生存凶兆(27)
二人と一匹を乗せ、残り一匹は鷲づかみにしたリバースレイルが崖から飛び離れると、決死の戦いがあったはずの眼下の山道は、片手で覆えてしまうほど小さく見えた。途中、山が切れた先の開けた場所に人混みが見えた。ゼリファたちや村人、衛士隊がいるのだろう。マナランタンの青白い明かりが地上にともっている。
空の移動はとても早く、あっという間にアードにたどり着いた。
それでもウィルが王都から半日で駆けつけたときの速度とは比べものにならないほどの遊覧飛行だったのは、キニャをかよわい女の子扱いするルーの男前だ。
その反面、鷲づかみにされていたプカプカは、リバースレイルに痛い目を見せてやらんと、つかんだ前足に、届きもしない短い手足を必死に振り回していた。
「このあたりでいいかな」
「いいよ。あとは歩くから」
アードの都市壁が目に見える距離のところで、キニャがそっけなく降りた。
ウィルからすれば彼女を捕縛し、王都まで連れ帰り、メディにいる養父ボズバのところまで連れていって、毎度のことのようにゲンコツでおとなしくさせられてしまってほしいが。今は護鳥騎士団の一員として、状況処理が最優先にある。
それに彼は知っている。
ただ捕まえたところで、彼女がおとなしくしているわけがないと。
「カパジーラ山頂村での残りの件が済んだら、迎えに行くよ」
「あっそ」
「……逃げないでよ?」
「どうかしら?」
逃げることしか考えていないような声色に、ウィルはガッカリする。
「そういえばキルニーニャ」
「キニャ」
「……キニャはカパジーラ山頂村でなにしてたの? なぜあそこに?」
「そりゃ、なぜって――」
思えば説明しづらい。保身的な意味で。元を正せば、護国で愛される第四姫から貴重品を強奪し、それを売り払うまでのほとぼりが冷めるであろう間、ほどよく遠くの村に、仕事を理由に逃避行をするだけのはずであった。
それがなんの災厄か。山でロックトードに囲まれ、トキシック・ヴァイフログに襲われ、村の危機にアードまでおつかいをやらされ、第四姫には宝を盗み返され、ようやく帰れると思ったらトビルが置いてきぼりでトンボ帰り。死中でプカプカの力を使ってしまい、今はこうして顔なじみに出発地点へと送られて。
想定外のことしか起きなかったこの旅に、あえて目的を名付けるのなら。
「……害虫駆除よ」
わずかな報酬にもありつけるか不明になった、当初のお仕事の名称だった。
「そっか。アードでは健全にお金稼ぎをしていたんだね」
「あんたには関係ない」
「あるよ。キルニーニャの目的もだけど、君の身の安全が一番心配だ」
「勝手に心配しないで」
「するよ。キルニーニャは、僕らは、マイティロット村の最後の家族なんだから」
「……うっさい」
怒りに燃えるプカプカが、黒外殻がなくなってより一層迫力の欠ける瞳でルーをにらみつけるなか、キニャがさっさとアードに向かって歩きはじめる。
寝ても覚めても忘れることのない少女のすげない態度に今日のところは諦めたか、ウィルがリバースレイルを空に飛ばせようとすると――クルリ。
「あっ、そうだ」
キニャがウィルのほうへと振り返り、トコトコと駆け寄ってきた。
(……!? キルニーニャっ!?)
