・この世界の始まりの日
それから6年が経つと、私は15歳。その頃にはどこに出しても誇れる立派なバイトマスターになっていた。一通りの労働技術とタフな身体を身に付けて、そしてついに今日、晴れて舞台へと上がった。王都へと上京して、物語の舞台であるエルトリア学園の門をくぐったのだ。
この世界が本当に乙女ゲーと呼ばれるものならば、ここからがこの世界の本番だ。小説家ハスタトゥースの好むオシャレな表現で言い直せば、昨日までの私たち全員が孵る前の卵だった。
退屈な入学式を済ませ、私は寮に入った。ここは全寮制で、私の相部屋はハスタと決まっている。そこでようやく、私は1年半ぶりにハスタと再会することになった。
「ルームメイトって、親の権力でどうにかなるものだったんだね」
「うん……でも、ダナエー以外なんて考えられない……。これから3年間、よろしくね……」
「よろしく! 絶対私が守るから、学園生活エンジョイしようね!」
「わたし、貴女にいくら感謝してもし足りない……。ありがとう、ダナエー……」
ときどき辛気くさいのがこの子の残念なところだ。私はいつものように励まして、笑って、笑い合った。
1年半も会えなかったのにはもちろん事情がある……。2年前のある日、さすがに今の学力ではまともな学園生活は続けられないと、家庭教師に宣告されてしまった。
留年したらハスタを守るどころではないので、苦手であろうと死ぬ気で猛勉強するしかなかった。
「あ、そういえばあのときのチビもこの学校に入ったんだっけ?」
「え……あ、うん……。もう、チビじゃないと思うけど……」
「そう? でっかくなったアイツとか、想像つかないなぁ……。たぶん、すれ違っても気づかない自信ある」
「名前、覚えてる……?」
「ううん、全然。チビはチビ」
「……その方がいいかも」
私はハスタの手を取って、この胸にあふれる再会の喜びを確かめた。
けどお腹空いたな……。あ、そうだ、バイトしてたレストランに行こう。
「ねぇねぇ、今からご飯食べにいかない? 2人で入学祝いしようよっ、店の連中にサービスさせるからさ!」
「う、うん……」
だけどハスタはうつむいてしまった。私にとって嬉しい再会も、ハスタにとっては少し違った。彼女はずっとこの日を恐れ続けていた。
「大丈夫だよ、ハスタは私が守るよ」
「でも……ついに本番が始まって、もしかしたら自分の人生が、あと2年で終わってしまうかと思うと……。私、怖い……」
「死なせないよ。もし本当にハスタが牢獄に閉じこめられちゃったら、私がハスタをさらいに行く! そのときはこんな国捨てて、2人だけでどこかに行こうよ!」
「ダメ……そんなことしたら、おじ様とおば様が悲しむ……」
「そうだね、だったらそうならないようにがんばろ! これ以上ウジウジすると、うへへ、イタズラしちゃうぞー?」
「ちょ、ちょっとダナエーッ……!? や、止めて、なんで手をワキワキさせながらこっちに……ヒャッ、ヒャァァッッ?!」
後ろ向きな幼なじみをちょっとくすぐって元気にさせて、バイトをしていたレストランに引っ張っていってお祝いをした。店のみんなが私の入学を祝福してくれた。
「エルトリア学園ってお前の軽い頭で入れたんだな。つーか、お前が貴族って嘘だろ、全然似合わねー……」
「頭軽いのはそっちも同じでしょ。ハスタの前でそういうこと言ったら、次はその背骨へし折るから。……あ、ツルハシで」
1人だけ口の悪いやつがいたけど、そいつ以外はみんないいやつだった。
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