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生存凶兆(2)

 裏門のロックトードたちは、眼前に一人と一匹が舞い降りてもなお、視線も意識も彼らに裂くことなく、丸太壁への射的を続けた。


 途中、狙ったわけではないだろうが、吐かれた岩がテルの顔面近くに飛んでいった。しかし護国の精鋭たる護鳥騎士は、右手で白く煌めく大槍を軽やかに、それでいてぞんざいに振り、長細い得物でありながら的確に撃ち落とす。


「よく見りゃ、愛嬌がねえでもないんだが――オラよっ!」

 直線かつ高速。真っすぐ突き出された大槍が、左端のカエルの腹を突き刺す。

 するとロックトードは奇妙な顔のまま静止し、腹を中心に溶けていった。

 その体は死肉を残すことなく、鮮やかな青色のマナとなって宙にかき消える。


「リズ、【テイルカット】!」

「ヒシュゥ!」

 小柄な幼竜が、胴体と同じ長さほどもある、自慢の尾を横薙ぎに振りきる。

 竜尾で叩かれた二匹のロックトードは、打撃に耐えられず吹き飛ばされ。

 ピューンと。そのまま足場をなくし、後方の崖下へと落下していった。


 ロックトードと戦う光景は、普段はヤックやメコ叔父、保険で控える男衆以外は目にしていなかったため、穏やかな山頂村の暮らす村民たちに刺激的な興奮をもたらした。テルの獅子奮迅は、まさに絵巻物に登場する勇者そのものだ。

 心の乙女がしおれはじめていたはずの婦人たちも情熱を思い出す。


「すっげー! テルさんすっげー! すげーーー!!!」


 護鳥騎士団レイルナイツに憧れる少年トビルもまた、護国を守護する騎士の力とはなんたるかを初めて目にし、年相応の興奮に浸る。子供や女性らの甲高い驚きの声が、図らずともカパジーラ山頂村における久しぶりの活気につながっていく。

 一方、姫以外には見向きもされていない、本来の依頼請負人のほうは。


「なーんだ、テルめっちゃ強いじゃん。これなら私いらなくない?」

 テルの戦闘風景を目の当たりにして、こき使われた十数日分の抗議をする。


「テルは槍の使い手として、護鳥騎士団レイルナイツ第一隊でも有数の実力者ですからね」

「だからさあ。だったら私がカエルやんなくてよかったじゃんか」

「いえ、いくら自然種ナチュラでも、テルの専門は対魔生獣マニマル討伐ではありませんので」

「いやいやいや。だってあれ、もうプカプカより強いじゃん」

「コホン。それはともかくキニャ、己の罪の自覚がまだ足りないようですね?」

 ギロリ。いつもの結論。抵抗するための正論を持たぬキニャは目を背ける。


 華麗な黒髪騎士の力強い戦いと、愛らしくも強靱なフリーズハイドラの掃討戦は村民を熱狂させたが、対ロックトード戦はものの数十秒で幕を閉じた。

 損害は言うまでもなくゼロ。岩肌のカエルたちだけがその生を終えた。


「キニャ、先に飛び降りなさい」

「……ちっ。クソ姫め」

「なにか言いましたか?」

「言っておりませんってのよ、麗しの第四姫さま」

「もちろん聞こえていましたので、あとで覚悟なさい」

 ゼリファが先に裏門から降りていれば逃げられたが、そうもいかなくなった。


 仕方なくキニャが丸太壁を飛び降りると、頭部のユビがわずかな落下時間を嬌声で楽しみ、「ギギャッ」ドシン! と白黒のプカプカが主人に続く。

 トルミットも2メートル半ほどの高さに一瞬ツバを飲んだが、意を決して飛び降りる。着地は運動ができない者のそれであったが、ケガはなかった。


 最後、さっそうと飛び降りたゼリファが、ヤックたち村人たちも続こうとするのを片手で制して、少人数で洞窟へと続く山肌を歩きはじめた。

 裏門の先は、左手側がすぐに断崖、正面も広場の先に断崖があるが、右手側だけは岩山に沿った形でかろうじて道と呼べる崖道がある。道幅もプカプカが三匹ほど並べるくらいはあるため、山側にさえ寄っていれば滑落を意識せずに済む。


 洞窟への道のりも短い。数分にも満たない距離。裏門の上からヤックたち村人の視線が届くなか、一行はロックトードに出会うこともなく暗穴に到着した。


「くっら。入口から先がもう見えないんだけど。ほらユビ、いってきてよ」

「バカっ! イヤよっ! なんで私がいかなきゃなんないわけ!?」

「ギッギャッギャ」「ヒシュヒシュ」

「あんたたちもノっかるんじゃないっ! もーっ!」

 プカプカはまだしも、リズも意外とノリがいい。


 洞窟は岩山の中腹にぽっかりと空いた暗い穴で、入口の造形は横長。奥のほうには水漏れでもあるのか、ポツン、ポツンとしずくがしたたり落ちる音も聞こえてくる。それに混じって……「ゲゴ」「ガゲ」ロックトードの鳴き声も散発的に聞こえてくる。暗さと環境音が合わさって、不気味さが助長している。


