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生存凶兆(12)

 カパジーラ山頂村には戻らない。ゼリファたちとの縁もここでおしまい。

 悪びれもせず言い放ったキニャに、意地悪なはずの茂みインプもドン引きした。


「うっわー、あんたサイテーだと思ってたけど、ここまでサイテーとは……」

「知らなかったわけ? あったま悪いわね羽虫」

 なにを言ってもいい音がならないコソ泥娘に、無敵さすら感じてくる。


「ゼリファたち、危ないんだよ。戻ってあげようよ」

「私が行ったところでなんもしないもの。それに護鳥騎士団レイルナイツきたら困るもん」

「ゼリファの物を盗んだのだって、帰ればきっと許してもらえるよ」

「そんなんどうでも……よくはないけど。プカプカがいるからイヤよ」


 人ではないユビが人情を説き、プカプカが「ギッギャッギャ」と合いの手を打つが、当のコソ泥娘はまったくなびかず、対話は平行線をたどる。


 彼女が無理して二本目のキノミクイも平らげたころには、この世の知識だけはつかさどる茂みインプにも、悪者を説得する言葉が見つからなくなっていた。


「ねえね、キニャ。お願いだから帰ろうよ。ゼリファたちが心配だよ」

「護鳥の加護があるから大丈夫だっての。んなのあんのか知んないけど」

「でもぉ」

「戻りたきゃ一人で戻りな。べつに無理やり連れてきたワケじゃないんだから」

「……もー! キニャのバカ! サイテーバカ! お金しか興味ないわけ!」

「ないよ」

「お金なんてなくても、こうして生きてられるじゃないのさ!」

「生きてるだけじゃ、死んでるも同然よ」

 愛想のない声に、ユビは返事をできない。


「私にはどうでもいい村が魔生獣マニマルに襲われて? 危険なのはそりゃ心配よ。でもあいつら全員、いつだって逃げられる。生きられる。私みたいにデカキモガエルがいないときに山降りれば終わりでしょ。残って死ぬも、逃げて生きるも、自分で選べるのよ? バッカみたい。しかも護鳥騎士団レイルナイツが助けに来てくれるんだもの。いいわね、幸せ者で。くっだらない。あんなおままごとの生き死にごっこに付き合ってあげるほど、私は安くないし余裕もない。どうしてもってんなら金払え、金」


 ユビは心中で「ゼリファごめん、こいつ正真正銘のクズだったよ……」と謝罪しつつ、小さな目に涙を浮かべた。魔生獣マニマルを泣かせる人間はそう多くはない。


「……お金お金って、キニャはそんなにお金持ってどうするのさ」

「買い戻すのよ」

「買い戻すって、なにを」

「私を」


 他人を寄せ付けない険しさを感じて、ユビは口を開けなくなってしまった。

 プカプカが空を見上げて「ギギャッ」と鳴くだけの無言の時間。


 ……ハー、っと。キニャが破裂した風船のように息を吐く。

 彼女なりに空気を直そうとしたのか、腰元の小道具入れをガサゴソしはじめた。


「そーいや、ゼリファから手紙もらってたね。ケッヒ! 遺言だったらどうしよ」

「……もーぉ、縁起でもないこと言わないでよ」

「遺言だったら持ってるの危ないし、森にでも捨てるか」

 キニャの右手が、カパジーラ山頂村の出立前にもらった封筒を探り当てる。


 第四姫ともなれば必需品なのか、青い蝋で封された真っ白な材質の手紙。

 キニャは「読み終わったらこの紙、そのへんで売ろ」とブレることなく考えながら、丁寧さを感じさせない手つきでビリビリと破り、中身を広げた。


『キニャ。あなたがこれを読んでいるのはアードに着いたあとだと願っています。もしそうでなければ、即刻読むのをやめ、足を動かしなさい。分かってますか? 今は村の一大事なのです。あなたの軽率な行動で護鳥騎士団レイルナイツへの連絡がつかなければ、護鳥信仰に連なる者として新たな断罪を与えるほかありません』


