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生存凶兆(18)

 キニャはとくにするアテもないため、わずかな仕事ではあるが、ヤックの家で寝床にしていた食卓脇に戻り、昨夜置いてきた荷物を整理しに戻った。


 昨日は負傷民の治療所にされていたが、全員帰る家がすぐ近くの身だったため、キニャの寝床は最後の村民が歩いて帰っていったところで開放された。

 就寝時は若干、血の臭いで気が滅入ったが。


「いやだよ! みんなで残ればいいじゃん! カエルなんか倒してさ!」

 家の扉を開ける直前、少年の声。トビルのわめき声が外まで届いてきた。

 キニャは一瞬だけ気後れするも、私は関係ないとばかりに臆さず入る。


「父さん! なんでカパジーラを捨てるのさ! 大事な故郷なんでしょ!」

「そうだ。でも、大切なのは村の仲間がこれ以上ケガをせずに済むことだ」

「うっ……で、でも! ゼリファさまや衛士隊があいつらやっつけてくれればっ」

「トビル。村のみんなの代わりに、姫さまたちにケガをしろと言うのか?」

「うっ……」

「おまえのつらさは俺にも分かる。だから、分かってくれ」

 反論できなくなったトビルが、家の奥へと駆け込んだ。

 息子の背中を眺めきったあと、ヤックがこちらに目を向ける。


「すみません、キニャさん。お見苦しいところを見せました」

「べっつに。トビルは反対なんだ、避難するの」

「子供ながらに郷愁が芽生えているのでしょう。この村ではよくあることです」

「ふーん」

「キニャさんにもありませんか? そういう故郷への気持ち」

「さあ。どーでもよくって、とっくに忘れちゃった」

 渇いた返事。これにはヤックも苦笑い。都市育ちの女子は扱いが難しい。


「ヤックよ! フローレスの形見はちゃんと持ったか!?」

 食卓の奥。扉をはさんだ壁の先から、メコ叔父の怒鳴り声が飛んでくる。


「ええ、持ちましたよ。メコ叔父こそ、奥さんの化粧台はどうするんです」

「こんなバカでかいモン持ってけるか! ……中身を少々持ち出すだけじゃ」

 男やもめの二人は、変わらぬ最愛を形にして持っていくらしい。


 村のなかで現在進行形で行われている、なにを持っていき、なにを残していくのか問題。残していってもロックトードたちに荒らされない可能性もあるが、すべて壊されるくらいに思っていたほうが、いろいろと踏ん切りがつきやすい。


 キニャは地面に放っていた道具をポイ、ポイ、ポイと麻袋に詰め込むだけで準備が済んでしまった。そして持て余した時間でお料理ナイフを手入れしていると。


「キニャさん、忘れ物はありませんか」

 弱気な顔をしたトルミットが声をかけてきた。

 彼女からすれば、「そういやこんなやついたね」くらいの存在感であった。


「ないよ。これしか持ってないし」

「ははは……私も結局、お役に立てずでしたから、道具の調整も必要なくて」

 魔生炉ファナスを調整するために呼ばれたマナマギストも、不測の事態で肩身が狭い。


「洞窟に行ったときに魔生炉ファナスを調整していたのなら、こんなことにならずに……」

「だったら今から行ってくれば? 英雄になれるよ」

「……ははは、手厳しいですね」

 コソ泥娘のキツいジョークも、受け入れられる心情なだけマシか。


「マナの生態系は、世界の理。人の手ではすこし流れを変えてやるのが精いっぱいです。それに二匹のトキシック・ヴァイフログさえいなければ、ロックトードが村に危害を及ぼすとは思えないのですが……今はそれどころじゃないですね」

 役目を果たせなかった彼なりの懺悔を、キニャは涼しい顔で無視する。


「しかしゼリファさま、テルさまは本当にすごい。あらためて敬意を抱きました」

 トルミットが目を輝かせる。まるで、使えるべき主を見つけたかのように。


「キニャさんがいなくなってからロックトードに襲撃され、村人にも被害が及んだとき、ゼリファさまは当初、すくんで動かれなかったのです。血を見るのに慣れていなかったのでしょう。けれど、あのお方はそれをすぐに恥じ、次の瞬間には献身を尽くしていました。あれこそ、私たちが掲げる王のあるべき姿でした」


 急に熱が入った声色に、キニャの顔がわずらわしそうにゆがむが。

 彼は構わず続ける。きっと言いたくて仕方ないのだ。


「テルさまも、最初は護鳥騎士団レイルナイツ特有のエリート思想が強いお方かと思ってしまっていましたが、村人に危害が及んでからは彼らをよく見て、肩を並べ、最前を尽くす騎士へと変わられました。あれこそまさに、人知を守護するエンドレイルの名をいただく護鳥騎士のあるべき姿。子供のころの夢を刺激された気分です」

 幼少の彼は騎士を諦め、己の分をわきまえ、マナマギストの道に進んだ。


「なにもできなかった私ですが、避難が済んだあとはゼリファさまやテルさまを見習い、護国を守る一人の人間として、決意を新たにしようと思っています」


 自身を卑下するトルミットであるが、重責の伸しかかる状況下にあって、責務はあれど経験に乏しいゼリファが己が身を奮い立たせられていたのは、夕食後に彼がなんとなしにはじめる創海神話トークで気分を変えられていたおかげだ。


 そこには誰も気付いていないし、目の前にいるキニャにせよ。


「あっそ」

 そっけないばかりである。


「……ははは。ちなみに、アードでプカプカの生態を調べさせてくれたりは?」

「やだよ。金払え、金」

「金って……いくらほどご所望ですか?」

「500000コル」

「そ、それはさすがに無理ですね……」


 金をせびるキニャをよそに、村の西側、崖沿いの茂みから英知を持って生まれたユビにとっても、カパジーラ山頂村は故郷と言えば故郷であったか。

 ヤックの計らいで食卓からキニャの寝床へと移されていた、彼女の唯一の持ち物とも言える、木籠と布巾のベッドを前に「うーんうーん」とうなっている。


 それを片目で見たキニャが、ポイッと。

 木籠を取り上げ、麻袋のなかへ。


「あっ、私のベッドぉ! ちょっとなにすんのー!」

「目障りだから持ってったげる」

「え、ほんと!? どっかに売り払う気じゃないでしょうねっ!?」

「ケッヒ! こんなゴミくず、誰も買わないっての」

「ゴミくずじゃないわよ! 失礼しちゃうわっ!」

 和やかな一幕に、トルミットも状況を忘れそうになっていたとき。


「ギギャ?」

 不意に、プカプカの視線が明後日の方向に向いた。

 そちらは壁。方角で言えば、村の裏門側。


「ギギャ!」

「わわっ、キニャ! ロックトードが来たって!」

 とっさにユビが通訳する。合っているのかは分からないが、事実は分かる。


「うげぇ。めんど。ゼリファと白ヘビがいんでしょ? 任せよ任せよ」

「それが……すっごーい数みたいだよ?」

「は?」

 三人がしょうもないやり取りをしているなか、村に大声が響き渡った。


「ロックトードの大群をテルさまが抑えてくれてる! みんな表門に行け!」

 カパジーラ山頂村の避難劇は、予定よりもだいぶ早くはじまってしまった。


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