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護るよ、カパジーラ山頂村!(3)

 この日は昼前、昼後、さらに夕方前の計三度、カパジーラ山頂村の裏門にロックトードが出現した。カエルたちは相変わらず、岩のような灰色の肌を生まれたままの姿で晒しながら、ペタペタと足音を立てて裏門に近づき、とくになにをするでもなく立ち往生。ガゲゲ、ガゲゴ、ゲガゲと声帯をうならすだけだった。


 戦闘や死傷のない、言ってしまえばそれだけの害ではあるが、村民たちの心情をいやに撫でつけてくることには違いないため、そのたびにキニャがよこされては、プカプカがかいがいしく働き、体当たりで崖から追い落としていく。


 山頂とあり、天陽が沈むのも早い村。あたりが暗くなると、キニャが高山野菜ばかりの夕食に毎日難癖をつけ、ゼリファがたしなめる。

 日が経つごとに無礼になっていく客人にメコ叔父はムッとし、ヤックは苦笑い。トビル少年も年上のコソ泥娘に慣れてきて、逆に大人な対応を覚えた。


 そんな一日が終わりを迎えた深夜。村の状況が変わった。

 はじまりは、コツン。カンッ。コツ。ガンッ。奇妙な音だった。


「ギギャ?」

「ヒシュ」

 いち早く勘づいたのは、魔生獣マニマルのプカプカとリズ。それと。


 コンコン。「姫さん、寝てるか?」。テルの警戒した声。

 護衛騎士がゼリファに割り当てられている、トビルが使っていた部屋の扉を叩くと、少々寝ぼけ眼ながら、第四姫が白銀甲冑を身にまとった姿で出てきた。


 足元には、深夜でも元気のいいリズがすり寄っている。

 元気というよりは、すでに臨戦態勢であるが。


「すみません、少々眠っておりました」

「それだけ準備できてんなら上等だ。さっきの音は? 耳にしたか?」

「聞こえました。裏門のほうですよね」

「上出来。姫さんも聴き耳は騎士並みだな」

 屋内は壁でさえぎられているが、テルに答えるように、裏門側へ視線を向ける。


 誰もが寝静まった深夜。蝋燭の火も落とされたヤックの家のなかで明かりとなっているのは、テルとゼリファの装備品である、二つの「マナランタン」。

 ガラス瓶に半分ほど詰めた、極小粒なマナ結晶に青白い光がともっている。


 二人が瓶を定期的に振ると、中身のマナ結晶がカラン、コロンとぶつかりあい、青みががった発光反応を見せた。一般庶民にはかなりお高い値段のこの照明灯は、マナ結晶が砂ほどの粒に細分化されない限り、半永久的に使用できる。


