り上がった。
数年後、彼女は超高級娼婦と成り上がった。
並の貴族以上に稼ぎ、ただ金を持っているだけの男では触れる事も出来ないと言う、正に夜の女王であった。
「人生どうなるか分からないねぇ……」
キセルを吹かし、ミレーヌは独り言ちる。
噂によると、あの悪役令嬢は王妃となったらしい。
今も王国の為に辣腕を振るっているとか。
最初は憤ったが、今となってはどうでも良くなった。
これはこれで悪くない人生だったからだ。
こうしてミレーヌは、歓楽街の支配者として長く君臨する事になった。
「……はぁ、またか」
やっぱり逆行した。
「さて、次はどんな人生になるのかねぇ?」
今回は奴隷商人に誘拐され、売られる事になった。
結局やる事は娼婦だったが。
順当に出世し、裏世界の顔役までのし上がるが、そこで終わりだった。
何でも王妃となった悪役令嬢の指示による、王都浄化作戦との事だった。
最初は自分の存在がバレ、抹殺の為に動いたと思ったのだがそうでは無かった。
ミレーヌは自分の素性を隠していたので、その正体がバレるような下手は打っていない。
単純に前回以上に力を付けた、裏社会の歓楽街を掃討する為の作戦である。
「……クッ。やり過ぎたかねぇ……」
前回の知識を存分に振るった結果、勢力を増した裏社会の存在を王妃となった悪役令嬢が危惧したのだった。
袖の下を惜しまなかったのだが、優秀な王妃は見逃してくれなかったらしい。
軍によって蹂躙される裏社会の住人達。
荒事に慣れているとは言え、正規の軍隊相手ではどうしようもない。
ミレーヌは、苦労して築き上げた裏社会ごと滅ぼされた。
「ったく、やってられないわね!」
苦労して築き上げた自分の国と言えるべき物を滅ぼされたのだ。
流石に怒り心頭だった。
「そもそも、一回殺した時点でチャラでしょうが! やり直す度に人を何度も殺すわ、苦界に堕とすわ、もう許せない!」
倍返しどころでは無い復讐を何度も受けて来たのだ。
いい加減にミレーヌも切れた。
向こうがその気なら、こっちにも考えがある。
とことんやってやるとミレーヌは誓った。
悪役令嬢ファムリアの痛恨の失敗である。
彼女はやり直しをしているのは自分だけだと思っていた。
ヒロインであるミレーヌもまた、自分同様やり直しをしているなど思ってもみなかったのである。
だから、排除した後は基本的にそれで終わりだと放置していた。
それだけならまだ良かったのだが、毎回排除に動いた挙句、意図していなかったとはいえ、ミレーヌの築き上げた物を壊した事で、彼女の恨みを買ってしまった。
ファムリアも何度も復讐を果たしたのだ、適当な所で手を引けば、ミレーヌを完全に敵に回す事は無かっただろう。
それからやり直す度にミレーヌを排除したが、どっこいミレーヌは生き延び、その都度ファムリアに憎悪を抱きながら、あらゆる知識を吸収していった。
そしてある時、禁断の力を手に入れたのだった。
実はこの世界には魔術は存在する。
尤も、実用的なレベルには達せず、素質のある者が修練の果てに行使できる代物である。
火を起こすのに、魔術を使うよりも道具を使った方が早い。
それでも魔術と言う力を神聖視し、高めようとする組織は存在する。
大抵はカルトだが。
ミレーヌはカルト団体に送られ、彼等が崇拝する邪神への生贄になるところだったが、娼婦時代の権謀術数を駆使し、生き延びた。
そしてそこで魔術を習う事になった。
手品程度の魔術は夜の女王時代に見ていたが、自分で行使するのは初めてだった。
そして、転生ヒロインである彼女には魔術の適性があった。
それも、ある意味定番である魅了、洗脳に効果のある呪術である。
そう言えば前世で流行った悪役令嬢物で、転生者のヒロインが良く魅了の術とか使っていたなと、ミレーヌは思い出した。
「フフフ、私に相応しい力じゃあないか」
ミレーヌは魅了術を極める為に今回の人生を費やした。
結局、カルト団体は悪役令嬢によって滅ぼされるが、十分な力を付けたミレーヌは滅びを受け入れた。
そして遂にミレーヌのターンが来たのだった。
今回は雑に殺しに掛かって来た。
流石にネタ切れしたのだろう。
「それでも、殺しに来るんだから執念深いわね。いいわ。それでこそ、こっちも遠慮無くやれるものねえ!」
ミレーヌは怪しく嗤う。
魅了術により刺客達を配下に置いたミレーヌは暗躍する。
両親や周りに己の死を偽装し、裏社会へと入って行った。
そこで知った顔である裏社会の者達を片っ端から魅了、洗脳した。
ミレーヌにとっては、昔からの馴染みなのでその思考や嗜好を、全て知っているのだ。
実に簡単なお仕事であった。
