護るよ、カパジーラ山頂村!(5)
食卓に不釣り合いな大槍を手にしたテルを見て、ほかの者たちも察する。
「は? なに、またカエル出たの?」
キニャがうんざり顔を隠さずさらけだすと。
「あやつらも肉になれば役に立つんじゃがな。魔生獣ってのはつくづく食えんの」
メコ叔父がブツブツと愚痴る。
裏門のかすかな異音を察知したリズの健気な視線を、テルは片手で押しとどめ、そのまま一人で家を出ていった。屋内にいてもプカプカとリズ、ゼリファとテルにだけは、コツン、カツンという衝突音の発生に気を配っている。
村にやってきた日と比較して、ロックトードの襲撃頻度も増えてきた。
口数の少なくなったゼリファを前に、ヤックら男どもが自宅ながらも居心地を悪くするなか、キニャは「あーめんどくさ」とばかりにつまらなさそうな顔をして、木の器に注がれたイワジカと高山野菜の煮込みをパクパクと口に運ぶ。
ほどなくして、声も笑みもなく、みなの食事が終わる。するとテルが出ていったときと同じ姿で戻ってきた。泰然とした様子からして問題はなかったようだ。
「テル、ロックトードの様子は」
「問題ない。さばいてきた」
護鳥騎士が大槍を背から取り外し、壁にかけ、自分の席に座る。
「食事、温め直しますね」
「悪いな、姫さん」
「私おかわりー」
キニャがずうずうしく便乗。
「よく食べますね。ヤックさん、メコさん、トビルくんはいかがですか」
「いや、俺はもうけっこうです。大変おいしゅうございました」
メコ叔父もトビルも右に同じくと、ヤック家の男たちは辞退した。
一週間前はもっと食べ盛りであったが、彼らもここ数日は食が細い。
騎士さまとコソ泥娘の食事を眺めているのもなんだと、ヤックらがそれぞれの手仕事をしに自室に戻ると、食卓には憂い顔のゼリファ、黙々と食べるテル、辛気くさい顔にイラつきつつイワジカを頬張るキニャと、魔生獣たちが残された。
ユビはプカプカにちょっかいを出して遊んでいる。リズはキニャの投げっぱなしの白いローブにすり寄り、ヒシュヒシュとうれしそうにのどを鳴らしている。
「ちょっとゼリファ。あんたの白ヘビどうにかして。着物が汚れるでしょ」
「リズは白ヘビではありませんし、汚くもありません。まったく、何度言えば」
れっきとした竜種のフリーズハイドラをけなされると、ゼリファは怒る。
「きっと、あなたのローブの白鱗が気になるのですよ。リズは雪吐き竜とガーディアンウルフとの配合種ですが、その血脈は白竜の骸、禁域四頁【氷誕凍生】氷滅竜ブリザード・ハイリッシュドラグーンに由来しておりますので」
えっへん、と。自信満々とはこのことだとばかりに姫が威張った。
「禁域四頁って……創海神話の?」
「そうです。魔生獣の原種とされる、禁域指定種の氷滅竜です!」
姫が子供のように威張る。
「テル、あんたんとこのお姫さま、頭に毒でもかかってんじゃないの」
「姫さんは護鳥信仰の強信者だからな。この手の話になるとウゼえんだ」
「ウソではありません! リズはれっきとした氷滅竜の末裔なんですから!」
初めてゼリファが年齢相応の、ややそれよりも幼い顔を見せると。
「護国大陸の生命はすべて、【創海女神】マナセリア・エーテルピュアオーシャンが大海に青きマナをもたらしたことで誕生しました。そして我ら力なき人類を守護すべく、女神より生み出されたのが【人地護鳥】エンドレイル。かの大鷲竜は護国に住む人々に安寧をもたらし、今日まで続く護鳥信仰の象徴として語り継がれています。さらに時は太古、地界より現れし【地星僭称】歪獣シキシが地表に混沌を招き、護鳥の羽より生まれし【白鱗大竜】白竜ルーダがその身を賭して歪獣を討ち滅ぼしたあと、その白竜の亡骸より生まれ出でし者こそ――」
「ブリザード・ハイリッシュドラグーンでしょ? 聞き飽きたわ」
「んもうっ! 私に言わせてくださいなっ!」
いいところをコソ泥娘に盗まれ、第四姫が幼子のように憤慨する。
創海神話は、護国大陸の成り立ちを語る伝承として広く知られている。
