護るよ、カパジーラ山頂村!(2)
裏門からの帰り道、村の東側。岩場のため池で、村人が山頂から流れてくる山水を木桶にすくい、それぞれの家屋に運んでいた。そこに時折イワジカという野生動物が降りてくると、村の男たちはロックトード退治よりも精を出す。
カパジーラ山頂村の主な食事は、村の西側で耕されているクセのない高山野菜の煮込みものが中心のため、貴重な肉食の機会は、自らの手でもぎ取るのだ。
「キニャぁ。キニャぁ」
ヤックの家に戻ると、茂みインプのユビが自前の二枚羽で飛んできた。
人の生活になじんできた彼女は、今や寝るときも草むらに帰らない。
「なによ。好物の虫が食べたいとかだったらトビルに頼みな」
「もー、魔生獣は食べないし、そんなこと言わないわよ! 失礼しちゃうわっ!」
「ギッギャッギャ!」
「プカプカも笑ってんじゃないわよ! いっぱい失礼しちゃうわっ!」
緑色のサラサラ髪をなびかせ、キニャたちの弄りに抗議する。
ユビの言語は大したものだった。護国大陸にはさまざまな人種・部族が存在するため、場合によっては人同士でもカタコトな意思疎通しか図れないこともあるが、その点、手のひらサイズの茂みインプは違和感なく人の言葉に精通していた。
疑問に思ったキニャも直球で尋ねたが、ユビいわく「そんなの生まれたときから知ってるわ。いつ生まれたのかは覚えてないけどね」とのことだ。
「そうじゃなくて、リズがキニャのこと探してるよー」
「はーっ! もう勘弁してよあの白ヘビぃ。寒いったらないんだから」
「あっはは。キニャも魔生獣には気に入られるんだねー」
「勘弁してよ。あのクソ姫になにされるか分かったもんじゃないじゃん」
キニャが先ほどよりもげんなりした顔で家屋に入ると、ユビの言うとおり、扉前で出待ちしていたリズが「ヒシュヒシュ!」と足元にすり寄ってくる。
目線を上げると、食卓には目の前でコソ泥娘に懐くリズを不機嫌に見つめるゼリファと、興味なさげに状況確認だけして、すぐに視線を外したテルがいた。
「……あなた。リズに変な薬でも飲ませたりしてないでしょうね」
白銀甲冑を身に着けていない、青つなぎだけの姫ににらまれる。
「してないわよ。甲斐性なしの縄持ちがイヤになっただけでしょ。ケッヒ!」
「お黙りなさい。リズも迷惑ですよ、キニャから離れなさい」
「ほら。ご主人さまのとこいけ白ヘビ。シッシッ」
足元にすり寄ってくる他人のリードを、キニャが雑に振り払う。
「ヒシュゥ……」
リズは悲しげに離れ、ゼリファの足元に戻っていく。
「ギッギャッギャ!」
それをプカプカがバカにするように鳴く。飼い主ともども性格が悪い。
フリーズハイドラは魔生獣としては希少種で、生態系というほどの個体数は確認されておらず、魔生獣の情報を統括するリーダーズ協会であってもそれほど特性の研究は進んでいない。だがリズの場合、種族特有の人懐っこさというより性格なのだろう。けれどもゼリファはこれまで、リズがこうも過剰に懐く他者を見たことがなかったため、当の相手が相手だけに、ちょっと頭が痛かった。
キニャにせよ、鼻持ちならない第四姫の顔をブスーっとさせることができるのは優越だが、他人のリードに過剰に懐かれても困るものがある。
「ヒシュゥ……」愛嬌のある目元で、悲しさを表現するリズ。
「よしよし。やっぱり人間ってダメだねー」ユビが励ます。
ユビは、プカプカやリズたち魔生獣とも対話できる。感情表現くらいなら相棒の機微をキニャもゼリファも読み取れるが、言語表現となると不可能だ。
