逃げるよ、カパジーラ山頂村!(7)
ゼリファにより、裏門のロックトードたちが撃退されたあと。
キニャは前面を第四姫ゼリファに、右手側を興味深そうに見つめてくるフリーズハイドラに、背面を疲れ顔な青年騎士テルに囲まれ、ヤックの家に連行された。
「なるほど。半年前、裏門の先にある山の洞窟に魔生炉を設置したせいで、先月からロックトードが出現するようになったと――そう考えるのが打倒ですね」
唯一逃げられそうな左手側には、デブデブと肥えたプカプカがご主人さまの横をかいがいしく歩いていて、いつも通りのマヌケ面でふさいでいる。
たった一人の味方でありながら、逃げるためのスペースは最もせまかった。
「ヒシュッ」
「わっ、冷たっ! こいつ寄るな! あっちいけ白ヘビ!」
「ヒシュゥ?」
キニャの身にまとう白鱗のローブが、青白い竜鱗のリズには近しい仲間に見えたのか。「ヒシュ! ヒシュ!」と鳴きながらすり寄ってくる。そのたびに彼女はのけぞった。なにを考えているのか分からない、すこし大きな愛玩動物に迫られているような恐怖感。いろんな意味で手出しのしづらい相手なのも厄介だ。
「うっぷぷ! どうやら天罰が当たったみたいねー、インプ殺し女ぁ」
なお、キニャの頭上では茂みインプがルンルンと煽ってくる。五面楚歌。
「まずは近隣のマナマギストを呼び、魔生炉を調整させましょう。おそらく魔生炉からのマナ排出量が過剰なせいで、魔生獣が発生しているのでしょう。幸い、ロックトードは危険な変異種ではないので、そう危なくはないはずです」
となると、気持ち悪いの一点で討伐されたことになるが、姫も口にはしない。
「おお! 重ね重ねの対処、痛み入ります」
「いえ、これも王家の役目。護国民に不便をしいたことに心よりお詫びを」
高貴なる姫が、一介の村長相手に深々と頭を下げた。
それが第四姫、ゼリファ・ミトス・クリンティア。
彼女の名は護国大陸では広く知られている。
護国大陸は「護国王家クリンティア」により統治され、護国王都リユニオルを中心とし、それぞれの護国都市に指導者を設けている。その周辺には町村や集落、護国に属さぬ部族も点在しているが、真っ向からの敵対勢力は存在しない。
そもそも王家クリンティアは、いびつな菱形の大陸内における民族融和を目的に提唱され、同じ意志のもとに大多数の他民族が集ったことで勃興した。
そうして王家による統治がはじまった護国歴の発足以降は、護国の成り立ちから今現在に至るまで、一部のいざかいは残れど、多くの垣根は消え、大きな戦争も一度たりとて起こすことなく、平穏で清き王政を長らく敷いてきた。
爵位は存在するが、貴族階級に肩書きはない。実力で実利を成す者だけが支持される正当なる政治主義。そこにある不平等は、手腕の差異だけだ。
といった理念の実情はどうあれ、王家は世襲制ではなく、血筋を変えることを世代間の不公平を解消する手段としており、それも支持される要因となっている。
しかし、護国王家の現王レイアダ・サバル・クリンティアと、不義理な妾との間から望まれずして生まれてしまったゼリファは、その立場ゆえに幼少時をうとまれながら王都ですごした。しかし歳も十を数えるころ、才覚をメキメキと現しはじめた彼女は、持ち前の器量で“高貴な庶民派の親愛なる第四姫”という立場を勝ち取った。その大衆人気は第一姫、通称”ビスケッタ姫”に次ぐとされている。
「そういえば、ゼリファさまはいかなる用命でカパジーラにこられたのですか」
ヤックの純粋な疑問に、ゼリファは飾り気なく答えた。
「このたびは護鳥騎士団よりの嘆願で、護国都市を視察でめぐっておりまして」
「……嘆願じゃなくて脅迫だ」テルがぼやく。
「主に魔生炉の設置地域で変異種が発生していないか、確認で参ったのです」
「……確認じゃなくて道楽だ」ぼやく。
「コホン、うるさいですよテル。それと彼女に用がありまして……ね?」
ジロッ。ゼリファの視線が、ソワソワしているキニャに向けられた。
「……ア、アッハハー。な、なんのことでごぜえましょう、お姫さま」
引きつった笑顔で媚びを示すが、金髪の美姫には通用しない。
