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生存凶兆(14)

 キニャと衛士隊、荷馬車をボテンボテンと追いかけるプカプカがカパジーラ山頂村への山道にたどり着いたのは、夕日が沈む前のことだった。


 護鳥騎士団レイルナイツの騎士たちと比べれば、衛士隊にはテルのような一騎当千の強者はいないが、護国民を守るために鍛えられた男たちは早朝にアードを発ち、約半日で目的地までたどり着いた。そして一定間隔で衛士が荷馬車番を交代するたび、王女の地位に連なる者然としたキニャに、いくつかの食料をかじられてしまった。


「オースホースすごいねー。山道もへっちゃらだー」

「フォッヒー!」


 頭の周辺を興味津々で飛び回るユビの存在も気にせずに、オースホースが険しい足場と角度の山道を、力強い四肢で踏みしめていく。

 ただし、角度のついた荷馬車内は固定されている荷物に比べると人には居心地が悪く、キニャは途中で馬車を降り、自分の足で登っていくことにした。


「このへん、もうトキシック・ヴァイフログ出てくるから気をつけてよねえ」

「……っ、アード衛士隊! 周辺警戒で進むぞ!」

「ハッ、隊長!」「ハッ!」「ハッ!」


 キニャが快適な荷馬車移動の余韻であくびをもらすなか、衛士隊員たちがピリッとした空気になる。まもなく、村の洞窟の裏道からつながっているという隘路まで到着したが、周囲に変わったところはない。

 視界内にもトキシック・ヴァイフログの姿はない。それでも衛士隊が警戒を解かないのは、敵や村の実情がまだ分からぬゆえの姿勢だ。


 キニャがカパジーラ山頂村を発ってから、すでに二日半が経過している。

 といっても村にはゼリファとリズ、テルもいる。だから問題ないはず。

 そんなキニャの楽観が初めて揺れたのは、表門にたどり着いたとき。


「キニャぁ、そこの地面、黒くなってるよー」

「ほんとだキモ。これ、デカキモガエルの毒かな」

 表門の近く。地面の岩肌がところどころ黒く変色している。さらに。


「うっわ、丸太壁もボロボロじゃん」

「……これは門、でしょうか。だいぶズタズタにやられているな」

「獣の爪、それか牙か。いずれにせよ、硬そうな丸太をよくもここまで」


 表門の丸太壁自体は健在であったが、キニャが初めて見た日のそれとは違って、丸太の表面が全体的にギザギザに切り裂かれていた。


 折れていたり、壊れていたりする丸太はないため、門としてはいまだ機能しているが。見た目の凄惨な変化が、村の現状を語っているようだった。


「あっ! キニャさん!」表門の上から声。聞き覚えがある。

「ヤックただいま。さっさと開けてくんない」

「おお、衛士隊を連れてきてくれたんですね! 信じてましたキニャさん!」

 信じていた衛士隊がやってきた。キニャの帰還は信じていなかったものの。


 喜々としたヤックが、門の下にいる衛士隊にその場を離れるように告げてから、ガッダンッッッ! 丸太壁をお決まりのように倒し、村への道を開ける。


 あまりに非合理的で野蛮な作りに見えた門も、今となっては壁自体に入口や可動部がないぶん、門全体の耐久性に一役買っていた。


「お帰りなさい、キニャさん。それと衛士隊の方々、ありがとうございます」

「いえ、礼には及びません。護国民の危機は、我々衛士の急務です」

 ヤックと同年代の中年隊長が、熱い拍手を交わすかたわらで。


「ふわぁーあ。ヤック、あとはよろしく」

「え? ええぇ……まあ、はい。では衛士の方々はこちらへどうぞ」

 あくびをしている腑抜けたキニャに温度差を感じるヤックだが。

 この子に普通の態度は時間のムダだろうと、なにを言うでもなく見送る。


 それにキニャですら、家の状況を見れば嫌でも理解するだろうと考えた。

 彼自身、今はもう、二日前ほどの余裕がなかった。


「うーん、アードより透きとおったマナがおいしー。これが故郷の味なのねー」

 ユビが目いっぱい背筋を伸ばすと、緑の髪と衣服が跳ね上げられる。


 マナが噴出したカパジーラ山頂村のみならず、アードであろうと護国大陸の大気中にはかすかなマナが漂っており、魔生獣マニマルたちはそれらを自然と吸収し、体を構成している。ケガをしても自然治癒が働くのはそのためだ。


 魔生獣マニマルにとってマナは、いわば食べない食事。フレーバーの違いも感じ取れる。これらマナの発生地域ごとの性質の違いについては、マナマギストも知るところであり、リーダーズ協会では長らく研究されている対象でもある。