魔生獣同士の対話は正確には言語ではなく、より根源的な音韻表現であるため、ユビの意訳も多分に含むようだが、彼女に「プカプカがほめてって」「リズが眠たいって」とコミュニケーションを通訳されて初めて分かることもあった。
誰よりも身近にいる相棒の声を言葉として聞ける生活は、キニャにとってもゼリファにとっても新鮮だった。一方で、すこしばかり複雑な気持ちもあるが。
「それよりキニャ。裏門のロックトードはどうでしたか」
場を取り直すようにゼリファが尋ねた。
「どうもなにも、いつもどおり。崖からぶっ飛ばして終わりだよ」
「そうですか。依然、魔生炉から湧いてしまっているのでしょうか」
「じゃないの? さっさとマナマギストよこしたら」
「仕方ないでしょう。おそらく、魔生炉研究の定期集会の月なのですから」
護国大陸クリンティアにおいて、魔生獣の存在感は非常に大きい。
海底で発生した生気「マナ」は、海脈を通じて護国大陸に届き、大地に根ざすことで、海沿いどころかカパジーラ山頂村のような高山にまで行きわたる。
マナ自体は人体に影響はないが、野生生物に影響をもたらし、自然との融合、あるいは生物由来のマナを生体化させ、魔生獣を生むとされる。とくに純度の高いマナが大気にあふれると、周辺の生態系に急激な変化を生んでしまう。
そこで護国は、マナで精錬した特種鉱物を用いた井戸「魔生炉」を設置し、マナが湧く箇所の影響力を調節してきた。炉を通してマナを排出することで、その性質をゆるやかにさせ、周囲への影響力を軽減しつつ環境を維持するのだ。
「あのキモカエルさあ、もう絶滅させていいんじゃない」
「なりません。自然種への過剰な干渉は、生態系を崩す恐れがあります」
魔生獣には大枠として「自然種」「配合種」「変異種」が存在する。
「自然種」は、大気のマナと融合して自然発生した魔生獣のこと。現存する魔生獣の大半はこれに当たる。自然種は一般動物の生態を強く遺伝するか、マナ由来で形状や特質に変化がもたらされるものの、基本的に攻撃的ではない。
それは彼らが「食事を必要としない生物」であり、生まれながらにして食物連鎖のヒエラルキーから外れた生態系であることで、他の生体を害する本能を持たないためだ。それだけに、人は自然種とはいさかいなく共存できる。
「カエルたちも大変よねー。せめて私くらいかわいければよかったのにねー」
身近な例だと、ユビが正しき自然種と言える。
ロックトードに関しては、岩のような灰色の肌をした子供大のカエルだが、ゼリファの知るところ、カパジーラ山頂村のような高山地帯に発生する。
その生態は、小粒な石や岩石を口に含み、食べることなく吐き出すだけ。鉱石由来の栄養摂取とも思われるが、食事をしない以上、解明されてはいない。岩石由来であろう体色と性質も分かりやすい、危険性のない自然種そのものだ。
耳障りな鳴き声と不気味な両眼の動きが気に障るだけで、害という害はない。
「リーダーズ協会によれば、自然種の排斥は変異種の発生につながるそうです」
「べつにいいじゃん。キモカエルだってすでに害なんだし」
「それは人の勝手な都合でしょう。それに害と言えど――」
「だってキモイじゃん?」
「……それこそ人の都合です」
護国で厄介な存在は「変異種」だ。こちらは魔生獣同士が自然界で偶発的に融合した種だとされ、その多くは危険生物である。食事の必要性は自然種と同じくないのだが、他の生体への攻撃的性質を備えている。それゆえに、攻撃のために攻撃する獣と化しているため、護国大陸では優先的な駆除対象とされた。
そして、その役割を担うのが護国衛士隊であり、護鳥騎士団であり、ゼリファたち魔生獣との簡易契約を済ませたリーダーとリードなのである。
