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生存凶兆(15)

「キ、キニャ! どういうこと!? 村はどうなってるの!?」

「うっさいユビ! 私が知るわけないのはあんたも分かってんでしょ!」

「で、でも、みんなケガして……」

「んなの見りゃ分かる! プカプカもさっさときな!」

「ギギャ!」


 十数軒ほどの村の家々には、人がいないところや女子供が集まるところがあったが、男が一人もいなかった。みんな出ているのだろう。例えば、裏門に。


 キニャは持ち前の図々しさで「これ持ってくよ!」「これもよこせ!」と目についた布類を次々と強奪していき、両手に抱えて家を出て、外で待機させたプカプカの背中のゴツゴツとした黒外殻に引っかけるように投げつける。

 そして小さなユビが、落ちそうになる衣服をうんしょうんしょと調整する。


 目先の家を回り終え、プカプカの背に布の山ができあがったので戻ろうとすると、視線の先。ケガ人に肩を貸すテルがヤックの家に入っていくのが見えた。

 面倒事なのは確実だが、ケガ人を放っておけるほどキニャは悪徳ではない。急ぐ両足を緩めることなく、第四姫と同じくらい汚れた騎士の背中を追う。


「ゼリファ! 布持ってきたよ! あとで金払ってね!」

「分かりましたから黙りなさい! それでテル、裏門の状況は」

 家に飛び入ってきたキニャを軽くいなし、姫が騎士に視線を戻す。


「洞窟からのロックトードの大行列は収まった。トキシック・ヴァイフログは分かねえが、裏門側にはいない。ついでに表門側も見てきたが、そっちもだ」

 息継ぎの激しさを隠しきれないテルの姿は、初めて見る。


「ううっ……ぐっうぅ……」

「っ、大丈夫か? ゼリファこっちを頼む! 岩石で頭部をやられた!」

 数日前までは意気の薄かったテルの、まるで村の一員のような懸命な姿。


 それから簡単な治療の心得があるキニャも、ケガをした男衆の看病に回る。

 最初は寝床にいる数名に対処すれば大丈夫だろうと考えていた彼女だが、洞窟の魔生獣マニマルとのなんらかの戦いが終わったのか。ヤックの家には次々と、体から血を垂れ流す男たちがやってきた。ケガ人は次第に屋内には入りきらなくなり、家の外はやがて、うめき声を漏らす十数名の男たちで埋もれた。


 どの村民も手が施せないほどの重傷を負っている者はいなかったが、いずれも頭や腕、胴体や足が石で穿たれていた。そのうえ、どの男にもすでに包帯や布が巻かれた痕跡があり、それぞれ滲んだ血の赤黒さが異なっていた。

 つまり、彼らは何度もケガをし、何度も治療を繰り返したのだろう。


「うぅ、キニャちゃん、もっと優しく……」

「うっさい。巻いてあげるだけ感謝しな。文句言うなら金払え、金」

 頭に赤黒い包帯、右肩から血を流す男の損傷部に布ぎれを巻きつける。


「ヒシュ! ヒシュ!」

 ふとしたとき、左足にすり寄ってくる冷たい温度を感じた。

 見下ろすとそこには、ちょっぴり茶色く汚れたリズの姿。


「ヒシュ! ヒシュ! ヒシュ!」

「わー、リズも無事だったんだねー! よかったー」

 喜びのフリーズハイドラと茂みインプをジロッとにらみつつ。


「白ヘビ、ローブ汚れるからすり寄んな。ほらシッシッ」

「ヒシュゥ……」すげない態度に、リズがショボンとする。


 リズの鳴き声が聞こえたのか、ゼリファもヤックの家から出てくる。彼女は自らのリードにケガがないかを確認したあと、彼を目いっぱい褒めたたえた。


「キニャ、屋内組の対応は済みましたが、外の皆さんのほうはどうですか」

 全身ボロボロで、血もところどころに付着したゼリファが寄ってくる。


「済んだよ。こっちは疲れてるってのに」

「ありがとう。あなたがいて助かりました。それと戻ってきてくれたことにも」

「あっ! そうだあんたテメェ! 指環かえさないとぶっころ――」

「返しますよ。ほら」

 キニャが怒りきるよりも先に、ゼリファがすんなりと指輪を手渡す。


「申し訳ありません、勝手に盗ってしまって。この指輪一つで戻ってくるかの確証はありませんでしたが、あなたでもいてくれるほうが心強かったのです」

 目を伏せ、護国の第四姫がコソ泥娘に頭を下げる。己の罪を恥じて。


「手に取ってから気付きましたが、それは風切りの指環でしょうか?」

「……だからなに?」

「いえ、私も幼少時におもちゃにいただいた思い出がありますので」


 キニャが大切にするそれは、「風切りの指環」と呼ばれるものだった。

 風切りの指環はリングをつかんで持ち、空中ですばやく動かすと、笛のような風切り音を鳴らす、牧羊や合図の用途で使われる安価な銀細工である。


 ゼリファのように子供のおもちゃとして買い与えられることもあり、装飾品としての指輪というよりは、実用品や嗜好品として扱われることが多い。


「こんの極悪クソ盗人女。次やったら二度と許さないかんね」

「……あなたに言われるのは釈然としませんが、そんなに大事な物でしたか」

「そーよ。これがなきゃ、私なんてどっかで野垂れ死ぬ」

 そう言って飾り気のない鈍色の指輪を、左手の小指にはめ直す。

 とても大事そうに、ギュッと強く。小指の奥まで押し込んだ。


「いろいろ終わったんなら、説明してくんない」

「いいのですか? 今から逃げなくて」

 さっきは逃げようとしたくせにと。ゼリファが含み笑いをする。


「ここまで働かされたんだもん。理由くらい教えなさいよ」

「では……テルっ。衛士隊の方々も連れてきてもらえますかっ」

 ヤックの家から出てきたばかりのテルが言いつけられると。


「ったく、騎士づかいが荒いな姫さんはよぉ……」

 汚れた姫の命令に従い、汚れた騎士が裏門へとおつかいにいった。


風切りの指環:1600コル(護国歴七五一年現在は流通実績なし)

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