動機
「それで、結局何なの?」
「結局何って、何が?」
「今日私を呼び出した目的」
「ああ」
決して失念していた訳ではないが、なんとなく切り出しにくい話題ではあった。
とはいえ、先延ばしにする訳にはいかない。地獄丸への回答期限は、朝雨との最後のデートよりも間近に迫っているのである。
「朝雨、これを見て欲しいんだ」
僕はポケットからスマホを取り出す。透明なケースと本体の間に、先月、朝雨と二人で撮ったプリクラが挟まっているスマホである。
僕がスマホを操作するのを覗き込みながら、朝雨は、「本当にふと私に会いたくなったわけじゃないんだね……」と寂しそうに言う。
それが本心の表出なのか、演技なのかはよく分からない。朝雨は、そういういじらしいことをわざと言う子なのである。
プレチャのアーカイブに残っていた地獄丸の配信動画を再生する。新多が教えてくれた前々回の配信、それから、僕も参戦した前回の配信である。
朝雨は、僕の肩に寄りかかりながら、無言のまま動画を見続けた。
朝雨の長い髪の毛先が、半袖のシャツから伸びている僕の腕に当たり、なんだかくすぐったい。
「『クライシス』の正体って道人?」
動画の再生が終わると、朝雨は、上目遣いで僕の顔を覗き込む。
一瞬、答えるかどうか悩む。
地獄丸の正体が朝雨である可能性もあるのだとすると、僕がその「ライバル」であることを明かすのは、余計な手の内を見せることにはならないか。
とはいえ、僕がクライシスであり、地獄丸から挑戦状を叩きつけられた相手である、ということを明かさないと、この後の話に繋げにくい。
僕は、「そうだよ。僕がクライシスだ」と正直に打ち明けた。
「だとすると、道人は、地獄丸が誰だか当てなきゃいけないんだね。誰か分かってるの?」
「全然」
「本当に全然? 見当も付かない感じ?」
「恥ずかしながら」
「嘘つき」
朝雨は、ピョンと飛び跳ねるようにして石のベンチから立ち上がる。そして、展望台の中央付近まで移動し、僕の方を振り返る。
「道人、本当は私のこと疑ってるんでしょ? 私が地獄丸なんじゃないかって」
それは半分正解で、半分不正解である。
たしかに朝雨は、地獄丸の候補者の一人である。
しかし、候補者の中では、一番可能性が低いと思っている。
それは、単なる恋人に対する贔屓ではない、と思う。
朝雨の人物像と地獄丸とは、どうしても重ならないのだ。
「言っておくけど、私は地獄丸じゃないよ」
「……分かってる」
「だよね」
朝雨は、展望台に吹く風を全身で受けるように、両腕を広げる。
「私も道人と同じ立場だよ」
「どういう意味?」
「私も地獄丸の暴露を止めたい」
「……どうして?」
「だって、地獄丸は、永倉采奈を殺した犯人は東雲朝雨だって宣言するかもしれないでしょ」
朝雨の発言に、僕は面食らう。
そのような可能性は、少しも考えていなかったのである。
「……どうして?」
「だって、私には采奈を殺す動機があるから」
「……朝雨、何言ってるの?」
「道人が一番よく分かってるくせに」
朝雨は、そう吐き捨てたが、僕には、本当に朝雨が何を言っているのか理解できなかった。
僕が困っている様子を見て、朝雨は満足そうに口角を上げた。
この作品でも、苦手なフーダニットに取り組んでいます。
そして、そのフーダニットは、地獄丸の正体は誰かというフーダニットと、永倉采奈を殺したのは誰かというフーダニットで二つあります。
実は前作「VRアイドル殺し」でも意識したのですが、フーダニットを扱う場合は、犯人候補を魅力的に書かなければいけないと思っています。
本作の第二章は、犯人候補、さらに被害者(永倉采奈)を紹介することがメインの章です。
少しゆったりに感じるかもしれません(そうしないようには意識していますが)。ただ、この後のストーリーの土台になりますので必要な部分かなと思います。
決して、規定の8万字に届かせるための字数稼ぎではありませんので……
 




