護るよ、カパジーラ山頂村!(4)
異変があった深夜の明け方から、ロックトードたちによる裏門へのささやかな攻撃がはじまった。カエルがやってくる時間帯は朝昼晩と変わらずだが。
コツン。カンッ。石吐きによる耳障りな衝突音が、村中で鳴りやまない。
「あまり、よくはない空気ですね」
「山の上で言ってやるなよ、姫さん」
客人と言えば客人であるが、いまや村長のヤックを差し置き、カパジーラ山頂村の中心でもあるゼリファの結論はブレはじめていた。
早朝、ロックトードたちの丸太壁への攻撃が止んでいないことを視認した彼女は、魔生獣退治を一時的に中断すべきだと主張し、村民もそれに従った。
しかし、平穏な生活にケチをつけるロックトードの石吐きは、村のなかに甲高い衝突音を絶え間なくまき散らしてくる。山風の強い日でもなければ、基本的に物静かな山頂村では、耳に触りやすい異音として聞こえた。
それらは到底、堅牢な丸太壁を打ち壊せるものではない。だが、自分たちが攻撃されている音を聞き続けてしまうことに、村民は焦燥感に駆られていった。
そうしてその日から、彼らの意見も分かれはじめた。
「あいつらには敵意があるんだ! こうなったら掃討すべきだ!」
「退治したから敵意を持たれたんだ! もう放っておくべきだ!」
どちらも間違いではなく、誰にも正解は分からない……が。
夜分の異音に苛まれはじめた女性や子供が泣き出す事例も増えて、日和見は難しくなった。そこで第四姫と村民が選んだ結論は、どちらつかずの妥協案。
「うー、さっぶ。ほらプカプカ、さっさと【ぶつかれ】」
「ギギャ!」
キニャの命令に、どデカい破裂トカゲが体当たりを繰り出す。
ロックトードはプカプカの質量に負け、崖の下にピューンと落ちる。
山頂から見える地平線に夕日が差しかかった、暗くなる前の時間帯。
キニャとプカプカ、それと壁向こうで戦い終えたプカプカを引き上げる男衆が、裏門での一仕事を済まし、かすかな疲れを顔に浮かべて帰っていく。
村の出した結論は、朝と昼間は手を出さない。夕方は不安を抑えるために退治。暗くなったら、戦闘能力に優れるテルが見回りをし、異音の元凶を排除する……といった折衷案であった。夜目が効くリズも適役ではあるが、そこは姫と従者。
お付きの騎士たるテル・クルスは、決して第四姫に役を譲りはしない。
けれど、聴き耳で気配を察するだけの力を持つゼリファが裏門の状況を無視するのは難しく、もしもを考慮して、真夜中でもテルに付き添っている。
村民も日々の心労が蓄積されてきたころだが、ゼリファにせよ、ここ数日は心安まる睡眠を得られておらず、誰も彼も顔に疲れが浮かびはじめている。
「はい、終わり終わり。戻ってきなプカプカ」
そんななかキニャだけは、そしらぬ顔でうんざりしている。
当初の目的であった逃避行はすでに破綻し、ゼリファへの負い目で、なし崩し的に雑用を強いられている日々。悪いのは彼女自身のせいだが、面倒なものは面倒。あとの怖さはあるが、村から逃げる意志は固くなってきていた。
「……ったく、やつら毎日毎日、裏門に死ににきてんのか」
「もううんざりだ。カエルたちにも、うちのカミさんにもな」
「いっそ俺らで魔生炉を叩き壊しにいくってのはどうだ?」
男衆が辛気くさくぼやきつつ、プカプカを引き上げた縄を畳んでいる。
「ギッギャッギャ!」
「うっさいプカプカ。お腹へったし、さっさと帰るよ」
「ギギャッ」
相棒の活躍には、鈍色の指環をはめた左手をぞんざいに振るだけ。
「かー、キニャはとんだリーダーさまだな。プカプカがかいがいしいったらねえ」
「俺があんな使いっ走りさせられたら、すぐにでも故郷に帰っちまうところだ」
「キニャちゃんよう、もっと愛情を持て、愛情を」
「うっさいおっさんども」
最近は村の男たちも、こき使われるプカプカに同情的である。
夕飯どきの一仕事を終え、みなそれぞれの家へと元気のない足取りで戻る。
キニャも白いローブをはためかせ、外套の背中についている細長い尻尾をかわいらしくも小憎たらしくチョロチョロと揺らし、ヤックの家に帰った。
「うるわしきゼリファ姫さまやぁ。カエルたち、ぶっ殺してきましたよーっと」
「ご苦労さまです。ちょうど夕食ができましたので、手を洗ってきなさい」
家の扉を開けると、青つなぎにエプロンをかけたゼリファがお出迎えする。
「は? なに、ゼリファがご飯作ったの?」
