・そしてガテン系令嬢伝説へ
申し訳ありません、エピソードが抜け落ちていたので挿入しました。
感想でご報告下さりありがとうございます。
あの王子の取り計らいで、私が罪に問われるようなことはなかった。それどころか退学ではなく休学扱いで話がまとまり、今回の事件に口を閉ざすことを引き替えに、公爵様もバカ息子の暴走を認めて、私に謝罪までしてくれた。
ミレイたちは2週間の謹慎になった。その扱いのあまりの違いにハスタも王子も怒っていたけど、これもまた物語の強制力なのだろう。
こうして事件の翌々日。私は1年半をお世話になった寮を離れ、仲間たちに見送られながら学舎に背を向けた。
「ダナエー……!」
「あ、やっときた。待ってたよ、ハスタ」
ハスタは朝からいじけていた。だだをこねて見送りにきてくれなかった。けど校門の前までやってくると、運動音痴のくせに一生懸命走って、私の背中に飛び付いてくれた。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ダナエー……こんな弱い私のせいで、ごめんなさい……」
「だから、私のやりたいことはこの学園にはないし、別にいいって言ってるでしょ?」
「でも……でも、私、貴女の青春を台無しにしたっ、こんなの、許されないよ……」
「一応、扱いは休学なんだけど?」
いつかここに復学する頃には、私たちは同級生ではいられない。でもそれはそれで面白そうだ。私は晴れやかな笑顔でハスタに笑って、それから人目もないので正面から抱き締めた。
ああ、私、本気でこの子をお嫁さんにしたい……。じゃなくて、私に必要なのはお婿さんだったっけ……。正直、お嫁さんもお婿さんもどっちも欲しいなぁ……。
「私、ダナエーの復学、待ってるからね……? お願いだから、ちゃんとここに戻ってきてね……?」
「うんっ、たまに遊びにくるね! もうじき夏休みがくるし、そのときはハスタもうちにおいでよっ!」
私は大切な親友に別れを告げて、あの攻略本以上の美人になった後ろ姿が昇降口に消えるまでずっと見守った。それから校門を出ようとすると、謹慎中のはずのアイツが現れた。見た目は可愛いのに、性格最悪の悪女ミレイだ。
「これで終わったと思わないことね」
「あははっ、なにそれ? それっていかにも悪役が言いそうな安い言葉だね」
「ふんっ……。こっちはもう手を打ったから、覚悟しといて」
「そっちが何をするのか知らないけど……じゃあ1つだけ、言っておく」
愛用のツルハシから、学生カバンを取り外した。それから私はツルハシを片手で振りかぶり、真横へと力いっぱい振り下ろした。
「ヒッッ……?! う、嘘っ、なっ、なっ、なっ、なんなのよっ、なんなのよアンタッッ?!!」
「私の友達に手を出したら、次はアンタがこうなるから」
岩をも砕く一撃が校門前の舗装路に小さなクレーターを作った。乙女ゲーにはあり得ない少年漫画的な存在にミレイは青ざめて、自分を守る取り巻きを求めて後ずさりながら左右を見た。仲間は連れてこなかったみたいだ。
「あ、あり得ない、あり得ない……。なんなの、このキャラ……あり得ない!」
私は私、キャラなんかじゃない。そう言ってやろうかと思ったけれど、口を滑らせてもいいことなんてないし止めておいた。
私はツルハシにバックをかけて、せっかくなので馬車なんて使わずに歩きでゆっくりと、故郷への遠回りの道を歩んでいった。さあここからが自分の人生の本番だと、追い出された悔しさではなく、晴れやかな気持ちと一緒に。
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「はぁぁぁぁ……」
馬車ではなく、自慢の健脚で3日かけて故郷に帰ると、父さんと母さんは深いため息を吐いていた。母さんは疲れたと言って居間を出て行き、父さんは頭を抱えて、ずっとうつむきながら首を振っていた。……後悔はないけれど、両親には悪いことをしたな。
「こんな状況で、娘が学園を追い出されて戻ってくるなんて……。ああ、これが泣きっ面に蜂というやつか……」
「何かあったの?」
「隣のコール子爵だ……」
「ああ、あのケチ臭い守銭奴かぁ」
「そうだ、守銭奴だ。金に汚い人間のクズだ。民のことを少しも省みない、弱い者いじめが大好きな最低の男だ! ソイツが昨日な……」
そのコール子爵は常に私たちの悩みの種だった。私たちの領地は西と南を山岳、北を岸壁に囲まれているせいで、どうしても子爵の領地を抜けないと貿易も何もできない。
普段、あれだけやさしい父さんが別人のように娘に愚痴りながら、コール子爵が通行料を3倍にしてきたと、半ば涙目になって教えてくれた。
確かにこれはまずい。これでは保養地の来客が減ってしまう上に、領地で生産した石炭や綿花も王都に売りに行けない。輸送するだけで何もかもが赤字だった。
「なんだ、そんなこと!」
「そんなこととはなんだっ!? 父も遊びほうけてばかりの娘に言われたくない!」
「でもそんなの簡単でしょ。使える道がないなら、自分たちで造ればいいのよ」
