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・断罪とカウンターパンチ - 後夜祭 -

 私たちはその後も攻略本と現実の日付を照らし合わせながら、お話の都合としか言いようのないメインストーリーイベントが発生するたびに、その内容を行動で書き換えていった。その中で1つだけわかったことがある。


 それは『ハスタ自身にイベントを改変する能力はほとんどない』という厳しい現実だ。ストーリーを書き換えられるのは事実上私だけで、私が守らなければハスタは過酷な運命に飲み込まれてゆくしかなかった。


 けれど悲観的なことばかりでもない。メインイベントの発生日にさえ注意をすれば、事件は回避可能だ。1年生を乗り越えて2年生になるまでそんな抵抗の生活が続いてゆき、私たちは次第に習慣へと飲み込まれて、やがて大きな油断をすることになっていった。


 その日の朝もハスタと一緒に寮から出て、一緒に昇降口までの回廊を歩いた。国中の貴族子弟が集められる学園だけあって、どこもかしこも洗練されていて、回廊1つにしたって庭師の手が込んでいた。

 昇降口までやってくると、夏の前期試験の結果が張り出されていた。同級生たちは私たちの姿を見つけると、口々に何かを言いながら張り紙が見えるように道を開けてくれた。その時点でもう、嫌な予感がしていた……。


「う、嘘……」

「あっ、ハスタ……ッ?!」


 ショックのあまりにハスタは失神しかけた。それを私が抱き留めると、軽々と抱き上げる姿がどこか王子様めいて見えたのか、女の子たちが黄色い悲鳴を上げた。……そんなに悪い気はしない。だけどこの張り紙は史上最低だ。夏の前期テストの順位表には、万年2位のはずのミレイ・アーヴィンの名が私たちを押しのけて、全ての科目で1位を独占していた。


「おかしい……おかしいよ、こんなの……。だって、わたしはともかく、ダナエーは……今日まで誰にも……ただの1度だって負けてないのに、なんで、こんなこと……」


 馬術、剣術、弓術、基礎体力。全ての科目で私の競技スコアはミレイを上回っていた。だというのに順位表ではミレイが私よりも上の数字を出している。イカサマだ、あまりにもずさんで隠す気すらない酷いイカサマだ。

 私たちが一心不乱に学園生活に打ち込んで、今日までずっと守り続けてきた絶対防衛線が、不正によりたやすく崩されてしまった瞬間だった。


「すみません、どいて下さい! 大丈夫ですかっ、ハスタッ!?」

「ぁ……」


 行き場のない怒りに震えながら、先生方に裏切られた悲しみに暮れていると、そこにブロンドの貴公子が割って入ってきた。聞いた話ではハスタの許嫁らしいけれど、私からハスタを横取りしようとしたので軽く威嚇しておいた。彼はこの国の王子様だ。このゲームの攻略キャラのうち1人で、端的に言えば私たちの敵だ。


「あの、なんで僕を睨むんですか……?」

「敵だから」


「て、敵って……僕は敵なんかじゃないですよーっ!?」

「ふんっ、行こ、ハスタ」

「うん……」


「待って2人ともっ、どうして僕のことをそんなに……お願い待ってっ、ハスタッ、ダナエーッ!」


 私は医務室に私の大切なお姫様を抱き抱えていって、そこで彼女が落ち着くのを待つと、作戦を練り直した。


 私たちが築いていた防波堤は露骨な不正により崩された。しかもよりにもよって、それは悪役令嬢ハスタトゥースの断罪イベントの2ヶ月前のことだった。次の後期テストまでこのまま1位を独占すれば、誰の攻略ルートにも入らなかったということで、断罪イベントそのものを回避することができたのに……。


「大丈夫、大丈夫だよ、ハスタ」

「無理、無理だよ、怖い……怖いよ、ダナエー……」


「落ち着いて。ハスタは私が守るから」

「でも、でもわたし、わたし、本当に、牢屋に入れられちゃうかもしれない……っ! 牢屋の中で、ありもない罪をかぶされて、責められて、自殺させられちゃうかもしれない……っ! 怖いよ、怖いよ、ダナエー……ッ!」


 私は大切な親友を正面からきつく抱き締めて、大丈夫だよと何度も励ました。それでも泣き止まない親友の背中を撫でて、やさしく叩いて、絶対にこの子だけは守ると決意を新たにした。

 泣き虫の子供みたいになってしまったハスタは、私の目には到底悪人には見えない。本当の悪は他にいた。



 ・



 後手に回ってしまった以上、私たちができる抵抗はそう多くなかった。あの日以来ミレイとの関係は急激に悪化して、私とミレイは互いに敵意を隠しながらも、人の目がなくなると怒りをぶつけ合うように睨み合った。私はハスタを守りたい。ハスタは死の運命を乗り越えたい。そしてミレイは意中のキャラとのハッピーエンドを迎えたい。私たちとミレイとは利害が噛み合わなかった。


 それから2ヶ月の月日が流れ、ついに運命の日がやってきてしまった。

 事件は学園祭の後夜祭で起きる。悪役であるハスタトゥースがヒロインに毒を盛るシーンが今夜発生する。そこでハスタトゥースは、自分の許嫁であるはずの王子やクラスメイトたちに全ての罪を暴かれて、物語から退場することになる。


 そしてこの物語がエンディングを迎えると、人知れず獄死していたという哀れな末路が明かされる。


 だからあの王子は私たちの敵なのだ。私とハスタにとって、あの美しい王子は死に神にも等しい。彼に罪がないことは私だってわかっているけれど、こうなると殺したいくらいアイツが憎かった。なのに……。


「王子様、貴方は私やハスタよりミレイの方が気になっているんでしょ。私なんて構わないであっち行って下さい」

「ミレイ? 確かにあの子は綺麗だけど、僕にはなんの関係もないよ。それよりダナエー」


「私は忙しいんです。王子様なんて相手にしている暇はありません」

「だ、だけどダナエー……そんなのってないよぉ……。僕、君に嫌われるようなことした……?」


「だからっ、慣れ慣れしいって言ってるでしょ! あっち行ってよっ!」

「そんなぁ、いくらなんでもこんなの冷たいよぉ……」


 この王子、攻略本とちょっと性格が違う。温厚なキャラではあるけれど、もう少ししっかりしているイメージだった。もうわけがわからない……。なんで私は、こんな大事なときに、自分の敵にまとわりつかれているのだろう……。


 この日、毒を盛るというあまりの暴挙にハスタはミレイの前で男子たちに制圧される。その中にはこの王子も含まれている。こいつは私の敵だ。敵意を隠しもせずに睨むと、王子は情けなくも涙ぐんだ。


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