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逃げるよ、カパジーラ山頂村!(4)

 村長のヤックと村を進んでいると、彼はカパジーラ山頂村のなかでも一回り大きな二階建ての家の扉をノックなしに開けて入った。どうやら自宅らしい。

 幸い、扉は大きめに作られており、プカプカもギリギリ入れた。


「うおおおっ!? 父さんそいつなに!? 巨大なブタトカゲっ!?」

 家に入ってすぐのところで、小柄な少年が叫ぶ。


「騒がしいぞトビル。この子は依頼の請負人で……えっと、お名前は」

「キニャ。こっちはプカプカ」

「ギギャ」

「ふーん、変わった名前だね。ぼくはトビル」

「うっさいガキ」

「ええー……」トビル少年がなえる。

 名前を弄られたのが気に触ったか、子供への応対が大人げない。


 ヤックの家は、壁も床も木で打ちつけられているだけだが、広間の食卓や木椅子、木造りの調度品に味を感じる。夜を照らすのであろう蝋燭も完備だ。

 キレイとは言いがたいが、どこも清潔ではあり、不快感はない。


「あー、つっかれたあ。人ってこんな山奥でも生きられるもんなんだね」

 小さな二本角がついた白いローブのフードだけ脱ぎ、失礼を口走る。


「なにこの人! いきなり失礼だぞ!」トビルは正論で返すが。

「ははっ、キニャさん。人なんてどこでだって生きてけるもんさ」

 心が広いヤックはおおらかに返答する。


「なんじゃヤック。客でも来たか」

 三人と一匹がくつろぐ場に、新しい中年、というより老年の声が届く。


「メコ叔父。こちらがキニャさん。例の依頼を請け負ってくれる子だ」

「……なんじゃ? 白髪の小娘と……そっちはブタトカゲか?」

「ギッギャッギャ」

 どいつもこいつも、とはキニャも思わない。もう飽きるほど聞いた反応だ。


 この家には村長のヤック、息子のトビル、そして前村長でヤックの後継人メコの三人が住んでいた。大人たちはいずれも、近年で男やもめになったという。


「ヤック、貴様、こんな小娘に依頼するなんぞ、村をなんだと思ってる!」

 気難しい人物なのか。メコ叔父はキニャの前でも堂々としたものだ。

「まあ、依頼はアードで信頼できるっていう斡旋屋さんを通しましたし……」

 残念。その斡旋屋は、しょうもないクズがうずめく外郭市の詐欺師だ。


「おおー、すごいねこの魔生獣マニマル。お腹は柔らかいのに殻が硬いよ」

「おら、ガキ。勝手にプカプカにさわんないで」キニャは厳しいが。

「ギッギャッギャ」プカプカは子どもにも優しい。


 そのうちメコ叔父はヤックを家の奥へと連れていき、食卓に届くほどの怒鳴り声で村長を叱りはじめた。前村長には、不遜な少女の姿がそれほど頼りなく見えたのか。はたまた「だからおまえは~~!」などと威厳のある後継人として説教をしたいだけなのか。それはさておき、キニャは遠慮なく椅子でだらけた。


 村の依頼は仕事だが、当人の気分は旅行。本当の目的は雲隠れ。

 ここまできても、彼女にはとくに急ぐ理由はないのだ。


「ねえねえ、キニャ」食卓に残ったトビルが寄ってくる。

「さん付けろ、ガキ」すげなく返す。

「じゃあ、キニャさん」

「なによガキ」

「……いや、そこはそっちもトビルって呼ぶべきじゃない。普通」

「うっさいガキ」

「ギッギャッギャ」

 非常に大人げないのが、昔はちゃんとかわいかった今のキニャだ。


「キニャさんは依頼こなしてくれるんでしょ? ぼく、むこうで害虫見たよ」

「は? だからなに」

「ほらほら、あっちあっち。ほらいこーよ、いこー!」

「ちょっ! ローブひっぱんなガキ!」

 子どもパワーには勝てないか。キニャも反撃はせず、外にひっぱり出される。


 どうせならだらけて仕事を引き延ばしたかったキニャだが、子どもならではの強引さでローブの端をつかまれ、叩くわけにもいかず、引っぱられてしまう。否応なしについていくキニャの後ろを、プカプカが「ギギャ」っと追う。

