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生存凶兆(4)

 キニャやゼリファらは洞窟からの脱出後、目と鼻の先にある裏門まで帰り、一人ずつ簡易的な仮足場や縄の引き上げで村へと戻った。


 引き上げに男手が必要なプカプカを除き、身軽なキニャ、テルやリズは誰の手も借りずに丸太壁を乗り越えたが、ゼリファとトルミットには壁をよじ登るだけの力がなかったため、村人たちが縄を使って丁重に引き上げる。

 第四姫のときはもう、触れたら壊れる宝石を扱うがごとき丁寧さだった。


「皆さん、お手数をおかけいたします」

「ケッヒ! ムダに甲冑とかつけてるから鈍重なのよ、デェブ」

「……なに勝ち誇っているのですか」

「ケッヒヒ!」

 門の脇の岩塊を足場にし、猿のように先に戻っていたキニャが煽る。


 それからゼリファは村中に混乱を広げないようにと、ヤックとメコ叔父、一部の男衆だけを村長の家へと呼びつけ、洞窟で見た現状を共有した。

 わが家ながら、家の子であるトビルも外へと追い出されている。


「ええと、ときしっく・う゛ぁいふろぐ……ですか?」

「はい。彼らは口内に毒を有する危険な魔生獣マニマルでして」

 ヤックたち村民の前で、トルミットの講義が行われると。


「なんたることだ……ゼリファさま、ワシらはいったいどうすればよいのじゃ」

 普段は強気なメコ叔父にも、さすがに弱気が陰る。


「依然、魔生炉ファナスの調整が目的であることに変わりありませんが、まずは危険な変異種エネミルであるトキシック・ヴァイフログを駆除して、安全を確保する必要があります。おそらくですが、ロックトードはこれまで“逃げてきただけ”なのでしょう」


 カパジーラ山頂村の悩みの種であったロックトードは、これまで敵対的な姿勢を取らず、いかに排除されようと、裏門へのささやかな攻撃に終始してきた。

 彼らは自然種ナチュラとしての生態を曲げず、どれだけ生命を奪われようと、立ちふさがる裏門の先に、毒ガエルから逃げる道を求めていただけなのかもしれない。


 しかし、茂みインプにも適用される、大気中に散ったマナが生態情報を保存している説に則れば、ロックトードは殺害されてきた同族の記憶を引き継ぎ、いつ環境に適応して、人間を外敵と認識する進化をしてもおかしくなかった。

 そこは幸か不幸か、村はカエルたちに温情をかけられてきたとも言えるが。


 いずれにせよ、目下の状況がより危機的になったのは確実だ。


「明朝、あらためてトキシック・ヴァイフログの討伐に出ましょう」

 ゼリファの清らかな宣言に、歳のいった男たちが歓喜の声をあげるなか。


「ダメだ、姫さん。それは許可できない。これは衛士隊や騎士団の対処案件だ」

 彼女の護衛の立場からしてみれば、そうはいかない。


「テル、そんな場合ではありません。村の危険はすぐそこにあるのです」

「ダメだ。王家の者がやることじゃない。死の危険がある」

「テル! 護国の親民を守らずしてなにが――」

「ゼリファ、反論は聞かない。今すぐ騎士団を要請しろ。おまえは王都に帰還だ」

 立場を感じさせぬ高圧的な青年の声に、第四姫は反論できず、歯がみする。


 王族守護の任を受け持った護鳥騎士団レイルナイツの団員として、テルは一歩たりとも引く気がない。その事情は誰もが納得せざるを得ない。「姫に変異種エネミルを討伐させる」など、誰もが愚かなリスクでしかないことを理解してしまった。


 村民たちも一度は漏らした歓喜を抑え、テルの言い分を咀嚼する。彼の言っていることは、どう考えても護国大陸全体の総意だと受け止めるほかない。

 そうして自らを切り捨てることになる選択の怖さを押し殺した。


 そんな、人々の命が怜悧に計られている最中でも。


「ちょっとキニャぁ! 私のベッド踏まないでよっ!」

「うっさいユビ。つーか居着いてないで、さっさと草むらに帰れし」

「ギッギャッギャ!」

「なっ!? プカプカぁ! あんたそういうとこだけキニャにそっくりね!」

 深刻な面々への配慮もない、能天気なノイズが第四姫の耳を障る。


「……キニャ。静かになさい。今は遊んでいる場合ではないのです」

「は? うっざ。勝手にピリピリして八つ当たりしないでくんない?」

「おい、コソ泥娘。第四姫の御前だ。調子に乗るな」

 いつもは口を出さぬテルも、ゼリファの進退をかけた空気に叱りつけるが。


「うっせーっての。もう答え分かってんだからいいじゃん。天下の護鳥騎士団レイルナイツさまを助けにこさせるんでしょ? いいじゃん。よかったね。あんな毒ガエルなんかあんたらなら余裕なんでしょ。それまで避難でもしてりゃ終わり。解決じゃん」


 テルには視線すら向けず、他人事のような口ぶりでキニャが言う。

 不真面目なその態度に、ゼリファの感情もつい高ぶる。


「キニャ、この村の人たちは今、命の危機にさらされているのです」

「だからなに? 逃げれば危機でもなんでもないでしょ。気取んないでよ」

「そういう問題じゃありません。己が故郷、誰が簡単に捨てられましょうか」

「私は捨てたけどね」

 なんでもないことのように言われた軽薄な言葉に、心のある熱は冷めた。


「……幻滅です。あなたには護国の人々の心が分からないのですか」

「バーカ。村なんていつでも作れる、ただのモノよ」


 強気に言い放ったキニャが、興を削がれたとばかりに家から出ていった。

「ギギャ」プカプカも黒外殻を家具にカン、コンとぶつけながら、あとを追う。


 そして残された者たちの口から、先行き不安な少女への愚痴がこぼれる。


「……どうしようもないバカ娘じゃ。話にならん。ヤック、今すぐ村を追い出せ」

「メコ叔父、まだどうなるか分からないんだ。あの子を見捨てるべきじゃない」

「だったら、あのバカ娘に駆除させろ。そもそも依頼したのはあいつじゃ」

「……それこそ酷な話でしょう。さすがに、キニャさんには無理だよ」


 屋内の空気はよどむ一方だったが、結果的にゼリファはテルの意見をくんだ。

 ただし、「護鳥騎士団レイルナイツがやってくるまでの間は滞在します」この一点だけは頑として譲らず、山頂に夕日が落ちるまで、テルとの言い合いを繰り広げた。


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