生存凶兆(5)
この日は夕方以降、裏門からはロックトードが鳴らすいつもの岩吐きの音が聞こえてこず、カパジーラ山頂村にも久しぶりの安らぎが戻ってきた。
村の東側で狩猟されたイワジカの肉も残り少なくなってきた、夕食時。
口論のあと、どこかに出たっきりであったキニャが、頭上にユビを、背後にプカプカを連れてヤックの家へと戻ってくる。迎えるゼリファとテルの顔は硬く、メコ叔父の表情も厳めしげ。ヤックとトビル、トルミットが気まずい思いをする。
「また煮込みぃ? この村、これしか食べ方しらないわけ」
険悪な火花がくすぶるなかでも、爆弾娘は開口一番で火薬を吹く。
「ははっ。本当なら今ごろ、山菜や穴倉動物を捕りにいくんですけどね」
周囲に火薬が引火する前に、ヤックが率先して会話を拾いにいく。
「ちょっとは振る舞ってくんないと、アードでメシマズ村って言いふらすよ」
「それは勘弁ですね。ただでさえ少ない訪問客がさらに減ってしまう」
「肉っ気も油っ気も足りないんだっての。せめてキノミクイくらい――」
「キニャ、村の方々に失礼です。差し出がましい口はおやめなさい」
それでも火薬の投下が止まなければ、否応なしに引火するものだ。
「おーコワ。まーだ怒ってるし。立場で言い負かせるお姫さまってのは得だね」
「キニャッ!」
「うっさいゼリファ」
不穏。女同士の本気の不穏さに、メコ叔父やトビルも思わずおののく。
そして無言。ズズー、ズズー。少量の肉塊と高山野菜を煮込んだスープをすする音だけが食卓に響く。剣呑な空気。それを打ち破ったのは心優しき人外たちだ。
「ヒシュゥ……」
「ギギュゥ……」
リズがゼリファの足元に、プカプカが離れた場所でキニャに向けて鳴くと。
「ごめんなさいリズ。すこし感情を乱してしまいました。いつもありがとう」
「ヒシュ、ヒシュ」
力を入れて握っていた食器を置き、足元のリズを優しい手つきで撫でる。
キニャのほうはというと「うっさいプカプカ」。いつも通り。
第四姫の顔から険が取れたのを見て、テルを除く男たちがホッと安堵する。
これまでは年ごろの娘同士のじゃれ合いと見られていた光景も、状況が状況で、それぞれの立場が浮き彫りになった今、キニャの気安さはかえって劇毒だ。
「――敵が毒持ちとあれば、フリーズハイドラには宿敵ですかね」
食卓で肩を縮こめて静観していたトルミットが、おずおずと口を開いた。
彼が言った言葉の意味は大半の者が理解できなかったが、創海神話に恋い焦がれる者。ゼリファだけはハッとして、美しいおもてをこれでもかと明るくする。
「そうですね! ブリザード・ハイリッシュドラグーンの怨敵と言えましょう!」
「そ、そうです、そうなんです。まるで創海神話をなぞらえるかのような」
いきなりの強火に、トルミックのほうがたじろぐ。
「ゼリファさまにマナマギストさん、それってどういう意味ですか?」
トビルが興味を半分、場を取り直す子供役の使命を半分に、話題を広げると。
トルミックの反応を目で制し、ゼリファが鼻息荒く解説する。
「白竜ルーダの体より生まれし氷滅竜ブリザード・ハイリッシュドラグーンは、歪獣シキシの怨嗟より出でた、禁域六頁【渇砂海原】マギストデザートタイマー、禁域七頁【奇怪機械】メタルライフを討ち滅ぼしましたが、戦いを終えて疲弊していたそのとき、禁域八頁【毒底尖兵】ヴェノヴェノン・ナイトプレーグに闇討ちされたのです。そして、かのナイトプレーグは劇毒に潜む毒底ネズミですので、それが今の状況に似てるという話です。彼らもその後、禁域五頁【融解炎土】炎滅竜ヘルフレア・アークサイドドラッケンにより仇討ちされましたが」
つまるところ、彼女らはブリザード・ハイリッシュドラグーンの末裔……と言い張るフリーズハイドラのリズが、洞窟にいる毒持ちのトキシック・ヴァイフログを討つというシチュエーションに、神話的ロマンを感じていたようだった。
「あー、創海神話のくだりですか。たしかに似ているかもですね」
トビルくらいの年になると、創海神話もそろそろ聞き飽きてくるのが慣例。
そして子守話で聞かなくなってから先は、神話は学者の研究領域になる。
「姫さん、言っておくが」
「言わずともよいですテル。言いたいことは分かっております」
「……ならいい」
テルからの「だからって洞窟には行かせねえぞ」の釘も先回りで止める。
「リズって、ブリザード・ハイリッシュドラグーンの末裔なんですか」
「ええ! そのとおりです!」第四姫の目がキラキラと輝く。
「姫さん、子供を騙すな」護衛騎士のやれやれ顔は板についている。
「現存が確認されている禁域指定種は、毒底ネズミくらいのものですが……」
小声でトルミットも注釈。第四姫の夢を壊すのは大罪だ。
「ウソではありませんよっ! 本当ですからねっ!!!」
「はは……ぜりふぁさま、すごーい」
トビルもここ最近、大人への対応がメキメキと上達してきた。
そんな彼は、大人にならざるを得なかった一因であるキニャが涼しい顔で一人スープをすする姿に疎外感を覚えたのか。輪を取り持つように声をかける。
「だとすると、プカプカも白竜ルーダのように見えてきますね。お腹が白いし」
「ギギャ?」
ご主人に代わって、プカプカがマヌケ面で反応する。
「まさか! 白竜とは荘厳なる始祖の竜。ブリザード・ハイリッシュドラグーン、ひいてはリズの先祖に通ずるのですから、それがプカプカでは……」
ゼリファが傷ついたような目でプカプカを眺め……プッと笑った。
「フフ、ないですね。プカプカも不思議な魔生獣ですが、その顔……どこからどう見ても破裂トカゲのブサ……愛嬌がありますし、手足もまんまですし」
姫の顔に満面の笑みが浮かぶ。思わず笑っちゃう、という意味で。
「私も気になっていたんですよ。破裂トカゲの巨大化例は珍しいもので。体色も白と前例がありませんし、よく見れば黒い外殻のほうも……なんだろう、これ」
魔生獣に精通するトルミットが、プカプカを興味深そうに見つめると。
「キニャさん、もしよろしければ、彼をスケッチさせてもらってもいいですか」
「は?」
返事を受ける前に、さっそくトルミットが背負子から絵の具を出すが。
「イヤだし。私のもんに勝手しないで。ちゅーか金払え、金」
「そ、そうですか。これは失礼しました……」
「ハァ、あなたはいつもそれですね。口を開けば金、金、金なんですから」
場を取り直すために子供役を買って出ていたトビルも「キニャさんこいつ、どうしようもないな」とばかりに呆れ、諦める。さらにゼリファのため息を皮切りに、みなからの視線も憐憫の色合いが濃くなっていく。
それでも現金女はいっさい気にせず、味に飽きたスープをすすり続けた。
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