「斡旋屋さん、でしたか? 彼の自宅を突き詰め、笑顔でお願いしたところ、うれしそうにあなたの居場所を教えてくれたんです。もともとカパジーラ山頂村にはアードの次にやってくる予定でしたので、願ったり叶ったりでした」
キニャは「あの野郎っ!」と斡旋屋に恨み言を放ちたくなったが、彼がすごまれた笑顔とやらが、今目の前で向けられているこの笑顔なら、そりゃ仕方ないかという同情も生まれた。ゼリファの言う笑顔は、先ほど村民に向けられていたものとは明らかに違う、天使の皮を被った怒鬼のそれであった。
「まずは……あなたにお貸しした物。ここで返していただけますか」
ニッコリ。盗品を借り物と言い換えてくれたのは、せめてもの情けか。
キニャはもともと、ゼリファが持っていた高価そうな白いマナ結晶を盗み、当面の生活資金と計画的な貯蓄にあて、ほとぼりが冷めるまで人目につかない遠方地に雲隠れする算段であった。それがどうして絶体絶命の危機に瀕している。
彼女がゼリファから盗んだマナ結晶は今、アードの商店かつ質屋かつ盗品の洗浄売買を生業とする、通称「闇ジジイ」の手元で、新たな所有者探しがはじめられている。そのため、キニャの手元には現在、返すべき品物がなかった。
「しらばっくれるようならば、リズのおもちゃにさせていただきますよ」
「ヒシュ!」
「ううぇっ! やめ、近づくな白ヘビっ! ヒンヤリしててキモイんだよ!」
「ヒ、ヒシュゥ……」
幼竜が悲しそうに目尻を下げる。プカプカはギッギャッギャと笑ってる。
「えっと、つまり、キニャさんはゼリファさまとお知り合いなのかな」
「まっさかあ。めっそうもない。誰がこんな……唾液まみれの汚物女がよっ!」
「お、汚物女ですって!? それはあなたがしたことでしょうっ!」
突如、雌猫同士がイキリ高ぶり、口喧嘩がはじまってしまう。
「……はー、姫さん。そんな手合いにかまってんなよな」
それを眺めていたテル・クルスは、思わずため息を吐く。
護鳥騎士団が総出で行う使命に相乗りし、堅苦しい王都から飛び出した第四姫の道楽に近い物見遊山に付き合わされるのは、彼には時間のムダだったのだ。
「き、騎士さま、騎士さま! ここここれをど、どどどうぞ!」
「あ? ああ悪い。いただく」
キラキラした眼差しを向けるトビルが、テルに山水草の茶を差し出す。
「き、騎士さまはあれですか? 護鳥騎士団の人ですか?」
「ああ」
「ぼ、ぼく! 将来は護鳥騎士団に入団したいんです!」
「へえ、そうか。がんばれよ」
愛想はない。テルの反応はいまいち鈍く、面倒くさそうなものであった。
「は、はい! で、その、騎士団って、どうすれば入れるんでしょうか」
「……地道にいくなら衛士隊上がり。直通なら王都の下士官学校だな」
それでも、子供に夢を与えるのは護鳥騎士団の隠れた使命である。
護国には二つの実力組織、「護国衛士隊」と「護鳥騎士団」が存在する。
護国衛士隊は、護国内外の親民奉仕、治安維持、外敵駆除などを目的とした集団であり、その隊員や詰め所は各護国都市に存在している。
主な役割は都市町村の巡回、犯罪の予防、騒擾の対処、魔生獣の自然種や変異種の報告・駆除で、ときには護国親民に「人類は女神より生まれしエンドレイルによって護られている」を前提とする、護鳥信仰を啓蒙する神官の役割も担う。
一方で護鳥騎士団は、衛士隊からの選抜者、もしくは護国王都直下の下士官学校の卒業者に拝任される、総勢百名前後の少数騎士団である。
平時は王家人材の近衛官、国家運営の治安・信仰に関する基盤活動の策定に携わり、場合によっては各都市の衛士を管轄・動員する権力も備えている。
また護鳥騎士には卓越した戦闘能力、遂行能力、親民掌握などの特異性が求められるほか、一部はリーダーであり、リードを持つことでも知られる。
その立場と信頼性、護鳥信仰の体現者であることで護国民の前にもよく顔を見せることから、民心の人気にも直結し、歴代の王を数多く輩出してきた。
「へー!!! やっぱりすごいんですね!!! 護鳥騎士!!!」
「……まーな」
そんな完全な騎士像を持つ存在でも、人には得意不得意があるものだ。