「なんだか静かだね。あっ、裏門もちゃんと残ってるね」

「ふわぁーあ。見えてるって。今日はもうゼリファぶん殴って、さっさと寝よ」

 慣れた足取りで村を進み、当たり前のようにヤックの家へと向かう。


 胸中の心配事は、私の寝床が物置にでもされてたら面倒だ、くらいであったが。

 静かな村内で、ヤックの家の扉を開けたとき、座わり目はすこしだけ見開いた。


「あ、あぐぐぐ……」

「いってえ、いってえぇ……」

「大丈夫よ、大丈夫だからね……」


 名は知らないが、村での生活中に顔だけは見知った者の何人かが、ヤックの家のなか、キニャが寝床としていた食卓脇で座り込み、寝っ転がっていた。

 それよりも目につくのは、赤。赤い色。血が染みついた衣服の色。


「トルミットさん! 森で追加の薬草を採ってきてください!」

「は、はい! ただいまっ!」

 トルミットが慌てて立ち上がった。


「メコ叔父さまっ! 沸かしたお湯はこちらへっ!」

「護国の姫さまは年寄りづかいが荒いのう……!」

 メコ叔父は汗水を垂らしていた。


「トビルっ! きれいな布をもう何枚かお願いしますっ!」

「姫さま! 布がなくなっちゃいましたっ!」

 トビルも必死になって動いていた。


「ならば、私の寝室の寝具を使ってくださいっ!」

 叫ぶゼリファの姿も、二日前とはだいぶ違っていた。


 第四姫の青い全身つなぎは、強靱性に反してところどころが破けていた。屋内でもまとっている白銀甲冑は輝きを失い、土やドス黒いなにかで汚れきっている。

 顔や手足にも隠せない切り傷。美しい金髪は張りや艶をなくしてボロボロ。今やキニャのくすんだ灰色髪のほうが、よもや美髪に見えるほど痛んでいた。


「え? え? え? な、なにこれー……」

 目の前の光景に、小さな茂みインプが絶句する。


 キニャも眼前の事態に圧倒された。まるで想像していなかったが、状況を目にして推測できた。カパジーラ山頂村はこの二日半、相当に過酷であったのだと。

 それと同時に、一縷の思いが胸にこみ上げてくる。それは――。


(うっわ最悪。絶対最悪じゃん。帰りてえ、ってか、ひとまずバックレよ)

 こんな血みどろの空気に巻き込まれては金にならんと即座に勘定。

 半分開いた家の扉を、そっと閉じて、姿をくらまそうと画策すると。


「っっ! キニャ! いいところにきましたね! 早く手伝いなさい!」

「……うげぇ」

 村人を必死で看病していたゼリファに発見されてしまった。


「キニャ! 見てのとおりケガ人への布が足りません! かき集めてきなさい!」

「は? なんで私が。そんなん金払え、か――」

「さっさとなさい!!! あなたのローブ引っぺがしますよ!!!」

 気迫の違い。戦場にいるような圧をかけられ。

「んだよ、ちっ……はいはい、集めてきますよ第四姫さまっ!」

 威勢に飲まれてしまい、ふてくされながらも従った。


 キニャは注文されたとおり、家々に衣服などの布類を徴用しにいった。

 状況はなに一つ説明されていないが、視界のかたわらではヤックが衛士隊を連れて、額から汗を吹き出しながら必死で裏門に走っていくのが見えた。その姿で、どうやら今現在もなにかが終わっていないのであろう、ということを察する。


「腕に包帯を巻きます。痛みは我慢してください」

「あ、ありがとうございます……」


 対してヤックの家に残るゼリファは、男衆の右腕に清潔とは言いがたい古布を包帯のようにして巻いていた。平和な村における数少ない救命用具は、今朝方にはとっくに尽きていた。一方で、今日初めて救われた心境もある。

 キニャがちゃんと、カパジーラ山頂村に帰ってきたことだ。


 家に入ろうとした瞬間のキョトンとした顔や、すぐにそっと閉じて逃げようとした憎たらしい顔から、彼女が状況を把握していないことは察せた。

 そんなキニャらしさに怒りが湧いたが、異常な場でもキニャはキニャなのだと、あまりの彼女らしさに、半日こわばっていた顔はすこしだけゆるんだ。


 説明を求めず、状況に対して動いてくれるところも、余裕なき今は心強かった。


「これで、よしと……痛くありませんか?」

「だ、大丈夫です。ありがとうございます」一方で、男衆の一人も狼狽する。

 この包帯代わりの第四姫のベッドのシーツは、国宝なのではと心配しつつ。


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