一直線に向かってくる少女。かわいげのない幼なじみだが、ここまでツンケンしてきた態度の裏返しがあるのか? ウィルはドキリとする心を無理やり落ち着けつつ、男として自然な態度で受け止められるよう、口元を引き締め。
「キルニ――」
スカッ、と。迎えようとした両腕はあっさりと脇のほうへ抜けられ。
「ルー、今日はありがとね。また乗せてね」
少女がリバースレイルの額に、親愛なる口づけを交わし。
「ヒュヲオッ!」
「ギッ、ギャアァッッ!!!」
魔生獣同士が感激と憎悪で分かたれる。
リバースレイルと同様、キニャとは小さなころからずっと一緒にいるプカプカだが、愛し方は相手による、といったところか。ルーにとってキニャがそうであるように、キニャにとってルーもかわいくて仕方のない存在なのだ。
それゆえに、当の二人の相棒側は、彼女の気まぐれに気を患うのであった。
「んじゃ、もういいよ。さっさといったらウィル」
「……うん」
おかしなことに元気をなくしている青年だが、キニャには理由が分からない。
感激のリバースレイルが、消沈の主を背に乗せ、ゆっくりと大翼を羽ばたかせる。キニャに強風を吹きかけないよう、至って静かな挙動で。
そして……キニャの手がウィルには届かない距離まで飛び上がったころ。
彼はハッとして、待ちかねたとばかりに、彼女に伝えたのだ。
「そうだ、キルニーニャ。君がゼリファさまから盗んだ白のマナ結晶だけど、あれは禁域指定種の調査で必要なもので、騎士団総出で探していたものだ。第四姫が物見遊山……いや調査で見つけてくれたあれは、マイティロット村にあった。最近は足を運ばなくなっていたから盲点だったよ。エンドレイル、あるいは白竜ルーダの存在を示す白きマナの純結晶は、現存するヴェノヴェノン・ナイトプレーグ、それに歪獣シキシに連なる邪な魔生獣たちをけん制するカギになる。あれさえあれば、護国は第二のマイティロット村を生み出さずに済むかもしれない」
リバースレイルが静音で空に浮遊しているため、ウィルの言葉は一字一句、そのすべてがキニャの耳に届いた。彼女が行き先をゼリファではなくアードにしてもらったのは、第四姫に先回りされて最大の報酬を横取りされないためだ。
それがなぜか、事情を知らないはずのウィルの口から説明されている。
不穏。キニャのコソ泥としての第六感が、不穏の事態を察知した。
「だから――あれは騎士団のオトリ作戦で摘発させてもらったよ。骨董品屋の男性は取り逃がしてしまったけれど、物品はもうないし、盗品だから金銭も渡していない。つまり、君にお金は入ってこないから。そこは許してほしい」
苦労して盗んだ宝が、本来の持ち主に奪われた。そう聞こえた彼女は。
「は…………はぁっ!? ウィルあんた、私のマナ結晶盗んだのっ!!??」
「いやあ、盗んだのはキルニーニャのほうなんだけど……」
困っているように見せて、彼の表情はイタズラ返しのように楽しそうで。
「すこし前、アード経由でゼリファさまから報告されてね。個人的に犯人と売買先を調べていたんだ。そしたら強盗犯は白いローブで、灰色の髪で、大きな破裂トカゲを連れた少女って……これってもう、一人しかいなかったからさ。消息が分かって安心したけど、白のマナ結晶はまた別の話だからさ。取り返させてもらったよ。一応ね、さっきゼリファさまと会ったときに言われたけど、君のカパジーラ山頂村での救命活動を鑑みて、第四姫への強盗罪に関しては不問にするとの命を受けているから、そこは安心していい。アードに戻っても安全だ。よく分からないけど、君に支払う700000コルとの相殺で手を打つとのことだ。それでもだよキルニーニャ、こういう悪いことはもうやめて、メディでちゃんと仕事しな?」
彼はすでに手の届かない空の上。それを見越しての発言だったのだろう。
「クスッ。なーんだ、キニャにしてはいい友だちがいるじゃない、うっぷぷ」
少女の耳元で、ユビが茂みインプらしく人をからかう。
「ウィ、ウィル、あんた、この……クソ男! ふざけんなっ! 返せ私の金!」
「次に目もつぶれないようなことやったら、護鳥騎士としてとっ捕まえるからね。そうしたら一生檻暮らしか、僕の目の届く範囲で生活してもらうよ」
罪人を騎士に仕えさせるのは行きすぎた対応で、もしそうなれば彼の地位は著しく傷つく。それでも彼女と地位を天秤にかけることなく引き換えてしまえるほどの度量がウィルにはある。その感情を度量と呼ぶのは、おそらくキニャだけだが。
いずれにせよ、彼女がアードに先回りし、旅のご褒美として闇ジジイから受け取るはずだったはずの大金は……今やかけらも存在していないようだった。
「じゃあね! ちゃんとアードにいるんだよ、キルニーニャ!」
「オラッ! 逃げんなバカ! ルーも戻ってこい! あんた嫌いになるよっ!」
「ヒュヲオォォ……」ルーは悲しい鳴き声を漏らすも、飛行は止めない。
幼きウィリアル・アージェストは、国の善意に頼ることを決意した。
二度と護国大陸に、マイティロット村のような悲劇を起こさせまいと。
誰かを護れるような人になりたい。大切な彼女だけは絶対に守り抜くと。
そうして護鳥騎士団を目指し、護国大陸の平穏に貢献する道を志した。
それがウィルの想う、愛しき貴女の護り方だった。
幼きキルニーニャ・ティロットは、己の正義に頼ることを決意した。
自身の力だけで、プカプカの力を生かし、故郷の村を再建するんだと。
そのためになんでもやって、人々を集めるために毒沼を浄化するんだと。
そして人間を信じぬコソ泥になり、無知も無謀もひっくり返す道を選んだ。
それがキニャの想う、愛された私の取り戻し方だった。
「ウィルのバカっ! 金返せっ! じゃなきゃ、金払えーーーっ!!!!!!!」
だから彼女は今日も今日とて、夢を叶えるためのお金稼ぎにご執心だ。




