・断罪とカウンターパンチ - 陰謀は拳で砕く -
学園祭は少し前に終わった。今はその後片付けを終わらせて、みんなで夜の教室に集まっているところだ。これからここで秘密の後夜祭が開かれる。私はうざったい王子を無視して、窓辺のハスタの方に寄った。彼女は不安そうに夜の校庭を見下ろしていて、可哀想によく見ると指先や唇を震わせていた。
「大丈夫」
「う、うん……」
「無理だよ、起きるはずない」
「そうだね……。でも……」
このイベントに繋がるフラグは全てへし折った。ハスタは今日まで清く正しく生きた。彼女を責められる罪状は何1つ存在しない。ハスタ本人がミレイに毒を盛る理由もない。毒殺未遂自体が起きるはずのないイベントだ。
本来のメインストーリーでは、この場で王子とハスタの婚約関係が破棄される。王子は毒殺未遂をきっかけにミレイへの愛情に気づき、二人の関係が大きく進展する。これはそういうシナリオだ。
逆に言えばこのイベントが発生しなければ、ミレイは王子を攻略することができないというのが、なんとも皮肉なことだ。
「みんな、学園祭お疲れさま! さあ、みんなで乾杯しましょう!」
全員にグラスが行き渡り、ミレイが音頭を取ってグラスを掲げた。こんな起きるはずのないイベント、何もしなくとも回避できるはずだ。
わたしたちクラスメイトはロウソクだけの暗い教室の中央に集まり、彼女に合わせてグラスを掲げた。……それはあの攻略本で見た絵にそっくりだった。
「乾杯!」
「おっとっとっ……」
ただ念には念を入れておこう。私はふらついたふりをして、ミレイのグラスを手の甲で弾き飛ばした。カシャンとガラスが粉々に砕けて、せっかくの祝いの席が台無しになった。なんとも言えない沈黙が生じた。そんな沈黙の中、苛立った舌打ちが目の前のミレイから聞こえてきた。
「ごめん、今日はなんか疲れてるのかな……私の分をあげるよっ、ごめんね、みんな!」
「なんで……。なんであたしの邪魔するのよ……っ」
加えて低く恫喝するような威圧的な声で、ミレイは私に激しい憎悪をむき出しにした。恨まれていることはだいぶ前から知ってた。だって彼女にとって私は最悪のお邪魔キャラだもの。私は猫かぶりの主人公ミレイ様に、敵意ではなく明るい笑顔をくれてやった。
「待ったっ、そのグラスには毒が入っているぞ!!」
「大丈夫か、ミレイッ!」
突然に始まった憎悪と笑顔の戦いに、クラスメイトたちがざわめく中、教室に愚かな道化が2人も飛び込んできた。片方は攻略キャラである赤毛の公子で、もう片方はうちの担任教師だった。毒の一言にクラスメイトたちは騒然となり、ドジをやらかした私を褒めてくれた。
「よかった、お手柄ね、ダナエー!」
「はははっ、ダナエーの落ち着きのなさに救われたな、ミレイ」
それが気に入らないのはミレイだ。私1人のドジに計画の台本をいきなり崩されてしまって、共犯らしき公子と先生はあらすじ通りのセリフを吐けなくなった。今必死でカバーストーリーを考えているのか、どちらも黙りこくっている。
「――毒を盛ったのはそこのハスタトゥースだっ!! ミレイに学年1位の座を奪われて、嫉妬に狂ったんだっ!!」
そこで退いておけばいいのに、赤毛の公子のあまりの往生際の悪さに私は失笑した。名前はよく思い出せないけれど、まさかゲームのパッケージであれだけ澄ましていた男がこんな小者だとは思わなかった。彼はハスタに詰め寄り、難癖としか言いようのない無理筋の糾弾を始めた。
「ち、ちが……ちがう……っ、わたし、そんなこと……っ」
「黙れっ、この小悪の殺人鬼め!! 見た目はこんなに美しいのに、なんて恐ろしい女なんだっ!!」
「はいはい、だったら証拠は?」
王子までもがハスタの敵なら、私こそがハスタの王子様だ。私は2人の間に割り込み、大切な私のお姫様の手を励ますように握りつつ、背中で庇った。
「そ、それは……」
すると共犯者同士が一斉に顔を合わせるので、私たちから見て何もかもがバレバレだった。ところが何かを思いついたのか、その共犯者うちの1人が手を上げた。それはついさっきまで、この教室に一緒にいた他クラスの男子だった。
「お、俺は見たぞ! ハスタトゥースはブドウ酒のガラス容器に何かを入れていた!」
自分たち全員を巻き添えするつもりだったのかと、場が蒼然となった。だけどこんなのお笑いだ、その場しのぎの嘘にしてもお粗末すぎる。
「わたし、そんなことしてない……っ! 大切な仲間を、殺すわけない……っ!」
「へー、本当にアレに毒を入れたのを見たの?」
「ほ、本当だ!」
「ふーん……」
