生存凶兆(21)
交渉を成立させたキニャが右足を踏みきり、プカプカに目配せして後方へと走り去る。山道の斜面に対して、体を低く前傾し、まるで山猫のように駆けた。
「ギッギャッ、ギッギャッ」
ボヨンボヨン、ボテンボテンと音を鳴らし、プカプカも主を追う。
「おい娘っ! トビルのこと頼んだぞ!」
荷馬車に寄りかかる、メコ叔父からの最大限のお礼に対しても。
「あんたら家族は別料金だかんね! ちゃんと金払いなさいよ!」
催促は忘れないし、足も止めない。
村人の集団を抜けて、キニャは「うー! 雨が目にー!」と両眼をつぶっているユビを頭に、プカプカと来た道を戻る。濡れた岩肌の足場の悪さに足を取られることもあったが、彼女にせよ、悪路のほうがイキイキとして見える。
隘路のある山道の中腹から表門まではそう遠くはないが、近くもない。
曲がりうねる道のりと、崖にはさまれた山路とあり、後方に置き去りにしてきた避難民たちの姿はとっくに視認できなくなってしまった。
「ハァ、ハァ、着いたー……けど、ちっ! どうすんのよこれ!」
「ギッギャッギャ」
「うっさいプカプカ!」
しばらくして、カパジーラ山頂村に戻ってきたはいいが。
村をさえぎる表門の丸太壁は当然、閉じられていた。
ついでに最低なことに、キョロキョロしはじめたプカプカの様子からして、村の内部にすでにロックトードが侵入しているのも分かってしまう。
「私はいけるけど……プカプカ、どうにかして門を越えられる?」
「ギギャ!」
「プカプカできるってー」
これまでの経験で意図は受け取れたが、ユビの通訳がここにきて心強い。
キニャは表門の右手側、切り立った崖に足をかけて慎重によじ登る。雨でなければスルスルといくこともできそうな軽業だが、今は調子に乗らない。
時間をかけて、足を踏み外さないよう、ゆっくりと上る。刻々と経つ時間に気を取られないよう、慎重に丸太壁の天井に手をかけ、見張り台に乗り込んだ。
「うっげ、やっぱもうキモカエルいるし……!」
見張り台から村内部を見渡すと、あちこちにロックトードの姿があった。
建造物が壊されているような破壊跡はないが、すでに占拠は完了していた。
「んで、プカプカあんたは――」
と、キニャが山道のほうを振り返ると。
「ギッギョォォォォ……ギギョォォォォ……」
力強く、か細く、全身全霊を振り絞ったかのようなプカプカが。
プカァ……っと。非常にゆっくり、徐々にプカァっと浮いてきた。
まさに、破裂トカゲの本領を生かした飛行能力だ。
けれども。
「おっそ! さっさとしろ、このデブブタ!」
「ギギョォ……」プカァ……っと。上昇速度は非常に遅い。
「がんばってプカプカ! もっともっと! ほらもっとー!」
手のひらサイズの通常体な破裂トカゲとは違い、プカプカは見たまんま2メートル近くの巨漢である。キニャも知らなかった彼の隠し技は、この場にきてたしかに役に立ちそうであったが、数分待っても、高度は表門の三分の一程度。
丸太壁を飛び越えるには、まだまだ時間がかかりそうであった。
「もういいあんたそこで浮いてな! あと帰りもあるから、こっちの地面まで降りてこないで、ココ! 見張り台にいなよ! 飛び降りて帰るからね!」
待っていられない飼い主は見切りをつけ、自分ひとりで村へ入ってしまう。
「ギ、ギギョォォォォォ……」
がんばって浮いている彼の鳴き声は、ユビいわく涙の慟哭だった。
見張り台から下りるための木ハシゴは使わず、同じく右手側の岩壁を使って器用に村へと降りたキニャは、それから慎重に村のなかを進んだ。
曇天で薄暗い、山雨に濡れたカパジーラ山頂村を見回す。
あたり一面ではないが、そこかしこにロックトードの姿がある。
彼らは周辺を警戒するでもなく、ボーッと突っ立っている。
まるで迷子になり、どうしようかと途方に暮れている子供のようだ。
「キニャ、見て見て、裏門が壊れちゃってる……」
「見りゃ分かる。あんたも静かにしてな」
「う、うん……」
頭部にいる茂みインプの指さしまでは見えなかったが、視線の正面、裏門の丸太壁は半壊し、丸太階段も崩れ、至るところに大木が転がっていた。
丸太壁はすべて倒壊したわけではなく、トキシック・ヴァイフログに腐食させられたという中心部をへし折られ、全体の半分ほどがこじ開けられている。
(デカキモガエルがいない……いないってことは、さすがにないか)
無理やり侵入されたかのように裏門が半壊している以上、敵はどこかにいる。
村の西側、樹海に真っ逆さまの崖沿いにロックトードが集まっている反面、村の東側、山頂に向かう斜面は敵が手薄で、木々に身を隠しながら進めた。
家の影でばったり出くわしそうになったロックトードも、ここ数日で凶暴化したと話に聞いたが、キニャの目には人畜無害なカエルそのもの。敵意を感じなかった。裏門を壊して逃げる、それが済んで意識がリセットされたのだろうか。
「キニャぁ、そっちダメぇ。こっちこっちー」
「りょーかい」
道中ではユビが感知を発揮し、見えない場所の魔生獣を察知してくれた。
できることは大してなかった茂みインプが、敵地と化した村で頼もしい。
止まるときはじっくり。動くときはすばやく。それでもロックトードには気配を捉えられていたが、岩肌のカエルたちはふと見つめる以上の行動を返さず、キニャとユビは攻撃されることのないまま、おおよその目的地。
きっとここだろうと見当をつけていた、ヤックの家へと忍び入る。
カチャ、ギィィィ……パタン。さすがコソ泥とばかりの静音で家への侵入に成功すると、ユビとともにホッと息をつく。扉や窓は開いていない。床が雨水で塗れた形跡もない。つまり、ロックトードにも入り込まれてはいない。
キニャはそそくさと駆け足で、慣れた食卓の先にあるヤックとトビルの部屋に向かった。ゼリファがいない今、少年の自室は第四姫に貸していた部屋なのだが、それを忘れて扉を静かに開ける。けれど、結果的には当たりだった。
その先、目の前には――木の椅子を両手に掲げたトビルがいて。
「う、うわあああぁぁぁぁあ死ねカエルーーーぅぅぅ!」
「ちょっバカ! 危ないざけんなっ!」
ドアを開けたばかりのキニャが椅子で強襲されるも、壁に身を隠してかわす。
「トビルっ! 私よ! カエルじゃなくてキニャ! ざけんなクソガキ!」
「え、キ、キニャさん? なんでここに……」
「あんたをひっぱたいて連れてくためよ! よくもやったわね、ぶっ殺すわよ!」
「や、やったあああ! ありがとキニャさん! みんないなくて、ぼく怖くて」
「うっさいクソガキ! ……ちっ、話はあと。ついでにあとで金払え、金」
白いローブごと腰にしがみついてくる少年をすげなくひっぱたきつつ、キニャは無事にトビルとの再会を果たした。あとはもう一度、村から脱出するだけだ。