数年で隣国を含めた数か国に渡る巨大犯罪シンジケートを作り上げたミレーヌだが、その存在自体は巧妙に隠された。
ここまで来れば、色々な情報がミレーヌの元に来る。
そして誰かしら有力な貴族も囲い、魅了する。
そしてミレーヌは何食わぬ顔で、学園へと入学したのだ。
勿論、顔と名前を変えてだが。
こうしてミレーヌは一周目同様、ヒロインとして思う存分振舞い、大勢の人間を魅了した。
攻略対象だけでなく、老若男女全てだ。
中には隣国の王子も居た。
今まで居なかった人物が学園に居たのだ。
恐らくファムリアが何かをしたのだろう。
「そういえばあの女は何度か結婚していたわね、この男と。随分と入れ込んでいるのねぇ」
頭を垂れ、ミレーヌの足にキスをする男を見下ろしながら呟く。
前回自分が所属していたカルト団体を滅ぼした時に、陣頭指揮を執っていた男が跪いているのは滑稽だった。
「フフ、お気に入りの男が既に私のモノに成ってるって知ったら、あの女はどう思うかしらね?」
蠱惑的な笑みを浮かべるミレーヌ。
色々と仕込みはしている。
ファムリアに知られるような愚は犯さない。
何故なら、彼女の取り巻きや実家含めて、既にミレーヌが手を回しているからだ。
何も知らずに完璧な令嬢として振舞うファムリアの姿は、ミレーヌには滑稽に映った。
全ての準備を終え、遂に学園の卒業式が行われる。
大勢の来賓を迎えて行われる学園の卒業式でそれは起こった。
「婚約を破棄する!」
壇上で高らかに宣言するダリア王国王太子。
突然の婚約破棄に、ファムリアは目を大きく開く。
この男は何を言っているのだと?
幼少期に結ばれるはずだった婚約はとっくに撤回されている。
今は隣国の王子とファムリアは婚約していた。
意味が分からなかった。
「ファムリア・ドーラム公爵令嬢! 前に出るが良い!」
名指しで自分を呼ぶ愚かな男に、ファムリアは苛立った。
最初に自分を裏切った男。
以前にお情けで結婚してやった男。
それが偉そうに自分を叫ぶのだ、不快であった。
馬鹿な男の呼びかけなど無視しようとしていたファムリアの腕が、何者かに掴まれる。
そのまま抵抗出来ない程の力で引っ張られ、広場の前に引きずり出された。
「キャアッ!」
信じられなかった。
淑女たる自分をこのような雑な扱いをする男に。
その男は近衛騎士団長子息、以前結婚したこともある相手だった。
男気があり、生涯彼女の騎士として仕えることもあった。
そんな自分に対して無礼を働いた事実に呆然となる。
ファムリアはそれでも毅然とした態度で意を唱えるも、周りの反応は冷ややかであった。
ファムリアは周りを見渡す。
誰一人として彼女を守ろうとする者が居なかった。
婚約者たる隣国の王子すら、彼女を庇おうとしなかった。
「何をしているのですか!? 貴方達は栄えある卒業式でこの様な蛮行をして、唯で済むと思っているのですか!?」
一人気勢を吐くも、誰も付いて行かない。
いよいよファムリアもこの異常事態に恐怖を感じた。
そこに壇上から一人の少女が現れた。
その瞬間、会場中の者達が一斉に頭を下げる。
「なっ!?」
ファムリアはその光景に驚きを隠せない。
王国内の高位貴族や隣国の貴族が一糸乱れぬ流れで敬服したのだから。
「面を上げなさい」
可愛らしくも、威厳を感じさせられる声に皆、一斉に顔を上げた。
ファムリアは声の主を見上げる。
その姿には見覚えがあった。
「久しぶりねェ。悪役令嬢さん」
自分を悪役令嬢と呼ぶその少女は、嘗てファムリアを屈辱の海に叩き込んだ張本人だった。
「な……何故貴方が!?」
生きているの? と聞きたかったが、直ぐにミレーヌは言葉を被せた。
「そんなの決まってるでしょお? アンタの刺客を返り討ちにしただけよお?」
「そ……そんな!?」
雇ったのは破落戸だが、平民の少女一人を殺せない程無能では無い。
そもそも殺害の報告は受けていたし、今までは上手くやっていた。
今回に限って失敗したのかと、ファムリアは思った。
「不思議かしらあ? 私が生きている事」
公爵令嬢ファムリアを見下す男爵令嬢。
「いいわ。教えてあげる。ねえ貴女? やり直しているのが自分だけだと思っていた? 自分だけが特別だと思っていた?」
ミレーヌの言葉に、ファムリアは一瞬で理解した。
この女は自分と同じく人生をやり直し、その記憶を有していた事を。
つまり、これまでの彼女の仕打ちを全て覚えてるという事を。
ファムリアの身体が恐怖で震える。
今日、この日にこのような事を仕出かしたのは、自分への復讐の為だと。
自分は既に、その手の内に囚われた事を。
