逃げるよ、カパジーラ山頂村!(6)
「あれです。あの気味悪いカエルを駆除してもらいたいんです」
「あれって、もはや害虫ってか……普通にただの魔生獣じゃん」
「おそらく。この崖道の先に、例の魔生炉がありますので」
「ちっ……それならそうと最初から言ってよね」
害虫には違いないが、ヤックと、ついでに遠くにいる斡旋屋に愚痴る。
眼下のカエルは三匹。直立歩行でガゲガゲと鳴いている。大きさは人間の子どもくらいで、灰色の肌は乾いているが、皮膚がブヨブヨしていて薄気味悪い。
相手はこちらに見られていることに気付いていないのか、なにもない空中を見つめては、視線をいきなり違う場所に変え、また静止。生態も気味が悪い。
「あいつら、先月あたりから急に湧いて出てきたんです」
「魔生炉のせい?」
「じゃないかと。ここいらではイワジカやガケヤギくらいしか見ませんので」
「へえ、どっちもおいしいやつじゃん」
「近々で狩れたらごちそうしますよ」
丸太階段の最上段から立って裏門の先を見渡せる背丈のヤックと違い、キニャのほうは「うんしょ」と両腕で丸太壁によじ登り、カエルを見ている。
キモイ。気持ち悪い。気持ちが悪い。サイズが違えばプカプカも同類味を感じるが、愛嬌面で圧倒的な差がある。目の前の灰色のカエルはただただキモイ。
「あいつら、なんか害あるの」
「いえ、とくには。ああして裏門に出没しては、ああして鳴いて帰ります」
「だったら無害じゃん」
「そうかもしれませんが……気味が悪いでしょ? あれ」
そう言われると、キニャも反論はしない。
「んでさ、これどうやって行くの。門の向こうに飛び降りるわけ?」
「そうしてもらおうかと」
「どうやって帰ってくんのさ。こっちの門は倒したら階段も崩れるでしょ?」
「そこは、ロープかなにかで引っぱろうかと」
「プカプカも? 見た目よりは重くないけど、けっこう重いよ」
「なあに、引っぱり仕事ならウチの男衆に任せてください」
さすが、力技でしかない丸太壁を倒しては引っぱっている村民だけはある。
仕方なしと、キニャは腹を決めた。観察した感じ、灰色の岩肌カエルたちは不気味なだけで強そうには見えず、プカプカであれば蹴散らせると判断した。
そして足場の下に置いていったプカプカを門から飛び降りさせようと背後を振り返ったとき――そこに、村民のほかに、なぜか見たことのある姿があった。
「カパジーラ山頂村の皆さん、こちらはなんの騒ぎでしょう」
金髪。青い全身つなぎ。手足と胴体に白銀甲冑。腰のサーベルは抜いたら鋭い。
見た目からして高貴さを漂わせている異様な女性は、ズカズカと裏門に近づき、丸太階段を踏み越え、キニャの真隣で壁の向こう側。カエルたちを見渡した。
その間、キニャの心臓はドクドク、バクバクと鼓動していた。
なぜだ。なぜコイツが、こんな山奥にいるんだ。
「あれは……ロックトードですか。石を口に含んでは吐く、自然種ですね」
「あ、あのう……ど、どなたさまでしょうか……?」
割って入ってきた見知らぬ女騎士を前に、ヤックがたじたじで尋ねると。
「ああ、失礼いたしました。私は護国王都リユニオンより視察に参りました、ゼリファ・ミトス・クリンティアと申します。あちらは護衛のテル・クルスです」
女騎士が背後に手を差し出すと、そこには大槍を背負った青年騎士がいる。
「ゼリファ・ミトス・クリンティア……ま、まさかですが……第四姫さま!?」
「そう呼ばれることもありますね。以後、お見知りおきを」
ゼリファが可憐に頭を垂れ、村民に一礼すると、みなの心は早くも撃沈した。
そして状況を読み取り、すかさず一言。
「リズ、お願いね」ストンッ。何者かがさっそうと裏門の先に降り立ち。
「ヒシュ!」彼女のリード、フリーズハイドラがカエルと相対すると。
「凍えさせなさい、【フリーズ】!」
「ヒシューッ!」
ゼリファの命令に応じて、フリーズハイドラが口から固体混じりの氷雪をカエルに向かって吐きつけると、三匹のカエルたちが凍ったように静止した。
いいや、カエルたちが不気味に揺らしていた体も、気味悪く動かしていた両目もピタッと止まっている。それは文字通り、氷結していた。
するとまもなく、カエルたちの全身が形をなくすように青色のマナと化し、頭から胴体、腰からつま先が粒子となって溶けていき、跡形もなく消え去った。
場に残ったのは静寂。裏門の下、その先でなにが起きているのかも見えない村民たちですら、ゼリファにより問題がすべて解決してしまった気配を察する。
「村長さま、ロックトードはこれだけでしょうか」
「え、ああ……はい。いやえっと、分からないのですが、おそらくは……」
「ならば、こちらも不作法に割って入りましたので、話の続きは別の場所で」
「あ、はい。ええと、あの……あ、ありがとうございますっ!!!」
「構いません。魔生獣討伐は、護国衛士と護鳥騎士を統べる王家の任ですので」
清廉な返答に、男やもめなヤックは年がいもなく心をときめかせてしまう。
護国大陸の端っこにある、寂れた山頂村にやってきた、護国王家クリンティアの美しき第四のお姫さま。彼女がリードの幼竜に一声飛ばしただけで、気味悪かったロックトードなるカエルたちはいっぺんに駆除され、一件落着。
これでカパジーラ山頂村は安泰だ。今夜は宴だ。めでたしめでたし。
……という流れに身を潜め、キニャがソローッと抜き足、差し足していると。
ガシッ! 背後から突如、私怨がこもっていそうな握力で肩をつかまれる。
「……ああそういえば、あなたもおりましたね。ごきげんよう、白い盗人さん」
「……アハハ、人違イデハ?」第四姫の右手は、ガッチリホールド。
「まさか。ブタトカゲさんのツバの代償も、きちんとお払いいただきますよ」
「アハハぁ……や、やめろー! やめてー! 離せー! ふざけんなっ!」
これが、逃亡者が、逃亡先で、逃亡相手に完全に捕まった瞬間だった。




