生存凶兆(6)
ロックトードたちの現れぬ夜中は、ゼリファとテルに久々の安眠を与えた。
ただし、彼女らが安寧に浸れたのは朝までのことだ。
「リズ、【テイルカット】!」
ゼリファが裏門の上から、リードに指示を下す。
「ヒシュ!」
フリーズハイドラの長い尾が、三匹のカエルをいっぺんに蹴散らし。
「次から次へと……! うっとおしいんだよっ!」
白き大槍で、テルも裏門に張りついたカエルを即座に死滅させる。
山際の洞窟で、巨大な毒ガエルであるトキシック・ヴァイフログと会敵してから丸一日が経過した翌朝。カパジーラ山頂村はまた不穏な空気に襲われた。
裏門の丸太壁にロックトードが出現したことは変わりなかったが、数が変わった。今朝方、村の男衆がいつも通りの視察に向かったところ、そこには異様な数の灰色。十匹……それどころか洞窟からの後続も数えると約二十匹。
カエルの集団が、これまでにない規模で裏門へと迫っていた。
「ガゲゲ」「ガゴ」「ゴゲゴゲ」「ギゴ」「ゲゲゲ」
輪唱のように折り重なる、人間大の両生類の鳴き声。
ゼリファたちは昨日の偵察で、ロックトードたちの事情を把握した。
彼らは積極的な攻撃に出てきているのではなく、洞窟で生まれてしまったがために、捕食者ないし惨殺者であるトキシック・ヴァイフログから自らの命を守るため、死地を脱し、村の裏門にやってきているだけなのだと。
しかし相手の意志が読み取れない以上、そうだと考えたいだけなのかもしれない。その実、人間が洞窟の主を刺激したせいかもしれないのだから。
少なくとも事態は悪化していた。カエルたちも裏門前に立ち往生しているだけでなく、これまでのように丸太壁に岩を吐きつつ、そのうえ。
「ガゲゴッ」「ギゴゲッ」
二匹のロックトードの舌が、リズに向かって勢いよく伸びる。
「っ、リズよけなさい!」
「ヒシュー」
幼竜がしなやかに飛びのくと、カエルの舌が地面に当たり、岩肌が弾けた。
そう、ロックトードたちが反撃をしてきた。先手を打つ攻撃こそしてこないが、周囲の仲間がやられると、虚空を見つめていた両目の瞳孔を細め、舌を伸ばして敵対者に反撃してくる。テルもリズもまだ直撃は受けていないが、岩肌を砕くまではいかずとも、勢いよく弾くその舌の威力に、明確な敵意を感じてしまう。
きっと、身近で飛び回るハエに対する迎撃行動のようなものなのだろうが。
反撃は反撃。ロックトードの意識が変わっているのは確かだった。
「リズ、いったん私のもとまで下がってから【クーリング】よ!」
「ヒシュッ!」
「テル、リズを回復させます! あなたも休んでください!」
「問題ねえよ、っと……オラァッ!」騎士の大槍がカエルをまた一匹。
リーダーの指示に従ったリズは、その場を四足で踏みきり、造作もなく裏門の上、ゼリファの真横まで飛んできた。そしてすかさず【クーリング】。
幼竜の全身からプシューっと気体が抜けるような音がする。体を構成するマナを急速冷却し、戦闘で高ぶった体温を一気に冷ましていく。
フリーズハイドラにとって、それは体力回復と同義である。
「姫さん! カエルの後続はあとどれくらいだっ!」
「……八、いえ洞窟からもう一匹出てきました、九匹です!」
「ちっ、まだいんのか。トキシック・ヴァイフログも仕事しろってんだ」
騎士の大槍が一度、二度振るわれると、カエルも一匹、二匹と消え去る。
裏門からの異変を知らされた時点で、ゼリファは急いで迎撃の支度を調えつつ、寝る前にしたためていた、カパジーラ山頂村の現況を知らせるための護鳥騎士団への手紙をヤックに手渡し、それを村の配達人へと託させていた。
ここから最も近いところにある護国都市はアードだが、あそこには護鳥騎士の指揮所は存在せず、あるのは護国衛士隊の詰め所だけ。
衛士隊も護国大陸における武力組織であり、一人一人が訓練を課せられているものの、アードには五十人もよこせば限界といった許容量しかない。