「ああ、流石に察したわね。御明察の通りよ。既に貴女は、私の手の中……」
蠱惑的とも言える吐息を吐きながら語るミレーヌには、魔性の如き怪しさがあった。
周りから溜息が漏れる。
完璧に魅了されている。
長い人生の中でも、これ程までに人心を掌握した人物をファムリアは見たことが無い。
憂さ晴らしに起こしていた復讐で、彼女はとんでもない化け物を生み出してしまったのだ。
「フフ、随分とやってくれたわねぇ? 一度目は有無を言わさず殺したし、二度目もならず者の手で……それ以降は色んな手で苦界に送られたわぁ……」
ファムリアの震えが止まらない。
「あ、気付いたあ? 私、苦界に身を堕としても結構長生きしたのよ? カルト団体に生贄にされた時も……ね?」
そう、ミレーヌは地獄を生き残ったのだ。
そしてその中で恐るべき力を手に入れた。
その力で以て、彼女はファムリアに復讐に来たのだった。
一縷の望みを賭けて最も愛した男に顔を向ける。
だが、彼はミレーヌに夢中でファムリアの事など眼中に無かったのだった。
完全に詰んだのだ。
「その女の動きを完全に封じなさい」
言うや否や、ファムリアは猿轡を嵌められ拘束される。
自殺防止の処置だろう。
「雑に死ぬのは許さないわよ? これ迄受けた仕打ちの仕返しを、タップリさせて貰うわね?」
地獄に堕とすと、宣言された。
「私の子飼いに中々優秀な奴等が居るの。死にたくても死なせてくれない、悪趣味な奴等がね」
否、ミレーヌの宣言は、地獄すら生温かった。
それから十数年、ミレーヌは何時も通り贅沢の限りを尽くした生活をしていた。
昔は這い上がる為に苦労したものだが、今ではイージーモードだ。
正にチートヒロインと言う感じである。
無敵過ぎて逆に物足りないが。
だからと言って馬鹿な事をして、国を荒らすような真似はしない。
人生、退屈なくらいが丁度良いのだ。
そんなある日、従僕からファムリアが亡くなったと聞かされた。
「申し訳ございません。あらゆる延命処置を試みましたが、如何ともし難く……」
申し訳なさそうに頭を下げる従僕だが、ミレーヌは気にしなかった。
つーか、今まで生きてたんだ? という具合である。
最初の数ヵ月は笑いながらファムリアの惨状を眺めていたが、一年もせずに飽きた。
それ以降はずっと放置で、名前を聞く迄その存在を忘れていたくらいだ。
ファムリアの遺体はそれは凄惨な物だった。
人のカタチをしていない。
それだけで、彼女がどのような目に遭っていたかお察しである。
拷問担当にはこれまでの苦労を労った。
「さて、復讐は終わったけど、これからの人生どうするかねぇ?」
そう言いながら、ミレーヌは表と裏の世界の女王として長きに渡り君臨した。
皮肉にも、彼女が存命だった頃は大きな戦争も起きず、平和な時代であった。
彼女が亡くなってからの後世では、その時代を黄金期と呼ぶ程であった。
「まーた、これかあ……」
ミレーヌはウンザリした。
復讐も終え、大団円を迎えただけにもう人生に未練は無い。
「まったく、何時まで続くやら……」
そう思ったが、そこでふと閃いた。
「ああ、あの悪役令嬢がいたね。フフ、今度はアイツが私に復讐に来るかも?」
そう思うと楽しくなってきた。
折角の逆行者同士、血で血を洗う闘争に身を置くのも悪くない、そう思っていた矢先だった。
公爵令嬢ファムリア死すと言う噂が国中に広がったのは。
どういう訳か、彼女は発狂し自ら命を絶ったそうだ。
本来、公爵令嬢にそんな醜聞が出るはずは無く、通常は病死と伝えられるのだが、その死に様が余りにも凄惨であった為、ゴシップとして流れたのだった。
「あー、前回余程酷い目にあったからかねえ……逆行しても狂ったままだったかい」
前回のファムリアの末路を思い出す。
完全に狂い、精神を崩壊させていたそうだ。
まあ、無理もないなとその時は思ったが。
「やれやれ、折角面白くなると思ったんだけど、不戦勝かい……あと何度これが続くのかねぇ……」
この分だと、次もこうなるかもしれない。
好敵手が居ないとなると、退屈な事になるなとミレーヌは思った。
ならばこれを機に、今回は王妃でも裏社会の女王でも無い、普通の人間としての人生を謳歌するのも良いかもしれない。
思い立ったが吉日と、ミレーヌは立ち上がる。
尤も、凄まじい人生経験と化物スペックを持つチートヒロインが、平凡な人生などそう簡単に歩めるかという問題があるのだが、ミレーヌはそれに気付かなかった。
ありがとうございました。
評価を頂けると嬉しいです。
また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。