契約した二人
キルヒャーは無言でその場に佇んでいた。
なぜこんな場所にチェリアが待っていてと頼んできたのかもわからない。だがどうしてもそこで待っていてほしいとチェリアが言ってきたのだ。
チェリアとの約束だった。他の男と付き合わない代わり頼み事は決して断らないと。他にもいくつかある。
そしてそれをたがえたら別れると言われた。
だから頼まれたら断るわけにはいかない。
そしてチェリアはまだ来ない。
人通りのない街のはずれ、どうしてチェリアがここを指定してきたのかもわからない。
日が暮れてきた。どれほどの時間がたったのだろう。
さっきまでは晴れていたのに雨が彼の額にはねた。
ぼんやりと彼は上を見る。
それでも彼はチェリアを待っていた。
雨は徐々に激しさを増している。キルヒャーは雨でにじむ視界の中チェリアの姿を探した。チェリアはまだ来ない。
「もう、どうすればいいんすか、あんなにも真摯な愛を踏みにじることができるなんて信じられないっす」
こいつに真摯なんて難しい単語を理解する頭を持っていたんだなあ。
そんな関係のないことをカーライルは思っていた。
「土砂降りの雨の中一時間兄貴はチェリアを待っていたんでっすよ。でもチェリアは来なくて俺が駆けつけなかったら大変なことになっていたっす。俺が兄貴を説得して家に戻らせて、それでチェリアがどこにいるのか確かめようとチェリアの住んでいるところまで行ったんす」
憤懣やるすえない。
そんな気持ちでチェリアの住む女学校の寮に向かった。
もちろんそんな場所にグレンのような怪しげな男が入れるわけがない。
何とか忍び込もうとしたが警戒が厳しくなかなか目的は達成できなかった。
漸くチェリアに出会えたのは翌日のことだった。
「お前、どうしてこなかったんだよ」
ずぶぬれになって待っていた姿を思い出し思わず感情的になった。
「私は待っていてと頼んだだけよ、でも私が後から行くってはっきり言ったかしら」
チェリアはそんなグレンを鼻で笑った。
「それで、あいつどうにかなったかしら」
「そうなる前に俺が止めたんだよ、兄貴にもしものことがあったらお前どうする気だったんだ」
ちっとチェリアは小さく舌打ちをした。
「余計なことを」
「おい。お前兄ことどう責任」
「あいつがどうなろうと私の知ったことじゃないわ、それとあいつが私の言うことを聞かないという選択肢があったということを忘れないで、あいつが勝手にやったことよ」
「お前が言うことを聞かないと別れるって」
「そうよ、そうすればいいじゃない」
チェリアの出した条件。チェリアの言うことは何でも聞く。チェリアとその家族に危害を加えない。それを破ったら離別。
いずれチェリアもわかると思ったからその条件をのんだ。だけどチェリアはそれを盾にしてけっしてキルヒャーを近寄らせない。
「いや、突っ込みどころ満載な条件なんだが」
カーライルは軽くこめかみをもんだ。
「それ、書面にしてあるのか?」
「チェリアがどうしても書面にしろって言い張って聞かなくて、それで双方のサインも入れてあるっす」
カーライルは乾いた笑いをこぼした。
こいつら本気で馬鹿だ。