また、カパジーラ山頂村では大人数の運用も難しい。数十名の衛士隊の駐屯は、山頂の孤島たるこの村では、食料や水源の確保に難儀する。
それに行きの山道も、最終目的地である洞窟への崖道も、大人数で陣形を広げられるほどの道幅がない。むりに行えば、何人もの衛士隊員が崖下の樹海に身を投げるはめになる。だからこそ、問題は早期かつ少数で解決させたい。
カパジーラ山頂村の救援部隊は、東南の第六都市アードと北西の第三都市メディの中間、大陸中央に位置する王都リユニオルの精鋭が最も望ましかった。
「こんなことやってる暇はねえんだよ! さっさと潰れろ、カエルもどき!」
「ガギャビャ」
直上から大振りされた大槍の刃の面に打撃され、カエルの頭が潰れる。
リズの優れた制圧力と継戦力は、多数戦において光るものがある。
しかし個人としての戦闘力では、人間でありながらテルが上回る。
自然種が本来持ち得ない敵意を度外視するのであればだが、魔生獣はフィジカルや種族特性が優秀な生物のため、その大多数はやろうと思えば人間をたやすく殺傷することができてしまう。そこは野生生物と同様、体の構造が違うのだ。
だが、護国大陸が誇る精鋭、護鳥騎士は魔生獣すらも上回る。一芸に優れた護鳥騎士たちは、全員が全員とは言えないが、強大な変異種も相手取れる。
ザシュ。「ガゲッ」。腹にひと突き。「さっさと枯れろ」。
それで言うと、対人間戦闘に特化したテル・クルスはこの場の誰よりも強い。
「ヒシュヒシュ!」ヒエヒエになったリズが、リーダーに再出撃を催促する。
「リズ、後続に【フリーズ】を。テルに一息入れさせてあげてください」
「ヒシュー!」
長い尾を逆立てた青白い幼竜が、うれしそうに裏門の先へと飛び降りた。
「……この戦いだけで、いったい何匹のロックトードを殺めてしまうのか」
洞窟から逃げてきた魔生獣を、人の都合で殺す。そこに罪悪感が湧く。
「べつにいーっしょ。あいつら洞窟で死ぬか、ここで死ぬかの違いだし」
もちろん、罪悪のかけらも抱かない者もいる。
「彼らだって、私たちと同じ生き物です」目を細めるが。
「じゃあ壁壊して歓迎すれば? したくないから殺してるくせに」通じず。
「ギッギャッギャ」
「ほーんとサイテーだよねー、プカプカのご主人さま」
戦力としては不安のため、裏門に残った白黒巨漢の頭上で茂みインプがぼやく。
「……キニャ、そろそろあなたも手助けなさい」眉間にしわがよるが。
「ムリムリ。私ってばか弱い女の子だから。ほら、自分でいけば」通じず。
「ギッギャッギャ」
「ほーんと意地悪いよねー、プカプカのご主人さま、イテッ」
悪口を言われた張本人が、ユビの小さな頭を指一本で叩く。
大勢のロックトードの襲来はしばらく途切れなかった。
それでもテルとリズはいっさいケガを負わず、戦い続けている。
ゼリファも憎たらしい態度を崩さないキニャに意趣返しの命令を下したかったが、鈍重かつ巨体で、意外と機敏なものの敵に体当たりするか、ネバつく汚らしいツバを吐くか、ときどき非常に不快な長いゲップ音を吐き散らすかことしかできないプカプカでは、戦力にはなっても、テルとリズの動きを阻害しかねないため、裏門での戦いには参戦させずに後詰めとして残していた。
「ほら、あいつらだけで十分じゃん。プカプカになんか頼んないでくんない」
「ハァ、自分で言っていて恥ずかしくないのですか。プカプカにも失礼ですよ」
「ならケガしたら護国から金でんの? お姫さま貯金で治療費もらえんの?」
金、金、金。キニャとの会話は、半分くらいがそこに着地する。
「あなた、こんなときくらいお金から離れなさい。命がかかっているのです」
「ケッヒヒ! バーカ。金以外に必要なものなんてないっての」
呆れるゼリファを前に、意気揚々と告げるキニャ。
