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生存凶兆(20)

 せまい山道ながら、前のほうからやってくる衛士隊や村人たちを器用に避けて、キニャがホイホイと前進する。プカプカの場合は目立つ巨漢もあって、逃げてくる者たちのほうから避けていくことで、身内での衝突事故を防げた。


「キニャさん! 気をつけて! トキシック・ヴァイフログです!」

「知ってるっての!」

 すれ違いざまに忠告してきたトルミットは、衛士隊とともに後退した。


 集団を抜けると、数十メートルほど距離が開いた先で戦闘が起きていた。

 最も後方に立っているのはゼリファ。彼女の数歩前には白い大槍を構えたテル、そしてトキシック・ヴァイフログと相対するリズの姿。


 雨脚はそれほど強くはないが、ただでさえ環境音の少ない静かな山あいは雨音に支配されはじめている。両脇の断崖からこぼれてくる水量も勢いづく。


「ゼリファ! もう毒ってくれた!?」

「うれしそうに言わないでください! 全員無事です!」

「なら呼ばないでよ! 無駄足じゃん!」

「いいから構えなさい! 敵が来ますよ!」


 ゼリファの合図が相手への命令だったかのように、トキシック・ヴァイフログがカエル由来の跳躍力を生かし、勢いよくリズへと襲いかかった。


「リズっ、避けなさい!」

「ヒシュッ!」

「相手の着地を狙いなさい、【フリーズ】!」


 トキシック・ヴァイフログののしかかりを回避したフリーズハイドラの冷気が、四肢で着地したばかりの巨大な毒ガエルのもとに向かう。


 冷気が吐き飛ばされる道筋、そこに通りがかった雨粒はすぐさま氷結し、気付けば尾を引くように空中に氷の板が生まれ、自然落下しては割れていく。


「おー、白ヘビのあれ、雨の日に稼げそうな一芸じゃん」

「ひっぱたきますよ! いいから危険です! キニャも身構えなさい!」

 ゼリファの叱咤をよそに、次はテルが動く。


「オラァ! とっとと道を開けろやカエル風情がっ!」

 大槍を一筋。【フリーズ】とは違う角度から直線に突きかかる、が。


「ヴァジャァッ!」

 トキシック・ヴァイフログはすかさず飛び、両方の直撃を回避した。


 巨体に毒持ちと特性が際立つが、水棲類の基本スペックはそのままか。敵の動きはむしろ、晴天時よりも軽やかにすら見える。四肢の先には口内の牙に似た硬い爪も生えているが、安定した着地と接触はカエルそのものだ。


「クソっ、天気の相性まで最悪だな。ゼリファもうすこし退いとけ! 俺を飛び越して距離を詰められたなら、逆に俺のほうに寄れ! 正面を取られるなっ!」


 後方に退いた毒ガエルが、人を丸呑みにできそうな大口を開ける。

 不揃いな牙からしたたり落ちる不衛生なよだれと、全身を伝い落ちる雨粒。

 粘度の違いで、その性質の違いを余計に際立たせてくる。


「ゼリファ、前に白ヘビにやらせた大技やりなよ。あれで勝てんじゃない」

「いえ、不可能です。こうも雨だと【ブリザードレイン】は制御できません」

「は?」

「あれはフロスト・ハイドラグーンの技。今のリズに、しかも雨ではとても……」


 リーダーであるゼリファはもちろん、リードのリズも分かっている。以前使用した【ブリザードレイン】はトキシック・ヴァイフログを撤退に追いやったが、大気中の水分を氷柱化する特性上、こうも雨水まみれではコントロールできない。


 幼体にはただでさえ負担がかかることを才覚で成すリズにしても、雨の中で行えば自らやゼリファ、テルやキニャすらも巻き込み、山道を氷塊で埋めてしまう恐れがあった。そうなれば戦闘はおろか、避難道をより険しくしてしまう。


「ヒシュゥ……!」

 賢いリズはそれも分かっている。だから【ブリザードレイン】は使えない。


 すぐに距離を詰められかねないからと、テルはゼリファの身辺警戒に前に出られない。彼はこれまでもトキシック・ヴァイフログ相手に真正面から交戦することはできていたが、唯一、毒吐きにだけは対処できない。

