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プカプカしてた子

「ケッヒヒ! おい、そこの金髪女。さっき街でイイもん持ってたね? エエ?」

「……ハァ、護国都市の近くで野盗ですか。まったく、呆れる所業ですね」


 歪んだ菱形の大地が広がる「護国大陸」の一角。名は「護国都市アード」。

 アードからすこし離れた森林地帯で、鮮やかな金色の長髪を右胸に垂らす女性が、怪しい白い外套に身を包んだ、若き声色の野盗を前に呆れていた。


 護国王都が束ねる護国都市圏で、危険なのは魔生獣マニマルのみならずかと。


「ケッヒ! おら、さっさとさっきのマナ結晶を出しな! じゃないと――」

「じゃないと?」

「じゃないと、どうなるかは……ケッヒ! 分かってんだろなあ? ああん!?」

 貫禄のない下品な声色ですごむ野盗を前に、またも呆れさせられる。


「ハァ……まさに三下のセリフ。言ってて恥ずかしくないのです?」

「うっさい! やっちまうぞコラ! さっさと出せっての、このメス風情がっ!」


 すると野盗は、白い外套で覆っている後ろ腰から、料理にしか使えないような簡素なナイフを抜き取り、ブロンドヘアをたなびかせる女に突きつける。


「ほら、有り金ごとぜーんぶ置いてかねえと、コイツであんたの体を――」

「コイツで――なんですか?」

 言うや否や、彼女の右腕がまたたく間に動く。


 シュッ。パキンッ。トスッ。「あへ?」。

 周囲に響いた軽快な音の四連打で、状況は一変。

 野盗のナイフは、気付けば草茂る森のどこかに切り飛ばされていた。


「おー、あー、おー……は?」

「それで? 先ほどのコイツとやらは、どこかへ行かれましたか」

 スイッと。柄周りに美しい装飾が施されたサーベルが、野盗の眼前へ。

 指先では、創海神話の人知護鳥を模した金色のリングが光る。


 金髪の女性は、全身を青いつなぎでピタリと引き締め、その上から手足や胴体に白銀甲冑をまとっている。誰しもの印象のとおり、高貴なる女騎士そのものだ。

 それでいて、肩や太ももの女性的なラインがくっきりしているのが麗しい。


 長い金髪が輪郭をかたどっている小顔は、多くの人々を「美人だ……」と見惚れさせる魔力を込めたかのような造形美。キレのいい両目には清廉さを宿し、耳元で垂れて揺れる、氷柱の形のイヤリングが色気を醸し出している。


 よわい二十にも満たない、少女らしさと女性らしさを共存させた気品。

 存在そのものが美徳な人物だけに、野盗との格差が浮き彫りになる。


「ひ、ひえっ! お助け! お助けを! お命だけはお命だけは! ひええ!」

 立場が一転。野盗は白装束を茶色に染める勢いで、土肌の地面に平伏した。


「金銭目的で女性を狙うなど、恥と知りなさい。まったく……リズをあずけた直後にこんな目に遭うだなんて。テルは今ごろなにをやってるのかしら」


 若年者が盗みを働き、婦女への暴行を企てる。護国とはまるで名ばかりの世の末をひとりゴチる美女の前で、野盗はひたすらに謝罪の言葉を並べ、土を舐めた。


「お命だけは、お命だけは……なにとぞぉ、なにとぞぉー……」

「今から護国衛士隊クリンガードのもとに連行します。まずは持ち物をすべて出しなさい」

「は、はひぃっ! ありがたき、ありがたき幸せ! で、ではまず――」

 バサッと、白のローブを翻す。布の頭部には小さな二本角。野盗は顔を上げて。


「――さっさとやりなっ! プカプカぁッ!!!」

 野盗の怒号。それは合図。そして突如、緑豊かな森の木々の上から。


「ギギャッ!」

 そこに隠れていた、大きな破裂トカゲの口から、なにかが吐き飛ばされると。


「なっ! 魔生獣マニマル!? あなたもしや“リーダー”っ!?」

 ベチャッ。あわれ。女騎士は全身に、透明でねちゃつく液体をかぶった。


 そして金髪の美女、女騎士ゼリファ・ミトス・クリンティアは森のなか、創海神話からなる護鳥を信仰する護国大陸、護国王家クリンティアの第四姫フォー・ロイヤルでありながら、全身がベッチャベチャになり、あまりの強粘度に身動きが取れなくなる。