「テル、リズとともに先導をお願いします」

 ゼリファの命で、テルがマナランタンの青白い明かりをともす。

 ユビをちゃかしていたリズも、リーダーに従ってササッと前に出る。


「おお、さすがは護鳥騎士団レイルナイツ。ランタン用のマナ結晶も良質ですね」

 そういったトルミットも背負子からマナランタンを取り出し、点灯する。


 トルミットのマナランタンの青白い発光は、テルに続いて点灯したゼリファのものとも同じだったが、中身に詰められているマナ結晶がより小粒なのか、明かりで照らせている範囲は第四姫たちの半分ほどだった。

 大気に触れたマナが結晶化、あるいはマナに触れ続けた岩石が変質した鉱石であるマナ結晶は、白いものが珍しいように、同じ結晶でも品質に差がある。


「キニャは明かりを持たないでしょうから、プカプカと最後尾にいなさい」

「言われんでも。ユビ、迷子になりたくなきゃ頭つかまってな」

「もうつかまってる」ユビが定位置で、二本角を両手でつかむ。

「ギギャ」

 プカプカも騎士のつもりか、キニャの斜め前で胸を張る。出ているのは腹だ。


魔生炉ファナスが設置されている場所はさほど遠くないはずだ。行くぞ」

 テルの声で、隣にいるリズと数歩後ろに控えるゼリファが歩き出した。


 カシャン、カシャン。護鳥騎士団レイルナイツの青黒い金属製の足甲が岩肌にぶつかる音。

 甲高い金属音が洞穴内に反響し、水滴の音やカエルの鳴き声を上書きする。


 洞窟内部は一本道だが、横幅も縦幅も余裕があり、せまくはない。そのぶんマナランタン組は見落としがないよう慎重に照らすが、リズやプカプカが気配を察知していない間はほぼ安全だ。入口から陽の光が漏れ入る地点まではロックトードの姿もなく、散発的な鳴き声に、徐々に近づいていくだけにとどまる。

 途中、キニャが岩壁から水がしたたり落ちる場に踏み入れ、「キャッ!」と小さなユビに行水相当の水が降りかかったが、事故もそれだけだった。


「変ですね……魔生炉ファナスの周辺は奇怪鉄に反射するマナが青く発光するのですが」

 トルミットのつぶやきに返事はない。疑問を返せば、疑惑に変わるだけに。


「ヒシュ……!」

 リズが鳴く。仲がよくないキニャにも警戒の色ははっきりと伝わった。

「いるな」

 前方から、ロックトードの鳴き声。先頭のテルが手で明かりを掲げると。


「ゲゴギ」「ガゲゴ」

 真っ暗な洞窟に、二匹のカエルの不気味な形相が浮かび上がる。

 ギョロリとした二つの眼。半開きの口から垂れ出る、不快に長い舌。


 チャキン。テルがなめらかに背中の白い大槍を右手一本でつかみ。

 シャキン。ゼリファも声を出さず、自前のサーベルを抜き出し。

 そろ~。キニャは体を半身にし、走って逃げる準備を整えた。


 ロックトードは丸太壁を前にしているときのように、青白く照らされた存在感のある大頭を動かすことなく、視線だけをキョロキョロと振りまいている。

 感情の見えない動物的な挙動が、暗がりでは攻撃されるよりも恐ろしい。


「テル、やりましょう。リズは【フリー……」

「ッッッ!! 待て姫さんっ! 奥からなにか――」

 護衛の護鳥騎士の感覚は、残念なことに正しかった。


 攻撃命令を下される途中だったリズが、己の判断でゼリファの前に立つ。

 ヒシュ、ヒシュ。かわいらしい顔から漏れ出る、険のある威嚇の声。

 そうしているとまもなく、見えない暗闇の奥のほうから。


「ガゲゴ、ガゲゲゲ、ガギ」

 新たなロックトードの声。ペタペタと間の抜ける足音。しかし……。

 普段の彼らからは感じない、慌てるようなそぶり。あえて言うなら、焦燥。


「ガゲゴギ、ガギギギ――」

 ペタペタペタペタペタ。こちらへの突進を警戒し、テルが身構えたとき。


「ヴァジャアァァァ!!!」

 獰猛で大きなうなり声。前方にいたロックトードの足音がかき消される。


 次の瞬間、後ろにいた一匹のカエルの頭が消失した。

 間を置かず、最前にいた二匹のカエルの頭も見えなくなった。


 代わりに青白いマナランタンによって照らされ、映し出されたのは。

 なにか、とてつもなく大きな、巨大ガエルのような頭と牙だった。


極低純度のマナ結晶:数かけら1100コル

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