目的
地獄丸の正体が自分であることを、朝雨が隠す必要はもうないだろう、と僕は思っていた。
案の定、朝雨は、ケロッとした顔で、「そうだよ」と認める。
「どうして分かったの?」
「恥ずかしながら、僕は全然分からなかったよ。新多から直接聞くまではね」
卒業式の後、屋上前の踊り場で、僕は新多に、僕が采奈を殺してしまったことについて、正直に話した。
神妙な面持ちで、その話を聞いた後、新多は、お返しと言わんばかりに、地獄丸の正体について教えてくれたのである。
「最初、僕は、地獄丸の正体は新多だと思ってたんだ」
「知ってるよ。道人からの回答DMが私に来たからね」
朝雨が可笑しそうに笑う。
「その理由のうちの最たるものは、最初に地獄丸の配信の存在を僕に教えてくれたのが、新多だから、というものだった」
「第一発見者はまず疑え」ではないが、当時そこまで広く知られていなかった地獄丸を新多が偶然知った、ということは不自然に思ったのである。
「実はこの僕の考えは惜しいところを突いてたんだ。朝雨、そうだよね?」
「まあね」
「新多は、地獄丸本人ではなかった。だけど、地獄丸の協力者だったんだ」
要するに、新多は、今回の暴露騒動に関して、朝雨と示し合わせた上で行動をしていたのである。
「新多は、朝雨の指示に基づいて、久しぶりに僕に声を掛けた。そして、地獄丸の配信の存在について、僕に話し、僕が配信を見るように誘導したんだ」
あの日、新多が、僕を、屋上前の踊り場に呼び出したのは、朝雨の指示によるものだったのだ。
「新多からそう聞いたの?」
「ああ」
「新多って意外と口が軽いんだね」
朝雨は、本気で新多を非難しているのではなく、おそらく冗談でそう言ったのだと思う。
「ただ、僕が新多に聞いたのはこれだけだ。他のことは何も分からない」
「他のことって?」
「たとえば、地獄丸が暴露配信をした目的とか」
僕は、地獄丸――朝雨にそれを一番聞きたいのである。
地獄丸の正体が朝雨だと分かった後も、なぜ朝雨が地獄丸に扮して暴露配信を行ったのかということは、僕には想像もつかなかった。
そんなことをしても、朝雨にメリットはないと思えて仕方がないのである。
「目的……そうだね」
朝雨は、両手を広げて、伸びをする。
河川敷の清らかな空気を胸に溜め込んでから、朝雨は、言う。
「私は、道人が本当に殺人犯なのかどうかを確かめたかっただけなの」
新多から聞いたってなんだよ! ちゃんと推理しろよ!
と思われた方もいるかもしれません。
僕も、できればそうしたかったのですが、そこまで気が回りませんでした(当然、主人公が推理する場合には、その推理を可能とする手がかりを事前に示しておく必要がありますが、それをしていませんでした)。
ただ、開き直るようですが、本作はいわゆる探偵小説ではありません。
探偵小説のメリットは、推理の過程を楽しめることです。
他方、デメリットは、どうしても過去志向になってしまい、ライブ感が足りないことかな、と思っています。
個人的には、ライブ感(主人公が当事者として巻き込まれていく感)を重視しているので、探偵小説ではなく、本作のような形式をとる場合が多いです。
そうすれば、「ノックスの十戒」から免れて、主人公を犯人にすることもできますからね(「ノックスの十戒」が分からない方は、ぜひ、僕の過去作の「アンチノックス探偵」を読んでみてください。1万字台で、自他ともに認める、菱川短編史上最高傑作です)。