トビルが憧れの騎士との会話に胸を高鳴らせている横では、ヤックがハラハラして女同士の戦いを見守っていた。キニャを煽っていた茂みインプは、いつのまにやら食卓の花飾りの木籠に、勝手に布巾をかけ、ベッドにしてくつろいでいる。
のどかなカパジーラ山頂村にしては、珍しい乱雑な風景だったが。
急いで家に飛び入ってきたもう一人の住人、メコ叔父も大声で叫んだ。
「ヤ、ヤック! 裏門にまたやつらが現れたぞ!」
「ええ!? もうですか!」
異変を察知し、ゼリファが顔を変える。キニャは逃げる隙をうかがっている。
「私が行きましょう。リズ、テル、ついてきなさい」
「ヒシュ!」
「ったく、おおせのままに」
ゼリファら三人が駆けだし。
「おっしゃあ! プカプカっ、さっさと逃げるよっ!」
「ギギョ?」
「ボケ顔してんな! 早く逃げなきゃ――」
ガシッ! さっきも味わった肩への圧力。
「うぎゃっ!?」
「そうはさせません。ほら、あなたも来るのです」
すばやい反応で、お縄についてしまう。
メコ叔父が騒いでいたとおり、まもなく夕日が差しかかる裏門の先には、新たに二体のロックトードが突っ立っていた。彼らはとくになにをするでもなく、ゲゴゲゴ、ガゲゲと鳴いては、視線をあらぬ方向に向かって動かしている。
「リズ、またお願いします」
「ヒシュー!」
それらを先ほどと同様、リズが冷やし殺していく。キニャはその風景を、まるで恋人同士のような距離感でガッチリつかんでくるゼリファの隣で眺めるはめになった。恋人というには、あまりにパワーがこもった手かせであったが。
「こう頻繁に出没するようだと、たしかに危険ではなくとも薄気味悪いですね」
「……ですねえ」
「私とリズ、あとはテルに対処させてもよいのですが、万が一もありますし」
「……ですかねえ」
「村にマナマギストを派遣されてくるまで、ここにも頭数が必要そうです」
「……ですんかねえ」
「あなた、名はキニャといいましたか?」
腕をガッツリと組んでくるゼリファが、キニャにあらためて告げる。
「私のマナ結晶は今、手元にありますか」
「……ないです。持ってくるんで帰してください」
「なら、その件は保留として。あなたにロックトード退治を手伝ってもらいます」
「は? めんどくさ。誰がやるか。ナメんなベチャベチャ女が。金払え、金」
やたらと強きに出るも、すでに立場は決している。
「あら、ということは……問答無用の光差さぬ監獄行きがお望みでしたか」
「……せ、精いっぱいやります! 実はやりたかったんです、お姫さまっ!」
「そのような態度には見えませんでしたが」
「そんなことねえですって! ご、後生ですから、ね? ね? ケッヒヒ!」
へりくだるキニャに、ゼリファがさらなる追い打ちをかける。
「それにあなた、見たところ、リードとの簡易契約を済ませていないのでは?」
ギクリ。護国で生活するうえで、さらなる弱みを突かれた。
人間のリーダーと魔生獣のリードは本来、護国都市内のリーダーズ協会で魔生獣の所有者を認定する「簡易契約」を済まさなくてはならない。そうでなければ、無許可の魔生獣が起こした事態に法の裁きが行き届かないためだ。
その証として、ゼリファたちリーダーは護国圏内をリードを連れて移動する際、【人地護鳥】エンドレイルの翼をかたどった金色のリングをはめていなければならない。その点、キニャも左手の小指に指輪をはめているが、それは金色ではなく、鈍い銀色の指環。色あせではなく、意匠からして契約環ではない。
つまるところキニャは、護国での簡易契約を済ませていなかった。
言ってしまえばプカプカは、無許可で連れ歩いている魔生獣であった。
「王族への強盗罪に、魔生獣との無契約……ふふふ。絵に描いたような小悪党ですね。この村で監視下にいる間は不問としてあげますので、まずは働きなさい。もし逃げたのなら、衛士隊を総動員し、必ず見つけて裁きます。覚悟なさい」
姫に捕まって、地獄を見たくなければ、手伝え。働け。
「……へい。お姫さま」
道理すら完敗のシンプルな脅迫を前に、キニャはやすやすと屈した。
フリーズハイドラには雌雄がないらしい




