逃げるよ、カパジーラ山頂村!(1)
「おいおい、こいつぁ白いマナ結晶か? ずいぶんな大物だなキニャっ子」
盗品はすぐに売りさばく。それが金稼ぎがモットーなキニャの鉄則だ。
「でしょでしょ、へへっ。んで、お値段は?」
「悪りぃが、これほどの純結晶となると足がつく。時間かかるぞ」
「は? ふざけんな。出し渋りしてんじゃねえわよ闇ジジイ」
「かーっかか。おめえさんの考えなしなスカタン頭じゃ分かんねえか」
「うっさい闇ジジイ。いいから金払え、金」
キニャが強盗を果たした森林地帯の先にある「護国都市アード」。
ここはいびつな形状の護国大陸を統べる、護国王都リユニオルが制定する東南地方の第六都市。アードは地方農作の要衝として、護国大陸の食料自給率を大きく支えているが、その反面、各都市のなかでもとくに札付きの地である。
第一から第九まで存在する護国都市のいくつかは、都市外の町村からやってきたあぶれものたちに社会的な居場所を用意することができず、都市外郭にはスラムや闇市場が形成されているところもある。
その点、アードにおけるアード外郭市の存在は、麦食い虫のような害虫だ。
また田畑で生計を立てる農家の次男坊から先は、生家では立場がない。
おかげで数ある護国都市のなかでも、アード外郭市にはとくに役立たず扱いされてきた者が多く集っている。それが現在、護国歴七五一年の人災だ。
「キニャっ子。こんな大物を狙っちまったんだからよ、当面は姿隠せ」
「分かってるっての。ヤる前に斡旋屋から遠方地の依頼もらっといたもん」
「ならいい。それと鉄ジジイが呼んでたぞ。ナイフ代を払えってよ」
「やっべ。つーかあの女、クッソ! お料理ナイフなくしちゃったじゃん!」
アード外郭市は、都市を囲う石壁の外にゴチャゴチャになってまとまっている。外郭市に住む者は、隣接するお上に叱られないよう立ち回るが、少量の金銭目的や人道を逆走する軽度な犯罪なら気軽に起こす。単純な話、商売家業でも営んでいなければ、外郭市内では生産性のある仕事というものが数少ないためだ。
キニャにせよ、先ほどのような強盗まがいな大胆な行為に挑むのは極珍しいが、日々の糧についてはだいたい小ざかしい悪知恵で得ている。
つまるところ、アード外郭市に身を潜める者たちはある意味では肩を持ち合い、どうにか毎日を生きている、どうしようもないクズどもということだ。
「闇ジジイ。私もう行くけど、ちゃんとさばいといてよね」
「どの口で言ってんだ小娘。まあいい、気ぃつけろよ。プカプカもな」
「ギッギャ」店の入口扉の先で、プカプカが鳴き返す。
白鱗で仕立てたローブをファサッと翻し、キニャが店を出ると。
背中にゴツゴツの黒外殻をまとったプカプカも、つぶらな瞳のボケーッとした顔で「ギギャ」と鳴きながら、かいがいしくご主人さまのあとを追う。
ボテンボテン。190センチの全身は腹が出ていて余計にデカく見えるが、見た目ほどの重さはない。曲がりなりにも破裂トカゲとはそういうものだからだ。
護国大陸において、プカプカのような「魔生獣」は珍しくはない。
彼らは海脈由来のマナが大地に運ばれ、野生動物と融合して生まれた生物たちだが、その数や種類はとても多く、普遍的な生態系として捉えられている。
また、種の多くは人々に危害を与えず、農作や積載、愛嬌で飼われる経済動物として、あるいは魔生獣を従える人「リーダー」と「リード」の関係で親しまれる。すれたキニャに言わせれば「縄持ちと縄付きで十分でしょ」だが。
「ギギャ」
「えーっと、まずは鉄ジジイんとこ行ってー……」
「ギッギャ」
「害虫駆除の依頼ってんだし、大したことないでしょ。雲隠れにゃちょうどいい」
「ギッギャッギャ」
「うっさいプカプカ」
「ギギョォ……」
対話しているようで会話ではない、異形同士のコミュニケーション。
