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・友情は死なない

 ハスタと王子はうちの客室に泊まり込んで、裏方から橋の建設を支援してくれた。朝から夕まで一生懸命働いて、夜になると3人で一緒の時間を過ごした。橋が完成するまでハスタの恩赦はまだ下りないけれど、それはとても懐かしい匂いのする満ち足りた日々だった。


 ところが2つ目のアーチ橋が完成したその深夜、私たちの夢は妨害工作を受けた。夜間の間に何者かが工事の妨害をもくろんで、木造の足場に火を放った。

 こんなことをして得をする人間なんて、ミレイと隣の子爵の他にいるとは思えない。……すると案の定、その数日後になると尻尾を出してきた。


 子爵は王都の高官たちを引き連れて保養地テーバイの橋建築現場を訪ねると、私とハスタを岸壁に呼びつけてこう言った。


「今すぐこの馬鹿げた工事を中止しろ。さもなくば、そこのハスタトゥース嬢の保釈は撤回されると思え」


 それはでっぷりと脂ぎった男で、太い両指にはゴテゴテとした指輪が合わせて7つも通されていた。


「おじさんって馬鹿? ハスタを救うためにこの橋を作ってるんじゃん。工事を中止したら結局ハスタは監獄に逆戻り。そんな条件、飲むわけないね」

「おっとすまない、もちろん国家反逆罪の起訴も取り下げよう。こちらの政府中枢の皆さんが、どうにかして下さるぞ」


「え、それマジ……?」

「ああもちろんだとも! こんな物を完成させられてしまったら、当家は大損だ。ただでさえ、そちらの渡し船に客を取られているのだからな……!」


 話からして、足場に火を放ったのはきっとこの男だろう。私は軽蔑の目で彼を睨みながら、背中の後ろで怖がっているハスタをかばった。


「本当に、ハスタの罪がチャラになるの……? ていうか、なんで王様すらできないことを、貴方みたいなただの貴族ごときができると言うの?」

「ダナエー、わたし……かばってくれるのは、嬉しいけど、でも……」


 ハスタは震えるほどに動揺していた。監獄でよっぽど怖い目に遭ったのか、まるで雷に震える犬みたいだった。


「王も強引な手を使えばこの件を潰せるぞ。ただそこまではしないだろう、我々と対立することにはなるからな。だが我々が口利きすれば、貴族議会も首を縦に振るだろう。さあ、ハスタトゥース嬢を守りたかったら、今すぐ橋の開発を中止してもらうか」

「わかった。ハスタの起訴が撤回されるのを確かめたら、私たちも工事を止める」


 口約束だけじゃ信用できないと私が牽制すると、彼らは小娘をしてやったとほくそ笑んだ。どうも向こうは本気みたいだ。橋の建設は残念だけど、これでハスタが恐怖から解放されるなら安いものだった。


「ダナエー……」

「よかったね、ハスタ。これでもう怖いことなんてないよっ! なんか締まり悪いけど、これでまた学園に帰れるよ!」


 よかった。ハスタの身体から震えが消えた。悔しいけど嬉しい。私はハスタを抱き締めようとした。


「ダメ……ダメだよ、ダナエー……」

「え? でも、これで――」


「ダメッ、そんなのやっぱりダメッ!! わ、わたしはいいから、この橋を完成させて!! わたしは……わたしはダナエーの夢の犠牲になんて、なりたくない!!」

「な、何言ってるの!? そんなこと言ったって、ハスタだって牢屋になんか戻りたくないでしょ!?」


「ううん……わたし、戻る……。ダナエーが橋を完成させたら、どっちにしろわたしは監獄から出られるもの……」

「待て、何を言っているのだ、ハスタトゥース嬢?! 馬鹿なことを! 橋の完成までまだ何ヶ月もかかるぞ! あのジメジメとしていて薄汚い虫だらけの監獄に、わざわざ望んで戻る馬鹿がどこにいる!」

「そ、そうだよ……そんなところに、私ハスタを戻したくないよ……っ」


「でも、逆に考えて……。この橋を築いたら、ダナエーとテーバイ男爵家はこの国の重臣も同然よ……。ミレイもこの子爵も、貴女とこの領地の飛躍が怖いの……」

「え、そ、そうなの……?」


「そうよ、だってここに橋が架かったら、王都から南に出るの交易路を独占したようなもの。それにわたしたちが要求に従ったところで、この子爵とミレイは嫌がらせを止めない。だからわたし、あの監獄に戻るね……」

