生存凶兆(13)
アードを発ったキニャはそれなりに奮起、ではなく憤慨していたため歩幅も大きく歩んだが、時すでに夕暮れ。カパジーラ山頂村への焦燥に駆られながらも、再出発の成果は昨晩野営した森林脇の川沿い……のさらに下流地点にとどまった。
結果的に、一日中歩き続けることになった体はバキバキ。温暖な季節が幸いし、夜も冷えることはなかったが、昨日のように器用に狩った魚はさばくのも面倒だと丸身のまま焼き、味付けもテキトウ。魚の腹にかぶりつき、ものの数十秒で平らげたあと、痛む足を揉みながらプカプカの腹ですぐに就寝した。
夜が明けると、天気は快晴だった。「キニャぁ、起きて起きてー」ユビに小さく揺さぶられたキニャは、疲労による眠気と全身の筋肉のギシギシに嫌気が差しながらも、彼女にしては珍しい部類のやる気で起き上がる。
ゼリファへの怒りは一晩で薄らいだが、思い出すとまた怒れた。
荷物を手早くまとめ、たき火の下に放置していた、火は通っているがすっかり冷めて硬くなった高山野菜の根菜をかじりつつ、また山頂を目指して歩く。
護国街道から外れた草原地には晴れやかな日差しが差し込んでおり、ユビよりも小柄な生物が元気に舞っている。ときおり、プカプカの同類である破裂トカゲも色とりどりのミニマムなマヌケ面を浮かべながら、プカァ、プカァと気ままに宙に浮き、いつの間にやらパンッ! と破裂してマナの花火を咲かせていた。
「私、破裂トカゲとは意思疎通できないみたい」
後方で一匹、橙色の破裂トカゲが破裂した音を聞いて、ユビが愚痴る。
「は? プカプカとしてるじゃん」
「プカプカはもう別物だし。そうじゃなくてあの子らだよ、あの子らー」
また一匹現れた赤色の破裂トカゲを、ミニチュアのような手で指し示す。
「なに言ってるのか、って以前に意志を感じないんだよねー」
「ふーん」
「わっ、つまんなそーな返事ぃ」
「分かってんなら自分の羽で飛びな、シッシッ」
頭上で観光しているユビを払うように、右手を雑に振る。
「だーからそれやめなさいよ! 失礼しちゃうわっ!」
「人の頭に乗んなら金払え、金」
ユビが「ベーッ!」と舌を出して離れる。茂みインプの重量などたかが知れているが、頭部や両肩を乗り物のように使われるのはしゃくだった。
「ギギャ?」途中、プカプカがなにかに感づいた。
急にキョロキョロしだす巨漢な相棒を見て、キニャも足を止める。
どんくさそうな彼だが、嗅覚だけはリズとも負けず劣らずだ。
険しげな気配ではなかったのを証明するように、百数十メートルほど後方からガッシャガッシャ、ゴロゴロゴロと物音。やってきたのは正義の一団。
それを見つけて、キニャは「ケッヒヒ!」と小気味よく笑った。
「あれ、君はもしかして昨日、詰め所にきていた」
近づいてきた集団の先頭は、深緑の制服と軽鎧で身を包んだ衛士。
その後ろには、同じ装備の男が十人ほどと、魔生獣に引かれる荷馬車。
アードから救援にやってきた護国衛士隊の先発隊に違いなかった。
「もしかして君も、カパジーラ山頂村に行くのかい?」
親しげに話してきた男は、詰め所で最初にキニャに応対した者だった。
「タイミングばっちし。ねえ、馬車に乗せてってよ」
キニャはわずかな思考時間で、ずうずうしくも相乗りを提案する。
「しかしあそこは危険な……ああ、魔生獣のリーダーでしたね。これは失礼を」
昨日は詰め所の外にいたプカプカを見て、男がキニャの立場を誤解する。
なるほど、この子らも山頂村に救援に行くリーダーとリードなのか、と。
男は集団を振り返り、簡単にキニャのことを伝えたあと、彼女たちを快く荷馬車に向かい入れた。馬車を引いている魔生獣「オースホース」は、野生の馬とはまるで違う太い四肢。森林地帯に生息する魔生獣オースベアラーをかけ合わせ、頑強さと温厚さ、さらに馬特有の機動性を備えさせた配合種だ。
馬力を生かした馬車のけん引や畑の農耕など、護国大陸では広く使われており、「マナマギストの最高傑作」とうたわれることもある。主に農民にだが。
キニャがオースホースの荷馬車にズカズカと乗り込むと、衛士隊の移動も再開された。目的地は同じカパジーラ山頂村。若いながらも節々が痛む体をケアできるのはありがたい。なお、プカプカは体格の問題で外におり、キニャを眺められる後ろの位置から「ギギャ、ギギャ」とつぶらな瞳で馬車を追っている。
「さあ、こちらにどうぞ。カパジーラ山頂村はだいぶ遠いようですので」
キニャが乗り込んだ際、もといた荷馬車番との交代で、最初の男も同乗した。
彼にしてみれば、順番をすっ飛ばしたボーナスな休憩時間でもある。
「そりゃそうよ。山だもん山。山ってゆうか崖だし」
「そのような場所が、トキシック・ヴァイフログに襲われていると……」
深刻な面持ちは、村民たちの安全を危惧する善意の証明。
……なのだが、キニャはまるで共感を寄せずに目先を変える。
「あっ、それ食料? お腹空いてるからお肉ちょうだい、お肉」
「え? い、いやしかし、これは村への救援物資でありまして……」
「は? あんたさあ、分かってる? 私、ゼリファの知り合いなんだけど?」
間違いではないが正しくもない脅迫は、悲しいかな衛士を狼狽させる。
「護国の、第四姫の、親愛なる友人、なんだけど? そこんとこ分かってる?」
「うっぐ……では、その、こちらを」
男は存在しない権力に負け、渋々とキノミクイの干し肉を差し出した。
「そーそー。それでいいの。安心して、ゼリファにちゃんとお返しさせるから」
親友どころか、まるで肩を並べる権力者のような態度に男は不審がるも言い返せない。本当にそうであれば無礼にあたるため、言えない。これだけ堂々とした大物な雰囲気を出されると、いつもの職責質問もしづらい空気がある。
アードはとくに、王都の有名人を知りづらい田舎者な負い目もあるだけに。
「は、はあ……」
キニャのおかげで休憩を得られた男は、逆に責務で胃を痛める結果になった。
「……キニャってさあ、ほんとサイテーだよねー」
ため息交じりのユビをよそに、キニャは干し肉をむしゃむしゃする。
得するのなら手持ちの材料はなんでも使う。それが彼女の鉄則である。
オースホースの力強さ:プカプカの四倍