だが、なかなかどうして。二人は出会いから十一年、いいコンビのままだ。
それもすべては、プカプカがキニャのことが大好きだからである。
「あ、先にキノミクイの串焼き食べとこ。山奥じゃ食べらんないしね」
「ギギャ」
「魔生獣ってほんと不幸よね。ご飯食べないで生きられるなんて、かわいそ」
「ギッギャッギャ!」
分かっているのか、分かっていないのか。プカプカは楽しそうだ。
キニャは堂々とプカプカを従えたまま、頼りない木造りのボロ家や、雑然とした露天が建ち並ぶ、アード外郭市を歩いて進む。路上ですれ違うのは、誰も彼もどこか一癖あるような、生まれの不幸を背負っているような落後者ばかり。
「キニャ、キニャ。今日いい石を仕入れただ。買ってけろ買ってけろ」
「どーせそのへんの石ころでしょ。いい加減、食えるもんにしな石ジジイ」
奇抜な形の石を並べて売る、中年男性。
「……キニャ。今日も罪を犯したのかい? なら僕と護鳥に懺悔を――」
「はいはい。影男、あんた痛い目あったばっかでしょ」
両肩を落として近寄ってくる、影のある髭男。
「あぁるわぁぁ! キィンニャァじゃなーい! 店よってかぬわぁぁい!」
「うっさいマダム! 二度といかないって言ってるでしょ!」
自分をまだお姫さまだと思っている、しわの目立つ看板娘。
よそ者ほど意外に思うが、外郭市内はそれほど荒れてはいない。見た目ではなく民心の話だ。多くの住民は人生のどこかでつまづいた中年層だが、そのせいか大胆な悪行に挑む気迫が欠けており、チャーミングで生産性のない生業を余生とする者が多い。とはいえ、ナメていると足元をすくってくるしたたかさもある。
そういったダラしない周囲を見つめて、「自分はまだがんばれる」と志を持ち直せる若者ほど一時の逃げ場所としてすぐに出ていってしまうため、キニャのように若い娘が、かれこれ一年近くも住んでいるケースは極めてまれだ。
それだけに、彼女のことを孫娘のようにかまいたがる落後者は少なくない。
「さーて、今日もくっしやっき! くっしやっき!」
「ギッ、ギャッ、ギャ!」
身分の話でなら、キニャとプカプカとて周辺の人物たちと大差ない。
しかも彼女は若さゆえの大胆さを備えているので、逆に危ない。
というのも、キニャは今から数刻前、外郭市と隣接するアード市内にいた。
外郭市の者が市内に入ることは、あちらの住民からは毛嫌いされているものの、出入りを禁止されていたり、差別を受けていたりということはない。
護国大陸を統べる王政、護国王家クリンティアはその成り立ち自体が人々の善性を象徴しており、ここに住む現代の人々もまた善性を引き継いでいるためだ。
そこにつけこむ輩がこのようにいるにせよ。
そして件の数刻前のこと。金稼ぎを信条とするキニャは、焼き粘土の茶色レンガで建てられた家屋に囲まれる、周囲一帯が白石で敷き詰められた住人の憩いの場、アードの中央広場にて悪い視線をめぐらせていた。
そこで見つけたのが、先ほど対峙した女騎士ゼリファとお付きの男騎士。さらに彼女が従えている、人間の子どもサイズはある青白い竜の魔生獣。
アードでは珍しい風体の二人組と一匹。キニャは即座に感じ取った。
「こりゃ上物の予感っ!」。
それからキニャは物陰に隠れ、あやしげな目でゼリファを監視した。
そのうち女騎士は腰の革袋から中身を取り出し、男騎士と相談をはじめた。その手に見えたものが「マナ結晶」。形なき気体のマナが物質化した貴重な代物。
護国王都の専門家「マナマギスト」でもなければ使い道のないそれは、一般的な流通経路では値打ちはつかない。しかし、ちゃんとした筋でさばけば、家の五つは建つ貴重な品。しかも白い。マナの色素は通常、青いはずなのに白い。
そうして彼女は即・決・断した。
「よしプカプカ! あの金髪女から盗むよ!」
「ギギャ!」