「で、でも、でもっ、やっぱりダメだよそんなっ、ハスタ……ッッ」


 決意したハスタは誰の説得にも応じなかった。お屋敷で書類仕事をしていた王子がやってきてもそれは同じだった。ハスタトゥース・アエネアは、誰も望んでいないというのに自らの意思で、私たちがいくら引き留めても聞いてくれずに、あれだけ戻ることに震えていた監獄へと帰っていった。



 ・



 その日から私とアドニス王子は決意した。1日でも早く大切な親友を監獄から救い出そうと誓い合った。工事のさらなる効率化を図り、王家に事情を伝えて支援を求めると、なんと王太子様がこのテーバイを訪ねてきてくれた。


 王太子様は弟を愛する立派な方だった。ミレイなんかにたぶらかされるような、チョロい人間性なんて持ち合わせていなかった。彼は私たちが築いた橋を正当に評価して、追加予算と労働者を手配して、1日でも早いハスタトゥースの救出を支援してくれた。


 意外だったのは、エルトリア学園のクラスメイトたちだ。彼らもまたテーバイを訪ねてくれた。お金を出してくれる人がいたり、夜間の見張りを受け持ってくれる人もいた。彼らにとってもハスタは大切なクラスメイトで、それを陥れたミレイは許せない敵だった。


 私たちは懲りずに橋を破壊しようとする悪人たちを、迎え撃っては跳ね返しながら、急ピッチで橋を築いていった。実際に橋を築いてしまえば恩赦が下りる。ならば保釈は必要ない。ハスタのそんな誇り高い決意に、誰もが賞賛を惜しまなかった。


「アンタさ、やっぱりいいやつだね……。ちょっと気に入ったかも……」

「それ、本当ですかっ!?」


「うん……王子様じゃなかったら、私のお婿さんにしてあげたかも」

「な、なりますっ! 僕、貴女のお婿さんになります!」


「ふふふっ、ただのたとえ話だよ。一国の王子が、男爵家のお婿さんになんかなれるわけないでしょ?」

「そこはどうにかします! 僕はここが好きなんです、貴女とここで暮らせたらこれ以上のことなんてありません!」


「気持ちは嬉しいけど、無理なもの無理だと思うけど……?」


 なんでこの王子は私に馴れ馴れしくて、私にこんなにやさしくしてくれるのだろうと、常々疑問だった。けどもしかして、とんでもなくこれは鈍感なことなのかもしれないけど、でも、もしかしたら……。もしかしたら王子って、私のことが好きなのだろうか……?


「そこはほら……ええと、王位を失うような失態を冒すとか……」

「あ、なるほど……。あれ、でもこの橋を私たちが築いたら、貴方の功績がますます深まらない……?」


「な……なんてことだ、言われてみれば確かに……」

「ふふ、残念でした……。でも、本当にありがとう。貴方が助けてくれなかったら、私たちは詰んでいた。アドニスは私たちの恩人だよ」


 頼もしいと思う。今では彼に尊敬の感情を持ってしまっている。彼ほど立派な王子がどこにいるだろうか。……あ、でも、王太子様は別格で立派かも……。


「だってそんなの当然じゃないですか、僕たちは――」

「よーしっ、午後の仕事も一緒にがんばろーっ!! 頼りにしてるよ、アドニス!!」


「聞いて下さいよっ、僕は――」

「あ、そこ木材通るよ」


「――痛っっ?!! う、うぅ……い、痛い……痛いよぉ、ダナエー……」

「んなあーっっ?! こりゃすんません殿下っ、おい、テメェらなにやってやがる!! こちらは未来のテーバイ男爵様だぞ、この馬鹿野郎どもがっ!!」

「いや、私らそんな約束してないから」


 橋の完成まであと一歩だ。この1番大きなアーチを完成させれば、右に左にと不格好にくねるところはあるけれど、夢とロマンとスリルがあふれる海上大橋が完成する。私たちのハスタの釈放までもう少しだった。

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