 前文でクドクドと説教してくるところにゼリファ味を感じるが、破って地べたに捨てないでいられたのは、カパジーラ山頂村の現状を知っているから。


『あなたが無事、持たせた便りをアードの護国衛士隊クリンガードに渡していると心より信じていますが、これからのことについて記しておきます。キニャ、あなたは無理をしてカパジーラ山頂村に戻ってこなくても構いません。ここはすでに危険地帯であり、人類に害をなす魔生獣マニマル変異種エネミルが現れた以上、あなたやプカプカ、ユビの身の安全も保証できません。ですから、衛士隊と騎士団が出征したのを見届けたあとなら、その後の身の置き所は問いません。あなたのことです、きっといの一番で私から盗んだ白のマナ結晶の所在でも確認しにいってるのでしょうが、そちらは後々、別件として調査し、しかるべき断罪をさせてもらうので、今は構いません』


 行いが見透かされているのが気に障るが、仕方なしに手紙を読み進める。


『けれどもし、仮にもし、あなたが村民や私たちのことを思い、戻ってくきてくれるというのなら止めはしません。トキシック・ヴァイフログの猛毒を治せるのはプカプカだけとあり、戦わずしても心強い存在です。私はみなの安全のため、あなたの帰還を誰よりも願っているんです。つきましては一つ、確認しておきたいことがありますが……キニャ、あなたの左手、変わったところはございません?』


 謎の問いかけに、ふと左手を見る。騎士団への手紙を渡されたとき、鉄甲でギリギリと握りつけられたせいで、今も若干しびれが残っている左手を。


「……あっ」

 それがゼリファの意図かはさておき、すぐに異変に気付いた。


「ない。あれ、あれあれ……ない。私の指環」

 左手の小指。いつも身に着けていた、鈍色で光沢のない指輪がない。


 プルプルと震える。まさか、そんな、ゼリファはそんなことするわけないよねと信じながら、そう信じているが、答えを探すために手紙を読み進めると。


『この指輪ですが、念のため預かっておきます。けっこう大変だったのですよ? 握手しながら自然と取り外すのは。これがあなたにとって大切な物なのかは、私は知りません。もしそうであれば非常に申し訳なく思いますが、私も同じことをされたわけですからね。知ったことじゃありません。ですから、これは私の賭けです。指輪を返してほしければさっさと戻りなさい! 今はコソ泥娘でもプカプカでも人手が足りないのです! もし悠長なことをしてこの手紙を読んでるようならぶっ叩きますからね! それこそマナ結晶盗みの罪で地の果て、空の果て、海の果て、護鳥の目が届かぬ人知外の領域に逃げたって絶対に見つけてぶっ叩きますからね! 覚悟なさい!!! じゃなけりゃさっさと戻ってくることっ!!!!!!』


「わー、ゼリファすっごい怒ってるね。どうするのキニャぁ」

 聡明な茂みインプさまは、識字だって余裕である。


 ゼリファの手紙を一緒に読んでいたユビが、第四姫からの文に形勢逆転の香りを感じて息を吹き返す。小さな鼻息を鳴らして、茂みインプの名誉挽回だ。


 その一方で、手紙を読み終わったキニャは、気付けばきれいな紙をクシャクシャに握り潰す勢いで、ブルブル、ブルブルと。全身を小刻みに震わせて。


「あんの……あんの……あんの、クソ女ッッッ!!! ぶっ殺す!!!」

 ガタンッ! 自分勝手な怒りに震える体で、屋台の椅子から立ち上がると。


「わわっ、もーキニャ! 急に立ち上がらないでよ。危ないでしょ」

「うっさいユビ! さっさときな!」

「きなって、どこに?」

「決まってんでしょ! あんのクソ窃盗女をぶっ殺しによっ!」

「あはは、キニャがそれ言うんだ」


 少女と茂みインプとの小芝居に、顔色ひとつ変えずにキノミクイの串焼きを焼いていた屋台のおやじから「まいど」と礼されるなか、キニャはボケ面のプカプカをせき立て、麻袋を背負わせ、急ぎ足でアード外郭市を走り抜ける。


 目的地は、カパジーラ山頂村。

 目的は、ゼリファから取り返すこと。


「あの指輪って、そんなに大事なものなんだ」

「当たり前でしょ! あれがなきゃプカプカなんてただのデブなブタよっ!」

「ギッギャッギャ!」

「もープカプカさぁ。ひどいこと言われてるのにうれしがらないのー」


 騒がしいキニャ。喜んでいるプカプカ。すこしうれしそうなユビは。

 やり返された怒りに震えるキニャを先頭に、気付けば村を目指していた。


キノミクイの一枚ステーキ:380コル

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