考えなしの無謀な挑戦。すべてはぶっつけだったが、うまくいった。
お付きの青年騎士と魔生獣が偶然いない瞬間を狙えたのが大きかった。
キニャはもとから、死傷沙汰にするほどの過度な暴力は考えていなかった。
というより、相手が身に着ける武具を見るに戦う方が無理筋だったため、最初から隙を突き、プカプカの変わり種でどうにかすることしか考えていなかった。
事後のことも準備万全だ。この強盗が成功しても、失敗しても、あとで女騎士たちに見つけられないよう、保身のために数日間は雲隠れすることにした。
そのため、森林に踏み込む前、外郭市の斡旋屋から「ここから二日ほどの山奥。カパジーラ山頂村での害虫駆除の依頼」を引き受けていたのだ。
「ハフっ、ホフっ、あつっ、うまっ、ケヒヒ!」
その出立準備をしているのが今であり、その寄り道でよだれを垂らしながらハフハフしているのが、最近の好物の串焼きである。
「んー、やっぱこれ最強うまい」
「ギッギャッギャ」
キニャがうれしそうだと、プカプカはうれしい。
彼女の手には、大振りな肉片がいくつか刺さった串が1本。お値段100コル。
ここ数か月でアード外郭市の名物に成り上がった、キノミクイの串焼きだ。
キノミクイは先ほどまでいた森林地帯で増加している、ブタやイノシシに似た野生生物だ。外郭市には詳しい知識を持つ者がいないので真相は誰も知らぬが、少なくとも魔生獣ではない。魔生獣は致命傷を負うと、全身がマナの粒子となって消失するため、食料面での経済動物としてはいっさい期待できないためだ。
それはともかく、温厚で鈍重な哺乳類。かつ多産で肉厚。キノミクイは食料としては言うことなしの家畜動物とあり、当初こそ中年の落後者たちが知性の足りない狩猟でてんやわんやしていたが、最近は農村生まれで無駄飯ぐらいと蔑まれてきた者たちが一転、牧畜家業への挑戦で第二の生を得て、生き生きしはじめた。
おかげで外郭市では牧畜の仕事が増えて、まともな従事者も増加傾向。そのうち既得権益との軋轢が生まれるであろうお決まりの展開はさておき、商売が軌道に乗ってきたキノミクイ食は徐々に値段を下げ、キニャのお気に入りとなった。
「うまぁ、うままぁ」
灰色の髪を乱してむさぼる。食事のときだけは昔のようにお目々パッチリ。
「ギッギャ」
プカプカも短い手足と尻尾とパタパタ。応援のようにも見える。
当の串焼きは、香ばしく焼かれたゴロッとボリューミーな肉片が四つ串に刺さっており、表面に海塩をまぶしたのち、塩分を肉内部に回らせてから二度焼きして、食感のアクセントにと砕かれた岩塩がまかれている。
噛むとキノミクイの命名の由来である、甘く芳醇な果物色を思わせる肉の味が口のなかいっぱいに広がり、高熱ですぐにとろけてしまうジューシーな脂が口内をコーティングしたところで……カリッ、カリッと。細かな岩塩が舌で弾ける。
なんともジャンクで直球なうま味。これにはクズどもも大熱狂。
一七歳の少女のお腹なら、これ一本で一食をまかなえるのも経済的。
そんな人気大衆食になったこともあり、アード外郭市に二軒しかなかったキノミクイの串焼き屋台は、あれやこれやと増えていき、今日までに気付けば十三軒にまで増え、それぞれの店主が味の工夫でしのぎを削るようになった。
惜しむらくは、店の大半が美味しくしたい気持ちより、ずる賢く稼ぎたい浅知恵が先立つことで、信頼できるのは最初の二軒しかないというところだが。
「はふっ、うまうま。これ食べらんないとか、プカプカって不幸でかわいそ」
「ギッギャッギャ」
「あんたもブタみたいなんだから、捕まんないようにしなさいよね」
「ギギャ!」
串を口の前でスライドするたび、キニャの左手の小指で、鈍色の指輪が光る。
そうして彼女がハフハフし終わるまで、プカプカはギギャっと鳴いていた。