ともかく、カエルの大侵攻はしのげている――と思われた矢先のこと。
「ゼ、ゼリファさま! 大変ですっ!」
彼女らの背後。村の広場のあたりで、ヤックが走りながら騒いでいた。
「どうなさいました!」
火急の意を読み取り、姫らしからぬ大声で聞き返すと。
「た、たった今、村の配達人が逃げ帰ってきたのですがっ!」
おそらく、護鳥騎士団宛の手紙を持たせた配達人のこと。
「あいつ、表門のすこし先で、紫まだらの巨大ガエルに遭遇したとっ!」
「な、なんですって!?」
その情報はあまりにシンプルで、事実を誤認しようがなかった。
「トキシック・ヴァイフログが、山道にも現れたというのですか!?」
村の配達人が、護国都市との唯一の接点である山道で、変異種と出会った。
ゼリファはすかさず、裏門で残敵を狩っていたリズを呼び戻す。
「リズ、来なさい!」
「おい姫さんやめろ! 俺が行くから、おまえはここに残れ!」
主がなにをしようとしているのかを察した護鳥騎士が、強く叫ぶ。
「いいえ、テルは体力も万全ではありません、あなたは引き続き裏門で迎撃を」
「ゼリファッ! ふざけるなっ! それは王族がやることじゃない!」
「私の使命は、護国を守ること! 来なさいリズッ!」
「ヒシュッ」
運動能力で勝るリズが、テルを裏門の下に残し、丸太壁に飛び乗ると。
すでに脇目も振らずに表門へと駆けている、己のリーダーの背を追った。
「バカ女が……! おいコソ泥娘、おまえはゼリファを追え!」
「え~」ぬるい返答。激しい温度差に、テルの怒りも倍増する。
「いいから追え、クズ女! あとで俺に殺されたくなきゃ、アイツを守れ!」
「え~、私だって~、お姫さまに守られる~、護国民ですし~」
「クソっ、てめえクソっ……分かった報酬だ! あとで金を払ってやる!」
これしかないだろうとテルが言った途端。
「いくら?」キニャの顔から笑みが消える。
「そんなのはあとでだ!」
「ダメ。いくら」ローブのフードを深くかぶり直し、表情もうかがわせない。
演技にしても、あまりに冷たい声。言うまで応じない冷徹さすら感じる。
可否を一方的に握られたテルは怒りに脳が沸騰するも、即座に暗算する。
「……8000、いや9000コルだ!」
キノミクイの串焼き、一本100コル。
アード外郭市の貸し宿、一泊250コル。
カパジーラ山頂村の依頼、一件2300コル。
キニャが盗んだ白のマナ結晶、当人の想定価格は30000コル。
「やだ。12000コル」
「今は手持ちがそれしかねえんだよクズがッ! さっさと行けッ!」
「じゃあ11000コル」
「いいから折れろ! てめえは護国手形で信用するクチじゃねえだろうが!」
「10500コル」
「いい加減、死なすぞ罪人がッ!!!」
「10050コル」
「それでいい! さっさと行け、金クズ女!」
「……ケッヒヒ! まいどあり~」
表情が一転。晴れやかな笑みを浮かべて、相棒の硬く黒い肩を叩く。
「ほら、マヌケ顔してんなプカプカ。お姫さまのお守りで大もうけだよ」
「ギギャ!」
「……呆れるほどクズねー。茂みインプにだってこんな畜生いないわよー」
ボヨンボヨンと跳ねるプカプカから離れたユビが、キニャの頭上に移る。
「クソっ、あんなんに姫さんを任せるなんて。第一隊に報告したら左遷もんだ」
懇願したテルにせよ、彼女や破裂トカゲを戦力的に頼ったわけではない。
あくまで、トキシック・ヴァイフログの気をそらす頭数になってくれればいい。悪くても、ゼリファの身代わりになればいいとすら考えている。
無鉄砲な第四姫の危険を可能性単位で減らす、その役目で十分なのだ。
もしも最悪な場合になっても、八つ当たりの不敬罪で処刑するだけだと――。
「――オラ、クソカエルどもがっ。立ち止まってねえでさっさと散って死ね!」
とにかく、今は裏門の状況を終わらせ、我が姫をいち早く追いかけたかった。




