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生存凶兆(1)

 カツン。コツン。カンッ。コンッ。裏門からかすかに聞こえてくるロックトードたちによる岩吐きの合唱にも、村人たちが気づけば慣れはじめたころ。


「ねえ、今日ちょっと数多くない」

 裏門に両腕でよじ登ったキニャが愚痴り。

「……そのようですね」

 ゼリファが渋々と返す。


 危険でもなく脅威でもないカエルたちのささやかな反撃は、結局は日々の騒音が煩わしいくらいのものであったが、この日はまた、おもむきが変わった。


 裏門の先。丸太壁に向かって小粒な岩を吐き飛ばしているロックトードがいる。その数は五匹。二匹や三匹が五匹になったところで、自然樹木の盤石な壁は表面に傷がつく以上の損傷を許すことはないが、五匹の同時出現は初めてだった。


「グゲゲ。ペッ」

「ガゲゴ。ペッ」


 岩肌のカエルたちが丸太壁の一点を見つめ、懸命に岩をはき続ける。

 いじらしい努力にも映るほど、朝から晩まで続けられる加害行為。


 状況が悪いとは言えないが、悪化してきているのが表面化してきたこの日、風向きも変わった。カパジーラ山頂村にとっては、久しぶりのいい意味で。


「初めまして、トルミットと申します。リーダーズ協会から派遣されてきました」

 表門で倒した丸太壁を男衆がひっぱり上げるかたわら、青年があいさつする。


「ようこそおいでくださいました、マナマギスト殿。村長のヤックです」

「こちらこそ遅れてすみません。護国都市メディで集会があったもので……」

 青年の下がり気味の目尻がさらに垂れる。クリーム色の髪も温和な印象。


 布地で編まれた外套は、マナの性質色を模した青色に染色されている。胸元にはマナマギストの証明、薄く叩かれた奇怪鉄のプレートを身に着けている。


「それでは、メディでの集会は終わったのですか」

 ヤックの後ろから、ゼリファが口をはさむと。


「いえ、今年はもう数日ほどかかるようでして……え? あ、あれ?」

「? どうかなさいましたか」

「え、え、いやだって……ゼ、ゼリファ・ミトス・クリンティアさま……?」

 想像の埒外の事態に、青年マナマギストは固まった。


 いくら民衆に近いとされる第四姫でも、まさかカパジーラ山頂村のような場所にいて、それも気軽に話しかけられるとは露にも思っていなかった事態。

 村民のように都市離れした感覚でもなければ、普通はありえないことなのだ。


「ええ、ワケあって村に滞在しております。以後、お見知りおきを」

「は、はぁ……え? ええ……はっ! お、恐れ多くも!」

 なおも混乱するトルミットの様子に、村民たちの目から緊張が抜ける。

 なんだ、この青年も我々と同じように驚けるクチか、と共感して。


「なんか頼りなさそ。見たまんま、よくいるマナマギストって感じ」

「そう? 私はテルよりは好みかなー」

 すこし離れたところではガールズトーク。人間と茂みインプの差はあれど。


 ゼリファが放った便りは、半年前に村に設置された魔生炉ファナスを調整するため、マナマギストと呼ばれる専門技師を山頂までよこせ、といったものだった。


 マナマギストはみなリーダーズ協会に所属し、平時はリーダーとリードの簡易契約インストラ業務、マナ由来で性質が変化した物品の収集管理、そして魔生炉ファナスの建造や調整を担っている。言うまでもなくマナ関連の専門家であり、護鳥騎士団レイルナイツに次いで子供らの夢を背負う、護国大陸においては敬意を表される存在である、が。


「トルミット。まずはこちらで話の続きを」

「は、はい! 仰せのままに!」


 人気の職業だろうと、王家に連なる者と対等に話せる権威などはもちろんなく、突然の事態に、もはやテルよりも臣下らしい臣下な態度を見せる。

 それがやけに似合うのは、トルミットの生粋がそうだからかもしれない。


 ゼリファを先頭に一同が裏門へと向かう。第四姫の横にはテルとリズ。後ろから一歩引いたところにヤックとトルミット。その後ろをメコ叔父、トビルなどの村民が追いかけ、最後尾には盛大にあくび中のキニャ、お日様のもとでうーんと背筋を伸ばす小さなユビ、そんな二人を愛らしいマヌケ顔で追うプカプカが続く。


 カカンコン。カツン、コンコン。徐々にはっきりと聞こえてくる裏門からの異音は、カパジーラ山頂村にいる者は良くも悪くも慣れてしまった。

 他方、便りで「魔生炉ファナスの調整求む。場所は護国都市アード、カパジーラ山頂村」とだけ伝えられ、村の現状を知らぬトルミットの顔はこわばっていく。


「ロ、ロックトード!? め、珍しい。彼らは自然豊かな山際にしか……ああ山」

 丸太の階段を踏みしめ、裏門の向こうを見渡し、青年は一人驚き納得する。


 魔生獣マニマルに精通するマナマギストは自然種ナチュラの発見・観測はもちろん、リズのような配合種クリーチの研究にも従事しており、多くの者は種別を判別できる知識を持つ。

 ただ、カエルたちのささやなか攻勢は、トルミットの目にも不思議に映った。


「彼らはいったい、なにをしているのでしょうか? ロックトードは通常、生物を襲わない温厚な自然種ナチュラそのもののはずですが……実に、興味深い光景ですね」


 探求意欲か、目を輝かせる青年にゼリファが「それどころじゃありません」と抗議の視線でねめつけると、トルミットの興奮もさすがにしおれる。

 多数の人間たちに、裏門の上から見下ろされているロックトードは全部で六匹。どうもトルミットを迎えている最中にも増えていたらしい。


 まるで見られることに慣れた大物、もしくは愚鈍な鈍感さの現れか、こちらをまるで気にしないいつものそぶり。今日も今日とて小粒の岩を地べたから口にはみ、進路に立ちふさがる丸太壁に吐き出し続けている。


「トルミット、見えますか。彼らがやってくる崖道の先の洞窟が。あの穴です」

 ゼリファが裏門の上から指さした方向には、岩山に開いた暗い穴がある。

 そこがカパジーラ山頂村のマナ噴出地点であり、魔生炉ファナスの設置箇所だった。


「到着後すぐで申し訳ありませんが、今からあそこに向かいます」

「で、では、このロックトードの群れを突っきるのですか……?」

 カエルの数は六匹。危険はないはずだが、岩を吐く姿に危機感を覚える。


「そこは私やテルがどうにかします。あとは……キニャっ! 来なさいっ!」

 丸太壁の下。あくび混じりの「あん?」という返事が聞こえてきた。

「最後の仕事です。洞窟に向かいますよ。プカプカを連れて、ついてきなさい」

「え~」

「えー、じゃありません! 早くついてきなさいっ!」

 他人事を決め込もうとしていたキニャの顔に、面倒な香りが漂う。


 恐ろしく緩慢な動きはコソ泥娘なりの抗議か。キニャがゆったりと裏門の丸太階段を上がり、ゼリファとテルの間に入って、プカプカを片手で仰いで呼ぶ。

 頭をすっぽり覆っている白いローブの頭頂部、ねじれた小さな二本角にはユビがつかまっていて、馬車馬を働かせているつもりか小気味よく嘲笑中。


「では、行きます。テルとリズは門前の露払いをお願いします」

「承知だ。ほらリズ、一緒に行くぞ」

「ヒシュ!」

 大槍を右手につかんだ騎士とフリーズハイドラが、丸太壁から飛び降りた。


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