 広場を進み、ほかの家々を通りすぎていく最中、外にいた数名の村人に奇異な目で見られるが、キニャはあいさつを交わすこともせず、視線を切った。


 トビルが駆けていったのは村の西側、表門から入って左手側の崖がある森林帯だった。太い樹木が立ち並ぶうっそうとした場所を抜けると、視界の上半分に空が広がる絶景が広がっていた。まるで蒼空と並び立つかのような体験は、低地に住む人たちには心動かされるものがあるかもしれない。


 とはいえ、眼下は垂直の崖際。どうみても登ってはこられない片道。足を滑らせて落ちてしまったものなら、物理的にも生命的にも帰ってこられないであろう、どこまでも続く緑一色の山間の樹海へとつながっている。

 それだけに景観の美しさより、かえって生命の危険を感じる場所だった。


「うえっ……ほんとに崖じゃん。これ落ちた人いるの?」

「いないよ。子どもが近づくと、昔は百人くらい落ちたって説教されるけど」

「ギギュゥ……」プカプカも両肩を縮こまらせるが、小さくはなっていない。


 恐る恐る、キニャが怖いもの見たさで崖際に近づく。下をのぞき込むようにして顔を出すと、眼下にはどこにも斜面や地面がない。ほとんど垂直状態。

 それを視認したころ、両足がブルッとして、すぐさま離れた。


「……んで、どこに害虫いんのよ」

 なんでもないフリをするが、崖から離れても腰は引けていた。


「そっちだよ。そこの山大木のあたりで見たんだ」

 トビルのほうは慣れたものか。崖の近くでも軽やかな足取りだ。


「そもそも害虫ってなによ。私、どんなヤツか聞いてないんだけど」

「ちっちゃい虫だったよ? ぼくの手くらいの大きさの」

「デッケえじゃないのよ!」

 山育ちの子には分からないだろうが、子どもの手くらいの虫は余裕でデカい。


 キニャは斡旋屋から依頼を受けるとき、「山に出る小さな魔生獣マニマルらしい」とだけ聞いていた。それでも合っていると言えば合っているが、害虫の語句が表すものが、もっと小さなミズバチ、エダクイアリくらいだと勝手に想像していたのもあり、気持ちの悪いサイズかもしれないことに急に怖くなってくる。


 それでも、肝心の仕事はプカプカに任せっきりで働かせるつもりであったため、実情としてはさして違いはないのだが。そうしてあたりを見回していると。


「あっ! いたっ! キニャさんいたよっ!」

 トビルが害虫を見つけたようだった。


「だってさプカプカ。あのへんに【ガラガラペ】しな」

「ギギャッ……ガギャギャギャギャ、ヴォエッペェ!」


 飼い主に命令されたプカプカは、まるで爽やかな朝の空気を台無しにするおじさんのように、のどもとを汚い感じで「ガラガラ」と鳴らしたあと「ペッ!」とツバを吐き飛ばした。それは先日、女騎士ゼリファに向かって吐いたものと同じ。

 プカプカの技の一つ、強粘度の唾液飛ばしである。


 ベチャアァ……あまり勢いはなかったが、そのぶん汚らしい【ガラガラペ】が、トビルの指を差す山大木の直下、野草の茂みに直撃した。その瞬間。


「わーっ!? なにこれきったなっ! ちょっと誰っ、なんなのよもーっ!」

 かわいらしく響いた、小さな女の子の声。しかしその姿は見えない。

 だが声に続き、たしかに()()()()()()()()()()()()が跳ね飛んだ。


「ちょっとー! あんたたちの仕業!? なによこれっ、汚いじゃないのっ!」

 緑髪の小人。緑葉で編まれた一枚服。背には二枚羽。大きさは中指ほど。

 一言で言えば、人の形をした小さな小さな妖精が飛んできた。


プカプカの【ガラガラペ】:そんなに汚くはない唾液

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