「ま、待って下さい、ダナエーッ、それには毒があるんでしょう……っ!?」
うるさい、王子は黙ってなよ、お呼びじゃない。
「これに毒なんて入ってないよ」
私は後ろのハスタの肩に手を置いて慰めてから、グラスの中のブドウ酒を飲み干した。……なんともない。続けて疑惑のカラフェからブドウ酒をグラスに移して、もう1度飲んで見せた。やっぱりなんともなかった。
「よ、よかった……僕はもう、心臓が、止まるかと……。いや、ならば、これはどういうことなのですか……?」
「最初から全部、ハスタを陥れるための狂言だった、ってことだよ」
私が王子に説明してやると、ミレイがまた私に憎悪を向けるのがわかった。だけどこっちだって親友の命がかかっている。私は堂々と胸を張って、不安に震える大切な親友にハグをした。
「ち、違うぞ王子! その女はミレイのグラスに毒を塗ったのだっ!!」
公子は往生際が悪かった。私からはどう見たって踏み台として利用されているようにしか見えなかったのに、ミレイのために必死だった。うちの担任まで今回の件に荷担していたとなると、あの試験そのものにやはり不正があったのだろう。
「それはあり得ません、彼女はずっと僕たちと一緒にいました」
ただ……妙なのはこの王子だ。この王子こそ私たちの敵だったはずなのに、意味わからないんだけど、なんでか私たちの弁護をしてくれている……。
「それでも毒を入れるタイミングは――」
「ありません、ハスタは私が見ていました。それにグラスを配膳したのはそこの彼でしょう? 疑うべき相手が違うのでは?」
一国の王子の発言が、偽証であると糾弾するには無理があった。この時点で投了だ。愚かな公子も押し黙り、反撃に疑惑をかけられた他クラスの男子は、往生際悪くも犯行を否定した。
「何をしているのよっ、その女がやったに決まってるでしょっ、逃げられる前に逮捕してよ!! 捕まえちゃえば、証拠なんて後から出てくるわ!!」
なんてお粗末なメインストーリーだろうか、私は愚か者どもを前にまた失笑した。ここでハスタが男子に制圧され、床にねじ伏せられるのが本来のシナリオだ。どうしてもそのシナリオを守りたいのか、共犯者たちが私たちの前に迫り寄った。
「かくなる上は、仕方あるまい……!」
「王子、そこをおどき下さい! その女には、牢獄に入ってもらわねば困るのです!」
これがメインストーリーの強制力なのだろうか。彼らの目は何者かに操られるかのようにうつろになってゆく。私はそんな中、前に出ようとする王子を襟ごと引っ張り下げて、大事なお姫様を彼に押し付けた。
「ちょっと待って下さい、ダナエーッ!? 何をするつもり――」
「アンタ、意外といいやつじゃん。ハスタをお願い」
「ダナエー、ダメ……それは、ダメ……ッ」
担任の教師に、公爵の息子。後者は殴ったら退学どころじゃ済まないかもな……。
でも向こうが止まらないならやるしかない。ガテン系令嬢と呼ばれた暴れん坊は、尋常ではない雰囲気の男たち5人に正面を囲まれた。
「だったら僕も戦います!」
「アンタはダメ。アンタは――アンタは私の代わりにハスタを守って!」
ここから先は見るに堪えない夜のクラスルームファイトだ。私は迫り来る暴漢たちを取り囲まれながらも力でふりほどき、1人ずつ確実にノックダウンさせていった。
「ま、待て……俺は公子だぞ、第一公子なんだぞ!? 俺を殴ったら公爵家が黙って――ウギャッッ?!」
全てを拳で黙らせると、私はクラスメイトたちから拍手喝采された。陰謀を未然に防ぎ、仲間たちから愛されるハスタトゥースを私が守り抜いたからだ。引き替えにミレイへと向けられたのは、最高級の蔑みだった。
その眼差しがなければ、ミレイはこれでお前は退学だと私に勝ち誇っていたかもしれない。だが勝利者は私だ。私のこの2年間は、このイベントを回避して、大好きなハスタトゥース・アエネアを守り抜くことそのものが目的だった。
「ごめん、みんなとやれるのは今日限りっぽいね。……ハスタ、寮に帰ろっか」
「そんな……わたし、ダナエーがいないと、無理だよ……。なんで、なんでこんなことに……」
その後はハスタを慰めるのにメチャクチャ苦労した……。ハスタが獄死するよりマシだと言っても、気の弱い自分が悪いの一点張りだった。
ハスタと学園生活を続けられないのは残念だ。けど不安はなかった。なんかよくわかんないけど、あのうざい王子がいるなら大丈夫だろう。
こうして私は学園生活と引き替えに、大好きなハスタトゥースが死なない未来を手に入れた。
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