逃げるよ、カパジーラ山頂村!(2)
「川水でヨゴレを洗い流せてよかったな、姫さんよ」
「よくはありません。テル、早くあの子を捕まえにいきますよ」
「わーってますよ。ったく、護国で姫さん狙うなんざ、大したタマだな」
アードからはまだ遠い、森林地帯のほとりにある川沿いに。
キニャにしてやられた白銀甲冑のゼリファと、青黒い鎧の騎士テルがいた。
黒髪の青年の顔には、女に振り回される疲れが映っている。
プカプカが吐きかけたツバは粘性が強く、身動きするのは大変であったが、テルが手持ちの水筒の水をかけると、液体はあっさり溶けて地面に流れた。
白銀甲冑にもベタつきが残らなかったことから、二人は水の気配を頼りに川を見つけ、ゼリファは鎧ごと全身を水に沈めてお洗濯。今は寒さでプルプル中。
とはいえ、森のなかで、人の耳目だけで川を探すのは困難であったが。
そこで立役者となる、心強い魔生獣のパートナーがいる。
「ヒシュ、ヒシュ」
「リズ、ありがとう。あなたのおかげで体がキレイになったわ」
「ヒシュ!」
「ふふ。次の訪問地に魔生炉があるはずだから、マナ浴びをしましょうね」
「ヒシュー!」
リズと呼ばれ、ヒシュヒシュと鳴く幼竜。魔生獣を従える者、リーダーである女騎士ゼリファのリード「フリーズハイドラ」が喜びをあらわにする。
フリーズハイドラは全長90センチほどの魔生獣だ。それも体長の約半分をしめる尻尾を含めてなので、頭からお尻までの大きさは人間の幼児ほど。
体は柔軟な竜鱗で覆われており、白紙に数滴の蒼を垂らしたような青白い体色。頭部はさながらドラゴンといったところで、幼体の顔つきながらも、口内の竜牙はしっかりとドラゴン。人よりも長い首の先には小動物のように愛らしい顔があり、一見すると愛玩動物のようだが、その実は頑強な戦闘型の魔生獣である。
彼の特徴は名で表されるとおり、氷雪に優れた竜種であることだ。
護国でうたわれる創海神話の一匹、禁域四頁【氷誕凍生】氷滅竜ブリザード・ハイリッシュドラグーンの血脈……であるかは定かではないが、そうと言い張れるほどの気品があり、またゼリファは幼いころからそうだと信じている。
「テル、まずはアードに向かうわ。あの子、絶対に捕まえるのよ」
「どうだかね。たぶんだが、横の外郭市のやつじゃねえのか?」
「ヒシュヒシュ」リズがすり寄り、濡れたゼリファを温めようとする。
相棒の健気さに心を打たれるも、フリーズハイドラは低体温生物のため、逆に体が冷える。臨戦態勢でない限りは竜鱗も柔らかいが、ヒンヤリして寒い。
けれど、それを口にするでもなく、ゼリファはリズの愛情を無言で受け止めた。そうして全身を覆う青つなぎからポタポタと水がたれてこなくなったころ。
「……ふがいありませんが、アードで護鳥騎士団にも報告します」
「ああ。ドジったのを隠すよりかは、そのほうが姫さんらしい」
「白のマナ結晶は第一隊副長からの頼まれモノですから。逃せません」
「分かってるよ。俺の上長の探し物、コソ泥娘なんざに渡すかよ」
青年が、背負った白い大槍に手を添え、口元をゆがませる。
そうしてゼリファ一行は、勇み足でアードへと向かった。
一方そのころ。犯人であるキニャは、すでにアードを発っていた。
「鉄ジジイめ。なーにが名包丁だか。こんな安もんでボッタクリやがってえ」
アードからつながる整備された都市街道で、コソ泥娘が怒る。
周囲に人影のない牧歌的な道ばたで、キニャはプカプカを背後に従えながら、自身の手ほどの長さしかない、新品のナイフを振り回しながら歩いていた。
他人がいれば、護国衛士隊に通報されても仕方のない気ままさだ。
昨日買ったばかりのお料理ナイフは先ほど、青つなぎの女騎士に切り飛ばされてしまった。今からおめおめと探しにいくのは危険なため、外郭市で鉄職人をしている鉄ジジイから「今はこれしかねえ。名包丁だ。持ってけ」「やった、ありがと」「待てキニャ。前のと合わせて800コルだ」「は? ふざけんなっ!」というやり取りで買い直した、キニャの毎日の食事を助ける新たな装備品だ。
それ以外の荷物はほとんどない。輝きがくすんだ灰色の髪ごとすっぽり覆っている衣服は、頭頂部にねじれた小さな二本角を装飾した白鱗のローブ。ローブの背中側、お尻あたりからは蛇のような細長い尻尾の装飾。こちらはチョロチョロと揺れている。インナーの暗色の防護服も着の身着のままで、後ろ腰に小容量の革ポーチこそ備えているが、旅をするわりには至って軽装である。
その反面、相棒のプカプカにはボロくて大きな麻袋を背負わせている。短い彼の手がどうにかひっかけて背負っている袋には、徒歩二日分の旅路に必要なキニャの食料や雨よけが入っている。ちなみに、プカプカ用の道具は一つもない。
「ギギャッ、ギギャッ」
「はいはい、そーそ」
会話にならない会話にキニャが生返事するだけでも、プカプカは喜ぶ。
大陸中央にある護国王都リユニオンからは、各護国都市に向かうための大規模な街道がつながっている。まっとうな護国民のための国道である。
けれども数刻ほど進んだころ。キニャたちの行き先が次第に地ならしすらされていない砂利道へと変わっていく。かすかに道草が踏み潰れてはいるが、彼女ら以外の人通りはない。それもまもなく、道とは言いがたい道になっていく。
護国都市周辺に点在する町村へのアクセスなど、今でもこの程度なのだ。
日をまたぐほどの遠方地への旅路は、キニャには久々のことだった。
一年前、北西にある第三護国都市から「うっさいオヤジ! 私は金稼ぐの!」と養父のもとを家出し、ここアードにたどり着いてからは、外郭市に身をならすのと、小賢しい儲け話で汗水を垂らすので精いっぱいであったためだ。
ただし、今回の旅は急ぐものではない。件の女騎士から居所をまくための遠征であるため、キニャはむしろ、ゆっくりダラダラと歩いていった。
休憩時間もたくさん取る。そのたびにプカプカに背負わせた麻袋から、時期になると黄色の六枚花を咲かせる「テネグリの木の残し実」を取り出し、かじりつく。ほんのり甘く、口溶けのいい果実が、若い足腰の疲労を忘れさせる。
プカプカもそれをマヌケな顔でボーッと眺めては、「ギギャ!」と鳴いた。
しばらくすると旅に飽きたか。「プカプカぁ、背負えー」「ギギャッ」と巨漢な彼に運んでもらおうとするが、鼻からお腹までの白い体表と比べ、背中一面を覆う黒外殻はゴツゴツしていて人肌には痛く、またボヨンボヨン、ボテンボテンと歩くプカプカの動きも相まり「痛いっての!」「ギギョォ」と叱って離れた。
「あー、もー、疲れたー。オースホースでも借りてくればよかったかなあ」
「ギッギャ!」
「うっさいプカプカ」
結局、キニャは目標の半分程度で諦め、木々の下、プカプカの腹で野営した。
テネグリの木の残し実(5粒):15コル




