護るよ、カパジーラ山頂村!(1)
キニャとゼリファ一行がカパジーラ山頂村に着いてから、三日が経った。
裏門にはロックトードが散発的にやってくるが、その数は二体、三体ほど。
村への影響もさしてなく、主にリズが【フリーズ】で、ときどきプカプカが体当たりで崖際から落下させるだけ。カパジーラ山頂村は平穏な状況にあった。
「あー、つまんねえ」
「ギッギャッギャ」
「うっさいプカプカ」
お昼前の一仕事、カエル退治を終えたキニャが今の住み家に戻ると。
「ゼリファさま、アードに手紙を運んだ村人が帰ってきました」
家の主、村長のヤックが食卓でゼリファに報告をしていた。
「そうですか。して、リーダーズ協会からの返答は」
「護国都市メディからマナマギストを派遣してくれるとのことです」
「……第三都市から、ですか? ずいぶんと遠方なのですね」
「なんでも協会の集会が重なったらしく、近隣に人材がいないようでして……」
「時期が悪かったようですね。分かりました、今しばらく滞在を伸ばしましょう」
「申し訳ありません、ゼリファさま……」
作法が分からずとも、ヤックが気持ちで第四姫にかしずく。
ゼリファがキニャを言い負かした日、彼女はカパジーラ山頂村で交易・配達を任されている者に、魔生炉の調整を依頼するリーダーズ協会宛の手紙を授けた。
数日が経ち、その返事がようやく返ってきたものの折りが悪く、しばらく時間が必要であることが判明した。ロックトードはリズやプカプカが攻撃しても反撃してくることはなく、村民たちに危険が及んだことは一度もなかったが。
念のため、ゼリファは村での滞在日数を伸ばす決断をした。
ここを責了で済ませ、村を出ないのが、第四姫の魅力でもある。
「ちょっとキニャぁ。勝手に動かないでー、寝づらいじゃなーい」
「ユビ、勝手に人の頭で寝んな。シッシッ、どっかいけ羽虫」
「だから羽虫じゃないわよっ!」
「ギッギャッギャ」
「プカプカも笑うなー!」
キニャの全方位への不平不満は相変わらずだが、多少違うのは、あの日捕まえた茂みインプの指っ子がずうずうしくも懐いてしまったことだ。
気付けば指っ子、面倒だからと「ユビ」と呼ばれはじめた緑髪の茂みインプはここ数日、キニャの白いローブの頭にある小さな二本角をうまく使い、彼女の頭頂部でよくくつろいでいた。傲慢なコソ泥娘を見下せるのが居心地の秘訣だ。
ときには同じようにねじれた形をした二本角を生やしているプカプカの頭も使うが、そちらは黒外殻がゴツゴツして痛いから嫌らしい。
「おーい、ヤックー。またロックトードが出たぞー」
時刻はお昼前。外から村人の声。声色はご飯のお誘いくらいの温度感。
カパジーラ山頂村にロックトードをたやすく退治してくれる存在がいることで、村人たちはたった数日で緊張感をなくしてしまっていた。
「またですか……」姫がため息。
「死ににでもきてんのか、あいつら」
護衛の護鳥騎士テルも嫌気が差している。
襲来の報を受けたゼリファは、周囲に目線を振りまいた。足元には相棒のリズ、背後には護衛のテルがいるが、人選は「キニャ、行ってきなさい」の一言。
「はあ? なんで私ぃ? 今行ってきたばっかじゃん。あんたがいきなよ」
「キニャ?」
「……ちっ、はいはい、はーいはーい! お姫さまのおおせのままにぃ!」
キニャやゼリファ、テルにしても、害もなく反撃してこない魔生獣を一方的に狩る気持ち悪さはある。ただ、気味悪い見た目で性懲りもなくやってくるカエルたちは、倒したところで死体が残るでもなく、青いマナになって大空に溶けて消えてくれるものだから、生物を害しているような罪悪感は薄れている。
プカプカ、リズ、それにユビも同じ魔生獣ではあるが、ロックトードとの扱いの差は道徳観の欠如というより、パートナーであるかの有無も大きい。
「ほら、プカプカ。さっさと終わらせな」
「ギギャ」
またもや裏門にやってきたキニャが命じ、プカプカが丸太壁から飛び降りる。
昨晩、裏門の丸太壁前に新たな足場が組まれ、階段の高さがわずかに上がった。これにより、プカプカが裏門の外へと飛び降りやすくなった。
昨日まではプカプカのお尻を男衆が五人がかりで持ち上げて押し出していたが、プカプカ用とも言える新たな足場のおかげでより省労力になった、が。
ゼリファの相棒リズは、帰りも両脇の岩塊を利用して裏門を飛び越えるしなやかさがある一方で、プカプカの場合、外から帰ってくるときは男衆が縄をくくりつけて、村側から力技でひっぱり上げないといけない。
マナ由来の体とあり、全長190センチにしては質量が控えめなものの、重いものは重い。裏門は表門のように丸太壁ごと倒してしまうと足場も一緒に崩れることから、あまりに人力作業であるが、これしか方法はなかった。
「ギギャッ」
ドシン! 数メートルの高さから崖道に着地したプカプカが地面を鳴らす。
「きっもち悪いカエル。ほらプカプカ、【ぶつかれ】」
「ギギャ!」
洞窟からやってきたロックトードは一匹。裏門の先にはそこそこの空間が広がっているが、その先は崖だ。プカプカは大した技を使えないため、ボヨンボヨンと跳ねて近づき、体の半分にも満たないカエルに、真っ白なお腹から突撃する。
「ゲゴッ」ボヨンッ。
プカプカと正面衝突したカエルが重量に負け、体ごと吹き飛ばされる。
すると、ピューン。崖際で足場をなくしたカエルが、緑の樹海に落下した。
「はい終わりぃ。おっさんたち、プカプカの引き上げよろしく」
「ほんと、ゼリファさまと違って態度のデカい嬢ちゃんだ」
「かっか! 娘ガキは威勢があってナンボってもんだ」
「まるでうちの母ちゃんを思い出すぜ」
不遜なキニャだが、村の男衆にはゼリファとは違う意味でなじんでいる。
「うっさい! やいやい、こちとらゼリファお姫さまの使いだぞっ、ナメんな!」
身近で使えそうな権力はすぐに着飾る。キニャの生き様はすがすがしい。
当初は緊張感を持って挑まれていたロックトード退治も、二回三回と回数を重ねていくうちに誰もが弛緩し、なかにはあくびを立てる者すら出てきている。
死体も残さない無抵抗生物の駆除など、慣れればそんなものだ。
男衆に引き上げられたプカプカが、全身を縄でくくられた無様な姿で上がってくる。キニャを見ると「ギギャ!」と誇らしげに鳴いたが、飼い主はうんざり顔で吐息をつき、くすんだ灰色髪を隠すように、ローブを深めにかぶり直した。
魔生獣討伐に危険がない。第四姫からの扱いも口は厳しいが、甘々の範疇。どことなくおままごとのような関係。彼女は率直に、現状に飽きてきた。
「そろそろ、ズラかるかぁ」
「ギギョ?」
例の白いマナ結晶をアードで回収し、またどこか遠くに逃げる。
そうしよう。今こそ、面倒なこき使われからの身から脱却するのだ。




