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生存凶兆(19)

 想定よりも早く下された宣言により、キニャやトルミットが駆け足で表門にたどり着くころ、表門前にはヤックや村の住人たち、護国衛士が集まっていた。

 周辺にいる者たちは、それぞれ手に持つ程度の物入れしか持っていない。逆に言うと、それぞれが反射的に最も大事な物を持って出てきたと言える。


 多少、今朝の決議よりも総人数が少なく見えたのは、一部の衛士たちが先行して山を下り、隘路からトキシック・ヴァイフログが現れないかを確認しているから。村に大人数で訪れただけで、なにもできなかった彼らなりに、村からの避難経路では率先して役割を果たしていきたいという意思がうかがえる。


 そして表門の上、見張り台にいたゼリファが、村人を数えようとしたとき。

 裏門を守っていたテルが急ぎの形相で、火急の事態を報告する。


「姫さん、裏門はもうダメだ! トキシック・ヴァイフログもいりゃあ、ロックトードたちが洞窟まで列になってやがる! すぐにここから逃げるぞ!」

 その声色は、近しい間柄のゼリファでなくとも最大級の警戒として届いた。


「皆さん! すぐに村を脱出します! ヤックさん、表門の解除をっ」

 間髪入れずに、第四姫が避難の決行を言い渡す。

 結果的にだが、今朝から村を捨てる決断をしていなければ惨事が起きていた。


 ゼリファの指示に従い、ヤックが丸太壁の左手側にある木材の留め具を外すと、ガッダンッッッ! 表門はいつも通り、山道側に倒れた。


 みなが急ぎ足で丸太壁を踏みしめ、表門を抜ける。そして男衆が丸太壁を人力で持ち上げ、もとあったように表門へと立て直す。

 その後、村側に一人残っていたヤックが門の留め具をロックし、木ハシゴで見張り台まで登り、両脇の崖を足場に恐る恐る降りてきた。


 これにより、カパジーラ山頂村は表裏ともに丸太壁で封鎖された形だ。


「裏門から表門まで破られる前に、山を下りましょう。あとは時間の勝負です」

 恐れる村人たちの心を、ゼリファが奮い立たせる。本番はここからだった。


 村での決議を取る前、昨晩の時点で考えられていた脱出作戦は、トキシック・ヴァイフログらを裏門でせき止め、表門でも時間稼ぎすることだった。

 魔生獣マニマルたちが村から先にも進行するかは不明であったが、仮に山道まで寄られた場合、表門を倒したままにしておくのは危険極まりない。そのため、みなの避難が完了したのち、表門を再度かけ直すことで第二の足止めを狙った。


 麓までの山道はあまり広くはない。足場も悪い。老人や子供も少なくないため、急ぎすぎは事故の危険もある。それだけに、行列の移動速度も出ないのだ。


「ゼリファさま! 隘路にトキシック・ヴァイフログの姿はありません!」

「ありがとうございます。では皆さん、参りましょう」

 先行していた衛士からの報告を皮切りに、五十名近くの山下りがはじまる。


 行列は先行する衛士隊を除き、トキシック・ヴァイフログが出現したときのことを考えて、ゼリファとテルとリズが先頭。周辺にはトルミットや衛士隊員が続き、女性と子供、老人と男性、徒歩が困難な者たちを数名乗せたオースホースの荷馬車の後ろ、最後尾に衛士隊員二名とキニャ、ユビ、プカプカが着く。


 行列が二匹目のトキシック・ヴァイフログと相対してしまったとき、プカプカの【ガラガラペ】による解毒能力は人命を救う治療手段となる。

 だが単純な話、プカプカでは巨大な毒ガエルに立ち向かうことができない。


 そのため前方に襲来されたときは、トキシック・ヴァイフログに対抗できるテルとリズが撃退を狙いつつ防戦を敷き、キニャたちは最後尾から駆けつける。

 衛士隊員二名がいるのは、両者で協力して後方の状況報告をするためでもある。


「……ちっ、クソ女め。山降りたら絶対トンズラこくよ」

「サイテー。だから後ろにいさせられるんでしょ?」


 と、キニャが愚痴るように。彼女が最後尾に置かれた最大の理由は、ゼリファいわく「あなたを先頭に置いては、どうせ大丈夫だからと逃げるでしょ?」とのことで。役割よりも人格を考慮された残念な結果であるが。


 山育ちとあり、山歩きには自信のある村民も多かったが、そこに老人や子供も混ざることで、大人数での下山は牛歩のような速度となった。

 焦りや疲労で転ぶ者が出ると、全体の歩みも乱れる。幸いしたのは、衛士隊が連れてきたのがオースホースであったことだ。温厚で実直なかの魔生獣マニマルは、歩き出しも一時停止も頑強な四肢でスムーズに行い、荷馬車の慣性を受け止められるだけの体格もある。おかげで重量級の馬車が遅延の原因になることはなかった。


 それでも遅々として行列が進まないなか、山に天陽が昇りきるころ。

 文字通り、山道の雲行きが変わった。


「くっ……こんなときに雨ですか」

 歩みの遅さに参っていたゼリファが、さらに歯がみする。


 今朝方、キニャを含めた数名が予測していたとおり、カパジーラ山にかかっていた曇天の雲海は悪いほう、つまり山道のほうへと流れてきて、あたり一面を重く、暗くさせた。最悪なのは雨まで降ってきてしまったことだ。

 山道の大半は岩肌だが、少量の土肌とあわせて、足場がさらに悪くなる。


「うぉわっ!」

「おじいさん大丈夫ですかっ」

「うえぇーん、痛いよー!」

「ほら、お母さんが背負ってあげるから」


 前後の小さなトラブルが、全体の遅延につながる。

 そういった最悪の事態は連鎖し、さらなる災厄を呼ぶものだ。


――ヴァジャアァッッッ!!!


 列の最後尾にいても、雨音では消されなかった鳴き声がキニャの耳に届く。


「ト、トキシック・ヴァイフログ! 隘路から来ました!」

「衛士隊! 村民を後方に誘導!」

「子供たちを下がらせろ!」

「オースホースを前に出せ! 壁を作るんだ!」

 前方から喧騒。すでに口火は切られてしまった。


 行列の混乱は増したが、これが火事場の力というものか。村人たちは絶叫を上げて走るも、衛士隊の命令にも列を乱すことなく先頭との距離を作る。

 また、列の前方から若い衛士隊員が走ってきて、最後尾のキニャに通達する。


「キニャさま! ゼリファさまより先頭集団に合流しろとの命です!」

「……うっげぇ。はいはーい、分かりましたっての」

「わっ、キニャ、急に走んないでよー」

「ユビ、あんたは離れてるか、角にしがみついてな」

 キニャの頭部でくつろいでいたユビが、すかさず二本角を両手でつかむ。


「プカプカ! 出番かもだよ! 毒ったクソ女を治してがっぽり稼ぎなっ!」

「ギッギャッギャ!」

 第四姫が毒に冒された前提の会話は、周囲には通じなかったので問題ない。


メコ叔父が村から持ってきたもの:亡き奥さんの化粧用具

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