「さすがにロックトードが侵入したわけじゃねえだろうが、見にいくぞ」

「私も行きます」

「分かってますっての。そこまで準備されたら、姫さんはどうせ聞き分けねえさ」

「ふふ、王都を出立したころよりは良き騎士になってきましたね、テル」

「誰のせいだか。ったく行くぞ、ゼリファ」

 騎士のぼやきに、リズだけが「ヒシュ」と返事をする。


 二人はマナランタンの明かりで足元を照らし、真っ暗なヤックの家のなかを物音も立てることなく進む。そして、外への扉がある食卓に踏み入れると。


 ズビー。うむむ。ズピー、むにゃむにゃ。ケッヒ、ケッヒヒ。


「……こんなのでも見なかったことにしてあげたいくらい、淑女失格ですね」

「よく言う。姫さんだって大概だぜ」

「殴りますわよ?」


 ヤックの家には台所を含む食卓、ヤックとトビルの二人部屋、メコ叔父の部屋、ゼリファが借りたトビルの部屋、テルが借りた物置部屋がある。


 しかし、客の人数分の部屋は足りなかった。

 そのため食卓の脇、空いたスペースを寝床にしている者たちがいる。


「んー……んもー、こんな夜中にどうしたの二人とも」

 小さな右目を、小さな右手でこする、木籠と布巾のベッドから起きたユビに。


「ギギャ」

 どっぷり太った白黒巨漢で、ちょこんと床に寝そべり気味なプカプカに。


「ケッヒ、ケッヒッヒ。ケッヒ……うぐっ、ぐすっ、ズズズ。ズビー」

 相棒の真っ白で柔らかなお腹に体をあずけ、寝言を立てるキニャ。

 彼女らについては部屋数が足りず、食卓近くで雑魚寝していた。


 乙女とは言いがたい寝相を見せる十七歳女子。二歳年上のお姉さんなゼリファはやれやれと頭を振りつつ、至って丁寧に、キニャの肩を揺らす。

 それをご主人さまへの害とは見なしていないのか。プカプカは邪魔することなく、小さな小さな両目のいつものマヌケ面で、ゼリファの行いを眺めている。


「キニャ。起きてください」

「ううーん、ううーん、ううー……ん……あー?」

「起きなさい」

「あー……ふぇ。ジュルル……あー、えっ……なにっ!? なにしてんだクソ姫!?」

 まるで寝込みを襲われたとばかりに、キニャが飛び起きる。


「なっ、あんた! 寝てる間になんか盗む気!? 最低! 最低だなクソ姫っ!」

「ハァ、くだらない言いがかりはよしなさい。あなたじゃあるまいし」

 キニャが住んでいるアード外郭市では、今の一幕は窃盗の常套手段である。


「なんなの朝っぱらに……いや朝じゃないじゃん。夜中じゃん。もうなんだよお」

「裏門から異音が聞こえます。今から見にいきますよ」

「あっそ。いってら。んじゃおやすみ。帰ってくるときはコソコソしてよね」

「なに寝ぼけたことを。わざわざ起こしたのですから、キニャも来なさい」

「は?」

 と、最大限の不審な目つきで第四姫に無言のメッセージを飛ばすも。

 キニャは寝ぼけ半分で白のローブを着せられ、肩を引っぱられてしまった。


「ちょ、ちょっと、強引だってば! プカプカっ! こいつぶん殴れっ!」

「ギッギャッギャ」

 怒鳴り声の主とは違い、プカプカの鳴き声は深夜にあわせて控えめだ。


 三人と二匹、ついでにゆらゆらと頼りなく飛んでついてくるユビが、マナランタンの青白い明かりを頼りに家を出て、深夜のカパジーラ山頂村を歩いた。


 あたり一面の暗闇。空の星々はきれいに輝いているが、森林に囲まれる村とあって天の明かりも頼りない。夜目を作っていない人間には足元すらおぼつかないが、ゼリファとテルは騎士訓練で養った踏破力で、リズやプカプカは魔生獣マニマルの感知力で危なげなく歩いていく。あとを追うキニャだけがおっかなびっくりだ。


 広場をすぎて、村の家々を抜けたころ、キニャの耳に異音が聞こえてきた。

 それは、コツン。カンッ。ガンッ。なにか小さなものが丸太壁に当たる音。


「……なによ、この音」

 目の前で金髪を揺らしている、白銀の甲冑の背中に問いかける。


「私の予想が正しければ、おそらくは――」

 ゼリファとテルの明かりが、眼前の壁を光らせる。裏門の丸太壁だ。

 足場を探り、二人が壁を登り、裏門の先にマナランタンを持つ腕を掲げると。


「ガゲ。ベッ」

「ゲゴゴ。ウベッ」

 暗闇の宙に、二匹のロックトードの顔だけが薄暗く浮かび上がった。


「うえっ! キモっ! てゆうか……こ、こわっ」

「ロ、ロックトードの生首みたいだよー……」

 追いついたキニャとその頭部にいたユビが、気味悪いカエルの顔に恐怖した。


 夜目が効いてくると、二匹のロックトードの全身もおぼろげに見えてきた。

 それは昼間に見た個体と違いがない、子供サイズのカエルの全身だった。


 しかし挙動が違っていた。カツン。コンッ。かすかな衝突音。ロックトードたちは口からなにかを吐き飛ばし、堅牢な丸太壁にぶつけては、地面に顔を近づけ、長い舌で器用に舐め取り、また吐き付ける行動を繰り返している。


「あれは……岩石、でしょうか」

「あまり考えたくはないが、こいつらこの壁を壊すつもりか?」

 姫と騎士の見解に、キニャもなにが起きているのかをようやく悟る。


 ロックトードが吐いているのは、城壁を崩す砲弾でもなければ、すべてを焼く火吹き竜の火炎でもない。そのへんに転がっている、ただの小石。そんなものいくらぶつけられたところで、カエルたちの吐き飛ばす力では壊れるわけがない。

 わけはないが。深夜の暗黒のせいか、言い知れぬ悪寒を感じる。


「ねえゼリファ。こいつら夜中に戦争でもしにきたわけ?」

「ロックトードは自然種ナチュラですから、害意は持たないはず……ですが」

「じゃあ、これなんなのさ」

「……分かりません。分かりませんが、勘案する必要はありますね」


 数日間、一方的に駆除していたロックトードたちが初めて見せる、害意にも似た行為。ゼリファもテルも周囲を見通すのは不可能なことから、裏門の先にいるカエルには手を出さず、数分ほど彼らの行動を見つめたあと、キニャを連れてヤックの家へと戻った。カツン。コツン。小石が丸太壁にぶつかる矮小な音。


 その音は、プカプカやリズの耳には、朝日が昇るまで聞こえ続けた。


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