「くぅっ! リードを木々に隠して不意打ちとは、なんて卑怯なのっ!」

 ゼリファは必死にもがくも、粘性の液体が手足の動きを制限する。


「ケッヒヒ! デブブタのツバまみれ女が語ってんじゃねえわよ」

 その反面、立ち上がった野盗が、ゲスな言葉で見下す。


 若き声の野盗は、顔を見上げれば少女。腕を通すところのない白鱗で仕立てられた前開きのローブを、頭から腰まですっぽりとかぶっている。

 布の頭頂部には、指先程度の長さしかない、ねじれた小さな角が二本。おまけにローブの背面からは、蛇のように細い尻尾がチョロッと生えている。


 ローブの下にのぞいて見える肌着は、黒革で補強された暗めの防護服。いずれもそれなりに値は張りそうであるが、悲しいかな。着ている中身に品がない。


「おらプカプカ、さっさと降りてきな! お宝盗ってトンズラするよ!」

 勝利を確信したか、野盗少女がローブのフードを脱いだ。


 短めな髪は、くすんだ銀髪とも言えなくもない灰色。彼女の幼女時代を知る者がここにいたとすれば、在りし日の小麦のような朗らかさが抜け、すっかり色落ちした髪色を嘆くことだろう。おまけに毛先もバラバラ。女子力がない。


 ついでとばかり、元気いっぱいに見開いていた両目はすっかりやさぐれていて、クズそうな座り目。今や野盗の所業に似合うほどに厭世的である。


「ギッギャッギャ!」

 野盗少女の直上の木から破裂トカゲ……には見えない、巨漢が飛び降りた。

 デカい。全長は190センチほどだろうが、横幅がデカい。


 破裂トカゲを数十倍に膨らませたかのような、どデカいまん丸に成長してしまったその白黒ブタトカゲは、丸っとしたお腹が全面に突き出ており、短い手足や尻尾をパタパタしている。それにしては意外と軽やかに動くものだから奇妙な生物だが、そもそも破裂トカゲが成長する例などほぼないので、もはや怪竜だ。


 鼻から口、首から腹までは真っ白な体色をさらけだしているが、目から頭、肩から腕、腰から足、さらに背中までは焦がした焼き物のようなゴツゴツの黒外殻で覆われている。二色のモノトーンな体はユニークだが、造形がイマイチ。

 頭頂の黒外殻を突き破る二本角は唯一の強面要素であるが、肝心のお顔はなかなかのブサイクさ。外殻からのぞく両目は小さく、つぶらすぎて迫力なし。鼻穴も大きく、破裂トカゲならではのマヌケ面は昔のままだ。


 とてもじゃないが、もはや在りし日のように宙に浮くことはできないだろう。


「さーてさて……ケッヒヒ! あんた汚いんだから動かないでよね」

「なっ! ちょっ、や、やめなさいっ! ああっ……」


 白い野盗少女が、鈍色の指輪をつけた左手でゼリファの体を無遠慮にまさぐる。破裂トカゲが吐いたものか、ベチョベチョするツバが当たっている部位はさけながら、腰元に結ばれていた、なめし革の袋を器用にこじ開けると。


「おっ、みーっけ」小石サイズの硬いもの。白色に輝くマナの結晶体。

「か、返しなさい! それはやっと見つけた騎士団の大事なもので……!」

「ケッヒ。ちゃーんと返すって。そのうち、だいたい、三百年後くらいにねっ!」

 言い捨てた野盗は、白いマナ結晶だけを手に、その場から逃げ去る。


「くぅっ! このこのっ! なんてざまなのっ!」

 急いで野盗を追いたい女騎士ゼリファが、一人あがいていると。


「姫さん、そんなところでなにして、うおっ! きったねえなオイ」

「テルっ!!! いいから早く助けなさいっ!!!」

 旅のお付きの護衛、青黒い鎧の騎士に見つけられたが、もう遅い。


 白い野盗少女は森林地帯を軽々と駆け抜けて、一目散に護国都市アードの外郭市にスタコラサッサ。相棒の巨漢な破裂トカゲもボヨンボヨンと跳ねるようにして、けっこうな速度のまま飼い主に追従している。


「ケッヒヒ! やーったね! 当面は遊び暮らしもできそうじゃん!」

「ギッギャッギャ!」

「うっさいプカプカ。あんたの声響くんだから、ブタみたいに鳴かないでよ」

「ギギョォ……」


 白い少女とデカいプカプカが、見事に強盗を果たして逃亡する。

 残念ながら、この白い女の子こそ、十一年経った「キニャ」その子だ。


クズいコソ泥娘と珍妙なデブブタのハラドキファンタジー!

物語の一区切りまで毎日更新でお届けします。

期待がそそられたら、ぜひ読んでくださーい。

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