生存凶兆(16)
夕日が落ちきったころの山頂。事情を知らぬキニャと衛士隊員を集めたゼリファは、衛士隊からの救援物資を含むマナランタンをいくつか使い、ヤックの家の前を照らした。二十を超える人数は、家にはとても入れなかった。
「最初は二日前、あなたが村を発った日の午後のことです」
カパジーラ山頂村では、キニャがアードに出発したその日の午後。これまでにない数、ゆうに百を超えるロックトードが裏門に押し寄せ、雨嵐のように丸太壁へと石を吐きつけたという。あまりの数にゼリファも手を出しあぐねていると、表門を見張っていた村民からトキシック・ヴァイフログの襲来も報告される。
その際、表門は毒ガエルの巨体や四肢で表面を削られ、リズとテルが向かうまでにズタズタに傷つけられた。しかし、彼らにもっと過酷な報が寄せられる。
「う、裏門にも、トキシック・ヴァイフログがっっ!!!」
洞窟のトキシック・ヴァイフログは、二匹いた。
そこから困難が続く。触れれば身体を腐らせる毒液を吐くトキシック・ヴァイフログ相手に、表門はテルが、裏門は門の上でゼリファとリズが対峙した。
裏門前のロックトードたちは、巨大な毒ガエルの身振り手振りのたびに崖から追い落とされ、そのうち攻撃性が発露。丸太壁にこれまで以上の威力と速度を持つ石を吐きつけ、舌で叩き、ときには体当たりで刃向かい、門に密集した最前のカエルたちは後続に押し潰され、マナになってかき消える者も現れた。
トキシック・ヴァイフログは二匹とも、夜間を前に姿を消した。しかし、裏門に残されたロックトードたちには住み家も退路もなかったのか。
岩肌のカエルたちの攻勢は深夜になっても止まず、丸太壁にぶつかる不快な攻撃音が連続する。そして気を保てなくなった男衆の一人がたいまつを片手に裏門を飛び降り、ロックトードの集団に突撃。それを見捨てることができず、男たちは次々と身を投げ、カパジーラ山頂村は村民と魔生獣による戦争状態に突入した。
「もし、あのとき私やテルが休息していなければ、村人たちの攻勢を未然に防げたはずなのですが……未熟なこの身では、止めることは叶わず」
その日、一日中トキシック・ヴァイフログと戦闘していたであろう第四姫のことを思うと、キニャも衛士隊もそれは無理のないことだと思った。
だが、それを言ったところで、目の前の高潔な王族ゼリファ・ミトス・クリンティアの慰めにはならないだろうと、誰も言葉にはしなかった。
わずかな睡眠の最中、女性や子供の金切り声によって異変に気付いたゼリファとテルは、真っ暗な村をひた走り、衝突音の収まらぬ裏門へと急行した。
丸太の階段を上がり、門の先を見ると、ポツポツと点在する赤火のたいまつ。その周辺で、男たちが木材でカエルを殴り倒し、カエルが石や舌で反撃する、絶望を予感させる光景に出くわした。村の男たちは目的を忘れ、攻撃なのか反撃なのかも分からぬ闘争状態だったところ、第四姫の大きな一声で自らを振り返った。
そして疲弊したテルとリズが渦中に飛び込み、みなの撤退時間を作った。
「それからというもの、村の方々も積極的に攻撃に出るようになってしまい……」
ロックトード退治を一度やったことで、二度目からは躊躇がなくなった。
たしかにテルとリズ、次いで護衛騎士の言うことを聞かずに前線に立つゼリファは精強な戦士で、ロックトード相手であれば一方的な攻勢に出られた。ただし膨大な数のカエルを前にしては、それぞれの安全を保つのが困難だった。
そこを男衆が面でカバーすることで、依然一方的な制圧を続けられたが、戦いに慣れぬ素人に、カエルたちの遠距離からの岩吐き攻撃は鋭く刺さり、ケガ人が続出した。さらにトキシック・ヴァイフログも散発的に顔を見せるものだから、そのたびにゼリファ、リズ、テルが奔走させられ、疲弊は加速していった。
「そうして昨日の朝から今に至るまで、私たちはケガを押して代わる代わる、ずっと裏門で戦っていたわけです。ロックトードの数はすでに洞窟の許容量をはるかに超える数がいるようですが、トルミットさんによれば魔生炉の濫用によるマナの乱れが原因で急発生しているらしく、終わりも見えないようです」