「姫さん。お茶いれましたよ。ほら、コソ泥娘も飲め」
「テル、ありがとうございます」
「ありがと、って、あっつ!」
女性らの会話の輪に入ってこないテルも、騎士団の実力者の一人だ。
人類と魔生獣との共存の観点では「配合種」の存在も大きい。
配合種は魔生炉近くで意図的に、もしくは偶発的に誕生した魔生獣であり、危険因子を人為的に廃絶するようコントロールされた変異種とも言える。
魔生獣は本来、生きること以外に目的を持たない。そこは護国大陸中で生きている野生生物となんら変わりがない。しかし、彼らにリードとリーダーの関係をはじめ、農作用途、積み荷の積載、愛嬌を生かしたペットとしての役割を与えることで、人間に都合のいい経済動物として利用してきた。
なかでもリズに関しては完全なる配合種であり、護国王都リユニオルに本部を構えるリーダーズ協会が、王族用にと直々に調整した献上品だ。
そしてゼリファは幼きころ、人懐っこいフリーズハイドラと出会い、王命を成すよりも広き世界への思いを膨らませ、武芸や学芸の方向性を定めた。
「こうも発生するならば、しばらくはロックトードを放っておくのも得策ですね。自然種の彼らをあまり駆除しすぎると、なんらかの反発が生まれかねません」
思慮するゼリファの横顔は、護国民のことを心から思うお姫さまの憂い。
「えー。だったら先に言えよお。これじゃあ私、タダ働きじゃん」
「キニャ、あなたはそもそも仕事の依頼でカパジーラ山頂村にきたのでしょう」
「それはそれ、これはこれ。論点をすり替えないでくれる?」
悪気もなく言い放つキニャに。
「ギッギャッギャ!」
プカプカも大はしゃぎ。意味が分からずとも、自信満々な飼い主が大好き。
「プカプカって、ほんとキニャのこと好きだよね。もはや哀れで泣けちゃーう」
「ヒシュ! ヒシュ!」
「そっか、リズもか。どこがいいんだかねー、こんなインプ殺し女ぁ」
余計な一言を加えつつ、魔生獣たちのキニャ愛をユビが伝えてくる。
「おーい。ロックトードがまた出たぞー」
そうこうしていると、さっきの今で、またもや村中に声が響き渡った。
「ですってよ、お姫さま」
「またですか。仕方ありません、キニャ」
「……は? また私? さっきしばいてきたばっかなんだけど」
「白のマナ結晶を差し押さえる王命のお手紙、今から書きましょうか?」
「……わーい。わたし、カエル退治、だいすきー」
「それは行幸。ほら、早くお行きなさい」
「つーかさ、放っておくんじゃなかったわけ? 今言ってたじゃん」
「外にあれらがいると、まだ村の方々も落ち着かないでしょうから」
悪行の弱みであれやこれやとキニャは言いくるめられ、ふて腐れながらプカプカに怒声を浴びせ、またヤックの家をのそのそと出ていく。
がに股で怒りの意を示すキニャの背中を見て、ユビが気楽に「私もいくー」と、ローブの頭、二本角に乗車すると、コソ泥娘の背がまたピクリと怒った。
「姫さんも王らしくなってきたじゃねえか。俺以外もアゴでコキ使うのがな」
場が鎮まり、屋内に二人だけになって、テルが食卓に近づく。
彼は面倒に思い、キニャや村人とは極力距離を置いているのだ。
「お黙りなさい。あの子には、先日の盗みを働いたぶんの贖罪が必要です」
これがゼリファの善性。彼女は山での一件が済んだあとのことも考えている。
キニャががんばるのなら、盗みの一件は処罰を軽減してあげるつもりなのだ。
「とか言っといて、姫さんもカエルが気持ち悪いだけなんじゃねーのか?」
「……お黙りなさい」
それにゼリファとて、こういうところはきれい好きな十九歳なレディである。
護国では親指大のドロガエルが一般的




