勇者現る!
「レオナ様! お嬢様!!」
執事のエドモンドが駆けてくるのが見えレオナは眉をひそめた。
「エドモンド、執事頭のあなたが屋敷内を駆けるなど、みっともないですよ」
「は、申し訳ございません、お嬢様、ですが、ゆ、勇者様が出現したとの事で!」
「何ですって! 何故、もっと早く知らせないの!」
レオナは引き摺るドレスを両手で持ち上げ、颯爽と走り去った。
「レオナお嬢様……」
王都グレインの大聖堂に勇者が現れたと知らせを受け、駆けつけたレオナの前にはやけにくすんだ疲れた感じの男がいた。身体は大きく分厚いが、長く伸びた髪の毛に大量のフケ、髭もじゃで険しい目をしている。
な、なんなのこの男! とレオナは勇者を見て愕然となった。
「ふわ~~~」
男は大きなあくびをして、ぼさぼさの黒髪をボリボリとかいた。
手には四角い灰色の大判冊子と赤鉛筆を持っていた。
労働者のようなズボンは膝に穴が開いていて、上着はなく、下着のような白い袖のないシャツ一枚だった。素足にはスリッパのようなものを履いている。
「えー、十年たったのかよ。油断してたなぁ。この年で勇者とかマジか。他にもっといるだろ? キラッキラした正義に燃えるイケメンがよぉ」
と男は言った。
「勇者マサトよ。あなたは世にはびこった魔族を倒し、大魔王ギガデーンを殲滅する役目が与えられた。こちらの約束は果たした。次は勇者マサト、貴方が約束を果たし我が世界を救う時じゃ」
と最高司祭が言った。
「マジで? まいったなぁ。俺、もう三十五だぜ? 今更勇者とか出来るかなぁ」
男、勇者マサトは両手を大きく上にあげて伸びをした。
呆然と立ち尽くすレオナを見つけて、
「えらい別嬪がいるけど、誰?」
と聞いた。
「その者は大賢者レオナ、魔王討伐の旅に出る勇者の供をする者じゃ」
「え、マジで? 美人のお姉ちゃんと旅とか超士気が上がるじゃん! ま、よろしくな」
と勇者マサトが言い、レオナは横を向いた。
「無理ですわ……」
「え? 何」
「私、この世で一番嫌いなのは平和を脅かす魔族ですが、次に嫌いなのが不潔な男です」
「え、だって一緒に旅するんだろ? 野宿とか洞窟ダンジョンとかよ。魔族だって綺麗な魔物なんかいねえぞ? そんなお高い意識でやってけるのかよ。あ、そうだ、あんたが止めるなら俺も勇者やんないですむんじゃね?」
「ふざけないで下さい! 勇者はやるとかやらないとかの問題じゃなく与えられた使命ですのよ!」
「なんだよ、あんただって、嫌なんだろうが。ま、勇者をやらなけりゃ元の世界に帰れないってんなら、やるけどさ」
「元の世界?」
レオナが不思議そうに司祭を見た。
「勇者マサトは我らの世界とは違う世界から来た人間なのじゃ。魔王を倒すのは我らの世界以外の異世界から召喚された人間でなければならない。勇者マサトは選ばれた唯一の人間だ。大賢者レオナよ、勇者マサトを支え、協力し、魔王を倒し、我らの世界に平和と秩序を取り戻すのじゃ」
「異世界から召喚されし勇者が……こんなに汚いなんて」
とレオナが呟いた。