人違い
クルトは知らない街に出るときは伊達眼鏡をかける。
別に目が悪いわけではなく自分の顔が嫌いなだけだ。
特徴のないクルトの顔に眼鏡という特徴が付く。いるかいないかわからない。毎日見てもどっかで見たような顔と日常的に言われている。そりゃ自分の顔が嫌いになるだろう。
最近けったくそ悪い話ばかりでむしゃくしゃしていた。
不意に知らない男に声をかけられた。
「お前、フランだろう」
もちろん来るとはクルトなので知らないと言った。
「お前、何言ってんの、お前を俺がまちがえるわけじゃないだろう。昔あんなに面倒見てやったのに。まさか本気で忘れたのか、本気で失礼だぞ」
目の前の男は体格はかなりいい。そして左頬の向こう傷とやたらと悪い目つき。いわゆるちょっと悪い系の男だ。
年頃は自分と同じくらい。しかしこんな男と知り合いになった覚えはない。そもそも名前を間違えている。
「俺を忘れるなんてありえないんじゃないか、このキルヒャー・ガットを」
どっかで聞いた気がする。そう思って脳内を検索した。そして唐突に気が付いた。例のグレンの兄貴分の付きまとい男だ。
なるほどと納得する。やはり相当思い込みが激しい。こちらがきっちり否定しているのに自分が間違っている可能性を頭から否定している。
「ああ、そうですか」
「お前、うちにさんざん家族の面倒を見てもらったくせに挨拶一つしなくてそのまま消えやがって、仁義ってもんを知らねえのか」
そんなものはもちろん知らない。
クルトはこのまま勘違いさせたまましゃべりたいだけ喋らせることにした。
どうせこちらの言うことなど右から左。クルトは相手を冷たく見上げながら送信中でぼやいた。
この男に付きまとわれているお嬢さんには同情しかない。全く話が通じないとはこのことだ。
「そうなんだよ、お前ら一時に消えやがって、前に親父の用事で首都の方に言ったらランスもいたぜ、声かけても無視して」
首都のランス。この名前は覚えておこう。何かの情報になるかと。
一時に消えた、ね。
一方的にしゃべる声にいいかげんイライラしてきた。
実にいやなしゃべりだ。ひたすら世話になった癖にを繰り返す。一度も世話になんかなったことねえよと言い返してやりたい。
「兄貴、どうしたんすか」
不意に聞こえてきた声に肩をびくつかせた。
グレンだ、まったく余計なところに。こんなところを見られたらまた話がややこしくなる。
「こいつ誰っすか?」
「ああ、ガキの時に俺の手下だったフランだ」
さっき俺否定したよな。信じなかったのお前だよな。
そう心中で叫んだがグレンはあっさりと納得した。
「ああ、お前かよ、兄貴の御恩を受けながらなんもいわずに消えた不届きものは」
おい、昨日見たはずの俺の顔忘れてんのか?
グレンの記憶力を信じた自分がばかだった。
ひくつく唇を手で隠しながら最低だと口汚くののしられ殴りたいと思う拳を何とか抑えた。
「もういいさ、殴る価値もねえよこんな奴」
それはこっちのセリフだ。
そう思いながらクルトは去っていく二人を見送った。