 それを治せるプカプカがいるとはいえ、その間に攻め込まればおしまいだ。テルはこの場にいる誰よりも強いが、あくまで対人専門の護鳥騎士であった。


 リズのほうも基本、先手を取らずに後手の反撃のみでリスクを軽減しているだけに、攻勢に出るのは難しい。それに敵の毒を浴びた経験のある彼は、その苦しみと戦闘継続が困難になることを身に染みたのか、より安全を重視している。

 己の生存が、最愛のゼリファの生存に直結すると自覚している。


「コソ泥娘! コイツが毒を吐いたらすぐに動けるようにしとけよ!」

「へ~い、まいどあり~」

「誰が金払うって言ったよ!? 図に乗るなっ!」


 幸い、トキシック・ヴァイフログが毒液を吐くのは一日に一回程度であることがここ数日の戦闘経験で分かっている。本当にそうなのかは未知だが、頻繁に行ってこないのだけは確か。そうでなければ、カパジーラ山頂村はとっくに毒まみれになっており、ゼリファたちも抗うことは不可能だったのだから。


 そのため山道を毒で汚染されることもない……と祈っている。仮に行列の途上が毒で汚染されても、これまたプカプカが浄化できるが、相応の処理時間は求められる。つまるところ、どうであろうと毒を吐かれるのが最大の厄介だった。


「ヴァジャァッッッ」

「リズ追って! テルは近づきすぎです!」

「ご心配どーも、オラァ!」

 相手を見定め、不意に呼びかかってくる体当たりをどうにかしのぐ。

 しかし返す大槍は勢いが足りない。戦闘はからくも膠着状態に陥っていた。


 そこに、後方から聞こえてきた思わぬ悲報も重なる。


「ゼ、ゼリファさま! うちのトビルがいません!」

 後方集団から躍り出たヤックが、血相を変えて叫んだ。


「なんですって!? ではまだ村にいると!?」

「も、申し訳ありません! 避難の先導に気を取られて……私の不手際です!」

 返事をしたゼリファも絶句する。計画に破綻が見えてきた。


 このままトキシック・ヴァイフログを追い返せねば、みな避難できない。

 仮にどうにかできても、表門を破られればもう一匹に追いつかれかねない。

 そうでなくとも、村に残っているトビルの存在を見捨てることなどできない。


 一瞬で思考を駆け巡らせたのであろう、第四姫が出した結論は。


「キニャ! トビルをここまで連れてきてくださいっ!」

「は? ……はーーーぁぁぁ!? やだよそんなん! 超危険じゃんか!」

「お願いします! もうあなたしかいないのです!」

「ふざけんなっ! だったら金払え、金!」

「払います! この際、強盗も不問にします! だからお願い、キニャっ!!!」

 切実な声は余韻を残さず、曇天の雨音にすぐにかき消された。


 誰かがトキシック・ヴァイフログの毒に冒されたとき、先頭からプカプカが離れれば手の施しようがなくなる。けれどゼリファが行くのは論外。リズもだ。

 残る選択肢のテルも、キニャとプカプカがその役を肩代わりできない以上、護国の姫や民を守る最後の防衛戦としてこの場からは離れられない。


 ヤックたち村人に行かせると、裏門の状況次第では魔生獣マニマルに襲われる。衛士隊にしてもそう。魔生獣マニマルを相手に立ち回るのは危険だ。それに土地勘だってない。


 それゆえのキニャ。ゼリファはもう、信用こそできないが。

 信頼には足る、白いコソ泥娘を頼るほかなかった。


「……700000コル!」

「!? あなたに支払う金額ですか!?」

「そうよ! あんたのマナ結晶のお値段!」

 盛った差額はキニャなりに稼ごうとした機転で、あまりにずさんだったが。

 第四姫、ゼリファ・ミトス・クリンティアは人命を通貨では数えない。


「分かりました! それで手を打ちます! さあ行きなさい!」

「手形や現物の支払いじゃダメだからね! ちゃんと護国金貨で払いなさいよ!」

「分かりましたから行きなさい!」

「それとマナ結晶の件もちゃんと覚えとけよ! 罪状の潔白もね!」

「いいからとっとと行きなさいッッッ!!!」

「うっさいクソ女! まいどありっ!!!」


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