そこまで言いきって、ゼリファが顔面の険を抜く。それは自嘲にも見えたが。
茶々は入れない。キニャや衛士隊が思っていたより現状は深刻化していた。
「べ、べつにさ、あんなカエルたちの攻撃なんか無視すりゃいいじゃん」
引きつり顔のキニャが口を開く。ある意味、それは正論であったが。
「いいえ。二匹目のトキシック・ヴァイフログの毒液により、裏門の一部は腐食してしまいました。すぐに損壊するほどではありませんでしたが、昼夜に波状攻撃を受ければ、いかに小柄なロックトードとはいえ破られかねません」
神妙に返されて、「ううぇ……」とキニャも口をつぐむ。
「それで、アード衛士隊に後詰めはございますか」
「ハッ! 数日中に招集ののち、約三十名が駆けつける見込みです!」
「多勢のご助力は助かりますが、肝心の騎士団のほうは?」
「ハッ! 王都へ使いを出し、護鳥騎士団への出征を嘆願しております!」
「……そうですか」
「先駆けによれば、第一隊のウィリアル・アージェストさまに助力いただけると」
「副長が、ですか? 心強いですね。となると申し上げにくいのですが……」
それでも第四姫は続ける。
「今やこの村は、命を落とす危険性もある過酷な地です。アード衛士隊十五名の力を借りても、現状維持がせいぜい。最悪、後詰めを加えたところでロックトードを抑えるだけにとどまり、トキシック・ヴァイフログを倒す手立てがありません。この苦境を覆すには、どうしても護鳥騎士団の対魔生獣討伐隊が必須です」
シーンと場が鎮まる。恐れではなく、各々の覚悟によって。
「もとより、護国の平和維持が我々の使命。護鳥騎士団の到着まで奮闘します」
「護鳥エンドレイルへの信仰心あるかぎり、この身を粉して戦います」
「なぁに、村の男たちには負けぬ働きはさせてもらいます」
若くて二十代、老いても四十代の衛士隊員十五名が意気込みを発する。
ボロボロな姿のゼリファの顔には、申し訳なさからくる悲壮感が漂う一方で。
キニャの顔は、白けるように冷たかった。
「バッカみたい」
「キニャ、あなたの性分は理解していますが、怒りますよ」
疲れ顔のゼリファなりに、この場の士気に水を差さないよう努める。
今この村は絶望的な状況下にあるのだ。ここでみなで生き残るためには――。
そういう心配事を吹き飛ばす一案は、白け顔のキニャの口から出た。
「村を捨てなよ。山から逃げればそれで済むじゃん」
「キニャ、それは――」
一度となく考えはしたことだが、口にはできなかったこと。
けれども、事がこうなった今は、急に魅力的な提案に聞こえてしまう。
「どうせ騎士団が助けにくるんだから、それまで逃げてればいいじゃん」
「それは、そうですが……」納得しそうになる自分に抵抗する姫と。
「……たしかに」先ほどの勢いはどこへやら。得心いく衛士たち。
不自然な静寂をはさんだ二十余名をよそに、ヤックの家の扉が開いた。
出てきたのは、カパジーラ山頂村の代表者。村長のヤックだ。
「ゼリファさま、ここはキニャさんの言うとおりかもしれない」
聞き耳でも立てていたのか、彼は柔らかな表情で、諭すように言った。
「今この村を捨て去れば、カエルたちに荒らされ、住み家にされるかもしれない。カパジーラ山頂村は俺の、俺たちの、大切な故郷です。できれば守ってみせたい。せっかく衛士隊も来たことですしね。でも……限界でしょう。これ以上は。ゼリファさまも皆さんも、なにより村の連中がです。明日、ロックトードがもっと襲ってきたなら死人だって出かねない。キニャさんの提案通り、ここは……」
真摯な態度で表明した村長は、最後の一言だけ告げず、衛士隊に温かな茶を配っていく。穏やかな意思の現れに、ゼリファも衛士隊も彼の決意を見て取る。
「……明日の早朝、村民で決議いたしましょう。一時的に脱出するか、否かを」
「しんみりしちゃって、バッカみたい。逃げりゃ生きれんのに」
「キニャ、故郷とは、そう簡単に捨てられるものではないのです」
「バーカ。全滅したらそんなもん、ただの墓よ」
落ち着いた大人たちと、険悪な少女たちが、青白い明かりで照らされるなか。
いつの間にやらプカプカの二段腹をベッドに、小さなユビは眠っていた。