「ええ。これでも旅路の最中、腕を鍛えてきましたからね」
「ほー。さよーで」
マズかったらボロクソ言ってやると、意地の悪い胸を膨らませる。
食卓にはすでにテル、ヤック、メコ叔父、トビルが椅子に座っている。
彼らは「姫に食事作りなど!」と恐れ多くも反論したが、言い負かされた。
魔生獣であるユビが「食べ物が必要だなんて、人間ってほんと不便よねー」と、プカプカとリズにちょんちょんとちょっかいをかけるなか、キニャは寝床としている食卓脇に白ローブを投げ捨て、水桶でサッと手を洗い流し、ゼリファとヤックの間の席に座る。一週間以上もすごしていると席順は自然と決まってきて、生活態度のよそよそしさも抜けてきた。キニャに関しては最初からだが。
「ゼリファ、なに作ったの。お昼に誰かがイワジカ狩ったんでしょ」
「はい。ですから、雪人参と崖芋と一緒に煮込んでみました」
護国のお姫さまが、見惚れるような絶品の笑顔で返すのも。
「はー? また煮込みぃ? せっかくなんだから焼けよお」
「そういえば、アードではキノミクイの焼き物が盛んなんでしたね」
「そーそ。もう、ゼリファは気がきかないったらないんだから」
アードの名物、キノミクイの串焼きが恋しくて仕方ない今日このごろ。
護国王家の第四姫、ゼリファ・ミトス・クリンティアは民衆との距離感が近い。それゆえに親しまれていると広く知られており、ヤックたちカパジーラ山頂村の住民にも気安さは生まれはじめているが、さすがに礼節を先んじている。
その点、負い目があるはずのコソ泥娘ほど無礼な者は、さすがにいない。
「キニャさんって、ほんと恐れ知らずというか、世間知らずというか」
「トビル。目上のお姉さんに失礼だぞ」ヤックが形だけ叱る。
「……まったく、村がこんな状況だというのに」メコ叔父もブツブツ。
キニャとゼリファの間柄については、村民たちはまだ詳しいことを知らないが、「キニャがなんかやったらしい」とは察している。そしてキニャがキニャだけに説教するだけ無駄だろうと、最近は注意することも諦めている。
育ちの悪そうな雑な振る舞いは、村の者たちには愛嬌として付き合いやすいが。よくもまあ、王族相手に同じ態度を取れるものだと感心すらするほどだ。
「あっ、キニャ! 勝手に盗み食いはやめなさい!」
「味見だって味見。んー……んん、なんか味足りなくない?」
「そうですか? そんなことないと思いますが」
「足りないってば。んーと、あれどこだっけ。プカプカ邪魔、そこどきな」
「ギギャ」
がさごそ。キニャがプカプカの背負い袋をあさり、黄色い木の実を取り出す。
「これこれ。砕いて入れて」
「テネグリの木の残し実ですか。たしか、甘い果実ではありませんでしたか」
「そうだけど、絶対合うから。うちの頑固オヤジの直伝」
そう言われたゼリファは多少ためらうも、素直に木の実を包丁で砕く。
柔らかな果実からは甘い果汁が飛び出したが、それも丁寧に鍋に移す。
「ねね、どうよ」
「ペロッ……あら、おいしい。単に甘くなるわけではないのですね」
「お姫さまはまだまだだねえ。金払うんなら、料理教えてやんなくもないよ」
「でしたら先に、私のマナ結晶をお返ししてもらっていいですか?」
「……ケ、ケッヒヒ! 冗談、冗談ですってゼリファ姫さまぁ!」
調子に乗りすぎて、藪を突いてはへりくだる。毎日目にする一幕だ。
けれど、その姿に安心する者は多い。不安の源であるロックトードが裏門にはびこるなか、元気を失いはじめている村の者たちには、真面目な金髪姫と不真面目な灰髪娘のかしましいかけ合いが、若者の少ない村でほほえましく映った。
カパジーラ山頂村にも女や子供はいるが、女性は若くて四十半ば。子供もトビルほどの少年少女が六人ほどいるものの、十代から三十代までの村民はいない。
それらの年代は山を下りて、護国都市で生業を持ち、それぞれのワケでここに戻ってくる者が大半だ。山頂村となると、村民もそんなものである。
「これでよしですね。皆さん、夕食ができましたのでさっそく――」
主婦なお姫さまが、男ばかりの食卓に告げた瞬間。
「――ッ!」一転、表情を険しくするが。
「いい。姫さんは先に食ってろ。俺が行ってくるよ」
テルが、壁にかけていた白い大槍に手をかける。
第四姫に許されたわずかな日常も、裏門の魔生獣は考慮してくれない。
イワジカのお肉:塊あたり850コル




