思い出
それにしても――
「朝雨の話は、分かるようで分からないんだよね」
「何? 文句あるの?」
朝雨が噛みつく。
「いや、文句があるわけじゃないんだけど、なんか腑に落ちないというか……」
「どういうこと? 私、ちゃんと説明したつもりなんだけど」
朝雨が説明したことに関しては、ちゃんと理解したつもりである。
しかし、もっと根本的なところが引っ掛かっているのである。
「朝雨、今さら僕の身の潔白を知ってどうするの?」
「え? どういうこと?」
逆に僕の指摘が、朝雨にとっては腑に落ちないようである。
「だって、当時は卒業間近だったし、朝雨と僕とは、今日のデートを最後に別れることが決まってるでしょ?」
「そうだね」
「ここまで来たらもうどうでもいいんじゃない? 僕が殺人犯かどうかなんてさ。だって、朝雨と僕とは、すぐに『赤の他人』になるんだから」
それが僕が腑に落ちない点なのだ。
恋人の身の潔白を知りたい、というのは、理解できる。
ただ、なぜ今この時期なのか――
朝雨の話に基けば、朝雨は、僕に告白する以前から、僕が采奈を川に突き落としたと疑っていたらしい。
そのことが気に掛かっているならば、最初から付き合わなければ良いのだ。
裏を返せば、朝雨は、僕が殺人犯である可能性がある知りつつ、僕と交際を始めたはずなのだ。
それなのに、別れる間際に、恋人の身の潔白を知って何になるというのか――
それはあまりにも遅過ぎないだろうか――
「……道人、あなたは何も分かってない」
朝雨が、急に真顔になる。
「道人、私とあなたは別れても、決して『赤の他人』にはならないの」
だって、と朝雨は続ける。
「中学生活は人生で一度きりなんだよ。中学時代の恋人は、一生の思い出だよ。私は、中学時代の大事な恋人を、殺人犯にしたくなかったの」
朝雨の言うとおり、僕は、何も分かっていなかったのである。
「ごめん」と朝雨に謝ろうとしたのだが、それはできなかった。
朝雨が僕に駆け寄り、僕の口にキスをしたのである。
柔らかな唇を離した後、朝雨は、僕に微笑みかける。
「道人、今日は京都で最高の思い出を作ろうね」
この作品で、僕が一番気に入っているのは、この話で明らかにした地獄丸(朝雨)の動機の部分です。
現実の事件の動機は、基本的に、実利的なものです。金銭目的とか恋愛目的とか、そういうやつです。
しかし、ミステリにおいては、もっと斬新な動機が生み出されています。
その中で、僕が好きなのは、①壮大な動機、②他者には理解されない(くだらない)動機の2パターンです。
①は、たとえば人を殺すということによって、人の生き死にを超えた何か大きな目的を達成しよう、というものです。
僕が東野圭吾が好きなので、東野作品でいうと、「眠りの森」や「鳥人計画」なんかが①に当たるかなと思います。動機について考察したい方は、ぜひこの二冊を読んで欲しいなと思います。
僕の作品で言うと、ステキブンゲイの編集の方からベタ褒めされた(けれどもなろうではほぼ読まれていない)「ダービーへの執念」なんかがこのタイプかなと思います。
自作なんで、平気でネタバレすると、この作品では犯行に関与する人が二人いるのですが、それぞれの動機が、「過去に自分が騎乗した中で最高の馬に、ラストレース(有馬記念)でもう一度騎乗したかったから」というものと、「日本競馬界の未来(脈々と引き継がれてきた血統地図)を守るため」というものになっています。
そして、もう一つの、②他者には理解されない(くだらない)動機というのも、とても好きです。これは、ポンっと出しても「くだらない」と唾棄されてしまいますが、それまでのストーリーを読ませることによって、読者様に「なるほど。そういう動機もアリだな」と思わせられるかどうかが勝負になります。
例によって東野作品で言うと、デビュー作で乱歩賞をとった「放課後」ですかね。これは書評では「斬新」と評されていますが、おそらく、普通の人が普通に聞いたら、「何それ? そんなことで人殺すの?」って感じだと思います。
そして、本作の、朝雨の動機(一生思い出として残るであろう中学時代の恋人を「殺人者」にしたくなかった)は、②だろうな、と思っています。
この動機は、作中で主人公が指摘しているとおり、普通に考えると、腑に落ちないのです。「え? なんで今? どうせもうすぐ別れるんでしょ?」となるでしょう。
しかし、乙女心の強そうな朝雨のキャラクター、そして何より、お互いに好き合っているけれども高校進学を機に「計画的」に別れる二人という特殊な設定により、本作では、その「くだらない」動機が、読者様にも理解可能なものになっているではないか、と思っています。
やはり「くだらない」と思われるかもしれませんが、筆者の意図が通じたり通じなかったりするのが小説の醍醐味かなと思うので、それはそれで良いかなとは思っています。
あ、ちなみに、ここでミソなのは、今回朝雨が地獄丸になったことで、朝雨自身は、主人公が殺人犯でないことを知れたのですが、配信の副作用で、配信を見ていた者(同じ中学の生徒)の中では主人公は殺人犯とされてしまっているということかなと思います。
朝雨的には、殺人犯と付き合っていたと「周りから見られる」かどうかは気にならず、殺人犯と付き合っていないことを「自分が知る」ことができるかどうかが重要だったということになります。
なんて独善的なのでしょうか。視野狭窄で性格が悪過ぎると思われるかもしれませんが、僕は、朝雨のこういうところが可愛いなと思っています(要するに、作者の性癖)。




