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純粋

 地獄丸の配信を見終わって、紗杜子はショックを受けている――ように見えた。



「どうしてこんなことを……」


 紗杜子の声が震える。スマホを持っている手も震えている。



「僕もすごい悪趣味だと思う。今さら采奈の死を蒸し返そうだなんて」


 紗杜子は、ゆっくりと頷き、僕に同意を示す。



「紗杜子、地獄丸の正体について心当たりはある?」


「……ないです」


 紗杜子は正直に答えた――のだと思う。


 僕は、紗杜子が地獄丸である可能性は、朝雨が地獄丸である可能性よりも低いと思っている。


 紗杜子は、そんな陰湿なことはしない。紗杜子は、そういうことをされる側であって、する側には一度もなったことがないのである。



「紗杜子はもっとズルくなった方が良いよ」

 

 采奈が事あるごとに紗杜子に言っていた台詞が思い出される。


 僕も采奈に同感だった。紗杜子は、正直さによって損をしている。本当はもっとしたたかに生きるべきだし、その権利もあるはずなのである。



「紗杜子、たとえばこういうのはどうだい?」


 紗杜子が、采奈お助け隊に加入して間も無い頃であり、紗杜子へのイジメがまだ継続していた頃。


 例の踊り場で、油壺に細い筆を浸しながら、采奈が提案する。



「紗杜子が、イジメっ子諸君にあえてケンカを売るんだ。『お前の方が生きる価値がない』とか、真っ当なことを一つ言ってやるだけで良い」


「……そんなことしたら、私、殴られちゃいます……」


「そうだよ。紗杜子、イジメっ子諸君に殴らせることが目的なんだ。そこをボクがスマホで撮影する。そして、その証拠動画をSNS上に公開するんだ。そうしたら、イジメっ子諸君は泡を吹くぞ」


 隣で話を聞いていた僕も、さすがに横槍を入れざるを得なかった。



「おいおい。采奈、そんなの無理だよ」


「道人、どうして?」


「まず、学校内にスマホの持ち込みは禁止だよ」


「そんなルールはこの際気にするべきじゃないよ。より巨大な悪の前では、小さな悪には目をつぶるべきだ。なあ、紗杜子?」


 紗杜子は「本当にそうでしょうか……?」と疑問を呈する。



「まあ、ともかくスマホを持ち込むのはボクだ。紗杜子に責任が生ずる問題じゃない」


「たしかにそうですね……」


「待って! 問題はそれだけじゃないでしょ!」


 僕がまた横槍を入れる。



「イジメっ子に喧嘩を売るって、そんな危険なことを紗杜子にさせちゃダメだよ! 紗杜子が怪我したらどうするの?」


「そこは、適当にタイミングを見計らって、道人が助けに入れば良いんじゃないか?」

 

「いやいやいやいや」


「じゃあ、新多でも良い。ラグビー部仕込みのタックルで、悪者をねじ伏せるんだ」


「そういう問題じゃなくて!」


 采奈はきっと冗談で言ってるのだと思う。冗談を言うときも真顔なので、その判別は難しいのだが。



「あのぉ……」


 途中から采奈と僕の間で盛り上がってしまった話に、紗杜子がおそるおそる口を挟む。



「私を殴った生徒はどうなるんですか?」


「え?」


 僕と采奈がほぼ同時に聞き返す。



「采奈さんが動画をSNS上に公開したら、私を殴った生徒は多分退学になってしまいますよね」


「……そうだろうね。ただ、紗杜子、それがボクの考えた作戦の目的なんだけど……」


「そんなのダメです! そんなことしたら、その人の未来がめちゃくちゃになってしまいます!」


「……いや、でも、紗杜子、それは自業自得のようなもので……」


「ダメです!」


 采奈はたじろぎ、助けを求めるように僕の顔を見る。それに対し、僕は苦笑いを返す。

 


 紗杜子は変わっている。


 ただ、それは決して、紗杜子がオカシイというわけではない。むしろオカシイのは、僕も含め、紗杜子以外のみんななのだろう。



 采奈と紗杜子とは考え方がまるっきり違っていた。いわゆる凸凹コンビだ。


 しかし、それにもかかわらず、いや、もしかするとそれがゆえに、二人はとても仲が良かった。


 紗杜子が帰宅部で暇だったということもあるが、采奈お助け隊のメンバーで、一番采奈と長い時間を過ごしていたのが紗杜子だった。



 僕の思惑どおり、屋上前の踊り場、そして、采奈お助け隊は、紗杜子の「居場所」となった。


 そのことが紗杜子に自信と力を与えたのだと思う。紗杜子に対する陰湿なイジメは、采奈の一計を行動に移すまでなく、次第にフェードアウトしていった。



「道人君、一つ訊いて良いですか?」


 配信動画に見入ったことで、目が乾燥してしまったのか、紗杜子は、長いまつ毛をはためかせ、頻りに瞬きをする。



「もちろん、何でも訊いて」


 紗杜子がした質問は、僕が予想だにしていないものだった。



「地獄丸の正体って、もしかして道人さんですか?」


 僕は呆気にとられてしまう。



「……どうして?」


「別に理由はないんです。ただ、なんとなくそう思っただけで……」


 本当に理由はないのだろうか。


 それとも、紗杜子は――

 


「違ったなら気にしないでください!」


 紗杜子は、慌てた様子で、僕にスマホを返す。


 そして、代わりにかき氷を拾い上げると、夏の日差しで溶け始めているそれにストローを差し、ちゅーちゅーと吸った。


学園モノと言われると、イジメを扱いたくなるのがミステリ書きの性なんですよね苦笑


障がいの次はイジメかよと思われるかもしれませんが、陰気な小説を書くのはあまり好きじゃないので、扱っているテーマは重くても、あまり重くし過ぎないというのが大事かなと思っています。


なお、この話に関しては、上手く書けたとは思っていません。過去のエピソードの挿入が唐突だなと反省しています。

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