それは決しておとぎ話ではなく、事実の口伝である――という触れ込みで。
女神は海にマナを宿し、命を誕生させた。命は大地にも沸き、それらを守護する護鳥が生まれた。しかし、マナで地脈を乱された地星は激怒し、危機を感じた護鳥が白き羽から白竜を生み落とすと、白竜は地星と相打った。その後、白竜の骸からは氷滅竜、魂からは炎滅竜が誕生し、地星の怨嗟からは渇砂海原と奇怪機械が生まれ、残りの死骸は腐り落ち、戦地に開いた大穴で、毒底尖兵に分裂した。
渇砂海原と奇怪機械は氷滅竜に破れるも、戦いに疲弊した氷滅竜はその隙を突かれて毒底尖兵に闇討ちされ、大地に身をさらした毒底尖兵は、怒りの炎滅竜に焼き尽くされた。そして氷滅竜の死骸とマナがこの世を凍えさせてしまうことを憂い、優しき炎滅竜はその身を天の陽と化して、この世界を長らく照らしている――。
これが護国大陸の誕生を現す創海神話であり、その成り立ちで語られる女神ら、いわば神聖化された原種の魔生獣が「禁域指定種」と呼ばれる。
……とはいうものの、実際にその存在の痕跡を確認されているものは、禁域一頁【人地護鳥】。禁域四頁【氷誕凍生】。禁域五頁【融解炎土】。禁域六頁【渇砂海原】。禁域七頁【奇怪機械】。禁域八頁【毒底尖兵】のみ。
肝心の女神と歪獣、ゼリファが駄々をこねている、リズの先祖だというブリザード・ハイリッシュドラグーンを生んだ白竜ルーダについては、痕跡がなにも発見されておらず、細部については歴史の詩人の創作であるとの見解が強い。
「ですから、リズにはローブの白鱗が、亡き白竜を感じさせるのでしょう」
「いい迷惑だよ。私のローブ、竜どころか深穴ヘビの鱗だし」
答えを聞いても、リズはキニャのローブの上でご満悦だ。
「それと、あなたが盗んだ白のマナ結晶は、私が護鳥騎士団に嘆願された――」
「脅迫な。王族特権の」
「コホン。たんがん! されたもので、アード近くの村跡地で見つけたものです」
ゼリファの熱弁は加速する。
「昔、劇毒に沈んだマイティロット村跡地には、【人地護鳥】エンドレイルの生まれ変わりが舞い降りたとされています。そして現在、護鳥騎士団第一隊には、護鳥を彷彿とさせるその大鷲竜の魔生獣がおります。つまり、あなたが盗んだ希少な白のマナ結晶に、創海神話にうたわれる護鳥との関連性があるのならば、彼がなんらかの反応を示すはずなのです。さすれば護国は今一度、エンドレイルを向かい入れられるかもしれない……そ・れ・をっ! あなたという子はっっっ!!!」
回りくどい話の先で、急に矛先が向いてくる。おかわりでお腹いっぱいになったキニャは、ゼリファの話を半分も聞いていなかったので雑に返す。
「へいへいへい。私がわるぅございました。帰ったら返すから、早く帰してよ」
「帰すわけないでしょう! どこに消え去るとも分からないのですから!」
「アレは護鳥騎士団には大切なもんだからな。逃がさねえぞ、コソ泥娘」
興が乗ったか、あるいはそれほど重要な物なのか。テルも珍しく便乗する。
「仮に眉唾の骨折り損でも、白いマナ結晶ですからね。希少性は高いです」
「おめえが一生牢屋に入っても償えるか分かんねえもんなのは確実だ」
「わ、分かったって! ちゃんと返すから! そんな怖い顔すんなぁ……」
ウソの半泣き仕草で懇願すると、二人も見せかけの怒りを収める。
「そもそも、あなたはなぜ盗みなどしているのですか。プカプカもいるのに」
焦点が移り変わり、それぞれの顔色も変わる。
「お金がほしいからよ。それだけ」サラリと言い返す。
「それなら悪事に手を染めずとも、やりようはいくらでもあるはずです」
真っすぐな言葉にも、「それじゃ遅いもの」と一言。
「今こうして私に捕まったように、結果的に人生を遅滞させるのが悪事なのです」
ゼリファは真剣な顔で、まるで妹分にするように誠実に諭したが。
「――いつもビスケッタを持ってるような、あんたらお姫さまとは違うのよ」
初めて、キニャは本物の敵意を返した。