「無理だ……。あの守銭奴の領地を踏まずに、王都に行くことはできない……」
「うん、王都はちょっと無理。今のところはだけど。でもね、南になら抜けられるよ」
「それこそ無理だ……。あんな山に――仮にあそこに道を造ったところで、荷物を積んだ馬車は坂道をまともに進めない」
父さんはやっぱり凄い。この領地を今日まで守ってきただけのことはある。私だって元ガテン系の見立てで、最初はそうとばかり思っていた。
「父さんが言いたいことはよくわかる! でもここは私に任せておきなよっ!」
「お、おい待て、帰宅早々どこに行くつもりだ、ダナエー!?」
「もち、山っっ!」
私はツルハシを背負って、それから自分の部屋で古いヘルメットを頭にかぶってから、テーバイ家の身分不相応に立派なお屋敷を出ていった。
・
テーバイ男爵領南部の山中へと分け入って、私はこれから新道を築くべくルートを模索した。草むらが道をふさぐならばカマで薙ぎ払い、岩が邪魔ならばツルハシでかち割って、道ならぬ傾斜面をよじ登って山の上から辺りを一望した。
かのローマ式にやるならば直進だ。阻む山があればトンネルを築き、川があれば橋を築く。自動車が生まれる前の時代だからこそ、平坦さや最短距離を突き詰める必要があったのだろう。断固たる直進、それはそれで熱いロマンがあった。
ただ今回は工期が伸びるほどに領地が困窮する。採算が合わないので石炭鉱山の操業を停止させたと、父さんも言っていた。
「あそこからあそこに繋げて……あ、でもあの辺りはちょっと地盤が怪しいかな。そうなると……あそこをぶち抜くしか、ないかな……」
何時間もかけて私は最適なルートを模索した。比較的緩やかな山と山の間を縫って、ところどころに立ちはだかる激しい勾配をトンネルで壁ごとぶち抜けば、南の公都グランシルまでの馬車道を造ることは不可能ではなさそうだ。
開通させる場所をメモにして、満足すると私はきた道を引き返してお屋敷へと戻った。父さんは居間でまだ頭を抱えては、メモ書きに文字を走らせていた。
「トンネルだと……?」
「うんっ、山の谷間に道を通して、傾斜がきつくなるところはトンネルでぶち抜くの! それと山を馬車が通れるように舗装路を敷かないとね」
「ふむ……」
「それ、もしかして欲張り子爵への口説き文句?」
「ああ……だがお手上げだ……」
父さんは交渉でこの件を解決するつもりのようだ。けど相手は業突く張りだ、上手くいくとは思えない。それは父さんもわかっているみたいで、真剣に私のプランを聞いてくれた。
「労働者はともかく、舗装に使う石材を買う予算がない……。いちいち山から切り出していたら、いつ完成するかもわからない……やはり、山越えは無理だ」
「だからっ、無理じゃないよっ! だって私たちの領地には、アスファルトがあるんだからっ!」
「アスファルト……?」
「燃える土のこと! あれを砂利と混ぜ合わせて、路面を塗り固めれば、石畳なんて目じゃないくらい快適な道になるよ!」
「何を言っている、冗談はよしてくれ、あんな質の悪い油を路面に塗ってどうする……。だが、お前のがんばりは父さんも理解したよ。明日父さんも、どうにか通行料を下げてもらえないか、コール子爵に交渉してくるよ」
「もー、これでどうにかなるはずなのに、なんで信じないかなー……」
「あまりに荒唐無稽だからだ」
男に生まれたらここまで説得に苦労することはなかった。男に生まれれば婿探しをすることもなく、父も母もありのままにやんちゃな私を愛しただろう。
自分はこの美しい領地を守りたい。なんだかんだ自由にさせてくれる両親も大好きだ。だったらここは、私1人でもやるしかない!
「なら私は明日から南の山にトンネルを造る! 通行料が交渉でどうにかなるならそれでよし! 何をやってもダメだったら、私のプランに乗るしかないでしょ! 私、それまで1人で勝手にやってるからっ!」
「1人でだと!? はぁぁぁっ……昔はあんなにか弱く愛らしかったのに、どうしてそんなにたくましく育ってしまったのかな……」
「父さんと同じよ。この地を愛してるの。テーバイ男爵領は私が守るから、父さんはどーんと構えてて!」
私が勇ましく胸を張ると、父さんはまぶしそうに私を見た。性格はこんなふうに変わってしまったけれど、私の本質は変わらない。あの頃の私も今の私も、このテーバイ男爵領が大好きだ。あの攻略本に載っていた美しい設定画が私は誇らしい。
「つくづくタフな子だ……。うむ、私ももう少し、がんばってみるとするか」
「そうしよっ、絶対上手く行くから、そっちは手抜きでいいよっ」
「そうはいかん、こちらにも父親のプライドというものがある。……だがありがとう、ダナエー。お前は本当にいい子だな……。お前を娘に持てたことを私は誇りに思うよ」
照れ隠しに『今さら気づいた?』と憎まれ口をきいて、その日はメイドと母さんと一緒に夕飯を作った。王都のハスタのことはやっぱり恋しいけど、大好きな家族と過ごす夜はとても幸せなものだった。