・ガテン系令嬢、山を穿つ
翌朝、私はツルハシに母さんとメイドが作ってくれたお弁当を吊して、元気な大股歩きで意気揚々と家を出た。少しすると父さんが馬を駆って歩きの私に追い付いてきて、約40歳差の親子は張り合いながらもそれぞれの道を進んでいった。
昨日もそうだったけれど、町のみんなは私の帰りをとても喜んでくれた。見違えたようだと成長を褒めてくれる人もいれば、中身が全く変わってないと私を子供扱いする人もいた。通行料のせいで誰もが暗い顔をしていたけれど、誰もが街角を歩く私を見つけると笑顔で声をかけてきてくれた。
さあ、山へと進軍だ。ルートの序盤は木こりたちの山道をそのまま整備してゆく。その細い道を進みながら目に入る岩をツルハシで砕き、広い舗装路が作れるように簡単に手を入れる。木こりの道が途絶えてからは樹木が道を阻むようになった。けれどこれはいったん無視して、昨日のようにカマで草を薙ぎ、これまで通りに岩を破砕して進んだ。
「ふうっ、到着! さていっちょガツーンとやってやるかーっ!」
私の正面には見上げるほどに高い岩山が立ちはだかっている。昨日の見立てでは、ここをぶち抜かないと馬車が世にもスリリングな断崖絶壁を進むことになる。いかにも硬そうなその石の山に、力いっぱいツルハシを振り下ろしてみると、黒い岩盤が破壊力の前に砂岩のように崩れ落ちた。
崩れた岩盤の向こうもしっかりとした岩盤で、これならばトンネルを通すのに理想的と言ってもいい。
測量なんてしようがないので私は太陽を見上げて、腹時計でまだ8時前だろうと大まかに方角を確かめると、再びツルハシを岩山に振り下ろした。何度も、何度も。炭坑のバイトをしていた頃のようにただ無心に、あの頃よりも強くなった身体でガンガンと壁を崩しては、砕いた岩盤を外へと運んだ。
絶壁だったものは窪みとなり、窪みだったものは穴となり、そして深い洞窟へと姿を変えていった。
もしも工事を手伝ってくれる労働者がいたら、この崩した岩盤の除去や、トンネルを支える坑木を作るようお願いできただろう。だけど父さんが言う通り、私の計画は他の人から見れば荒唐無稽でムチャクチャだ。協力を求めるにしたって、まずはこのトンネルを1本築いてからでないと誰も計画に付いてきてくれないと、私だって思う。
私はツルハシを一心不乱に振りながら、時折、王都のハスタのことを思い返したりして、ただただ無心に領地と自分の未来を切り開いて――ううん、じゃなくて、私は未来を掘り拓いていった!
・
ハスタと領地のことを考えていたはずなのに、いつしか私は食べ物とお弁当のことを考えていた。南の公都に繋いだらどんな美味しい名産品が流れてくるのだろうかとか、王都で食べた果汁のシャーベットのこととか、そんなことばかり。
ところがそんな中、横幅を確保しようとツルハシをバットのように振っていると、妙に軽い手応えが返ってきて、かと思えば目が潰れそうなほどに強い光が暗闇のトンネルに差し込んだ。
そこから先はほとんど無意識だ。穿たれた岩盤から漏れる一条の光は、またたく間に私ことガテン系令嬢の力ずくによって広げられて、夢にまで見た向こう側の世界に連れてってくれた。
「やったっ、やったよ私っ、よしよしよしよしよぉーしっ、ついに開通だぁぁーっっ!! ぁっ……あ、あれ……?」
嬉しくて嬉しくて私はその場で飛び跳ねた。だけど急に全身から力が抜けて、世界がグルグルと歪んで私に膝を突かせた。今さらになって鉛のように重い疲労感が私の気力も体力も奪い取って、しばらくツルハシを杖にして放心状態でしゃがみ込むしかなかった。
しばらくすると調子が戻ってきた。立ち上がって至テーバイ行きの第1トンネルを眺めると、これがなかなかに恐ろしいというか、荒々しくて震えてくるというか、いったいどんな変人がこんな頭の悪い物を作ったのだろうと笑ってしまうような壮観がそこにあった。
これは、これは熱い。トンネルの足下は破砕された岩盤だらけで不格好だけれど、このトンネルには未完成だからこその熱いロマンがある!
太陽を見上げてみれば、ざっくりと工事の所要時間は2時間半ほどだろうか。続いて両手を横に広げながらトンネルを引き返してみると、一度も手が壁に引っかからずに全長5mほどのトンネルを抜けていた。
「おお……おおっ、おぉぉぉーっっ♪」
興奮した! 私の身体はくるりと反転して、今度は駆け足でもう1度向こう側へと抜けた。若干緩い上り坂になってしまっているけど、ちょうどいい感じに岩山の反対側に繋がっていた。
凄い。これは楽しい! 坑道では鉱床を求めてただ進むだけだったけど、トンネル掘りにはゴールがある! こんな面白いことを知らずに生きていただなんて、私はどれだけの人生を損していたんだろう!
「うーん……っっ、いいっ! やっぱりこれ楽しいっ! よーしっ、お弁当食べて次いってみよーっ!」
季節は夏。本来なら避暑地テーバイの書き入れ時だ。私はトンネルに少し入ったところに座れるだけの足場を用意して、そこで母さんたちが持たせてくれたお弁当を食べた。バスケットには硬いバケットを使った卵サンドが2つも入っていて、その隣にはマスタードが塗られた肉厚のハムサンドが輝いてる。
メイドと母さんに感謝しながらそれを美味しく平らげて、元気いっぱいになった私は次の工事予定地に向かった。もち、大股で!
「んーーっっ、やっぱ私にはこういうのが合ってるみたい! あ、どっこいしょーっ!」
現場への道中は舗装に邪魔な岩があれば砕いて、辺りの山々と方角をよく確認して自分の現在位置を慎重に確かめた。私の努力が道行く人たちの幸せに繋がるのだから、手抜き工事なんてできなかった。
ところが道なき林を進んでてゆくと、私は冷たくてとても綺麗な小川を見つけていた。
「小川だーっ、やったぁーっっ!! ひゃーっ、冷たいっ、あははははーっっ!!」
あ、そっか……。これだから故郷のみんな、私のことを子供っぽいって言うんだな。でも私はまだ17歳だ。元いた世界なら華のJKだ。
私はためらわずにドレスを脱いで川で汗を流して、満足すると小川の向こうに進んだ。さっきの小川には小さな橋を通さないと馬車が通れない。だけどその橋を造るのがまた楽しみだった。
橋はロマンだ。橋もトンネルも隔たれていた2つの世界を1つに結ぶ。これほどまでに開拓心をそそられる建造物はあるだろうか。未開拓の野山ばかりのこの世界では、橋もトンネルも立派な魔法だった。