・悪役令嬢の恩返し - 友からの手紙 -
少し前。お昼ご飯を食べに舗装工事の現場からお屋敷に帰ってくると、ダナエーからの手紙が届いていた。その見覚えのある筆跡に私はつい興奮してしまって、大切な手紙を抱えて自分の部屋に飛び込んだ。その手紙にはこうあった。
『親愛なるダナエー・テーバイへ。風の噂でテーバイで不幸な騒動が起きたと聞きました。酷い話だとわたしも腹が立ちました。だけどダナエーはやはり強い人なのですね。まさか空高くそびえるあの山に、街道を築いてしまうなんて思ってもいませんでした。ダナエーは凄いです。ダナエーはわたしの自慢です。貴女の活躍を聞くたびに、わたしはいつだって励まされています。そうそう、ところでエルトリア学園の方では――(中略)』
すぐには全文を読まずに、私は一文一文を大切に読み返して彼女の言葉を楽しんだ。ハスタはついに運命を乗り越えて、学園のみんなにとても信頼されているみたいだ。学年1位の座も取り戻したそうだ。ミレイとあの馬鹿公子は他のクラスに移されて、対立は続いているけれどクラスの中は平和そのものらしい。それと――
『そういったわけで、初めての夏休みを取ることにしました。来週、そちらに遊びに行きます。ダナエーがお忙しくなかったら、あの頃みたいに、わたしとまた遊んで下さい。ダナエー、早く貴女に会いたいです。――ハスタトゥース・アエネア』
ハスタが遊びにくる。私は嬉しさのあまりに危うく手紙を握り潰しかけた。ちょっとシワができちゃったので手で引き延ばして、元通りになるように願って本の間に挟んで重しを載せた。
ダナエーが運命を乗り越えて、自分の人生を手に入れてくれたことが嬉しかった。私は階段を駆け下りて、居間にいた母さんにダナエーが遊びにくるとついついはしゃぎながら報告して、彼女がやってくる前に工事を終わらせてしまおうとツルハシを担いだ。
「がんばるのはいいけれど、ちゃんとご飯は食べていきなさい」
「あ……」
こっちでは今、南の山道から開拓地へと舗装路を作る工事が続いている。私はその現場監督だった。私は母さんとメイドと一緒に昼食を食べて、さあがんばろうと家を出た。
・
それから1週間後、侯爵令嬢ハスタトゥースが避暑にやってきた。それが驚いたことにあの立派な6頭立て馬車ではなくて、歩きでお屋敷にやってきたと言うのだから衝撃的だった。私を見習って、移動は乗り合い馬車を使ったけれど、それ以外は徒歩でここまできたそうだった。
ううん、驚きはそれだけじゃない。ハスタは思いもしない提案を私に持ちかけてきた。運命を乗り越えた悪役令嬢ハスタトゥースは、以前の後ろ向きな自分と決別して、本当の人生を取り戻したように見えた。
「会社……?」
「そう、会社! わたしたちで小さな会社を作らない?」
「え、でも……私、元の世界じゃそういう経験は――」
「お金は侯爵家が出す。父も母も兄も、貴女には感謝してる。わたしたちはダナエーに恩返しがしたいの!」
私はハスタを見返した。何度見ても私の知っている綺麗でかわいいハスタだ。私が話に当惑していると彼女は大胆にこちらの手を取って、一緒にやろうと握り締めてくる。その気持ちに友情を感じて、私は彼女を残る片腕でハグしていた。
「えっ、ちょっと、ダナエーッ……?!」
「ごめん、嬉しくてつい……」
ハグはすぐに離れるからハグであって、ずっとベタベタとくっついていたらきっと別のものだ。けれど私は衝動と開き直りのままにハスタを強く抱き締めて、再会の喜びと、友情の継続を喜んだ。
「ダナエー……誰かに見られたら、恥ずかしいわ……。私たち、もう17なのよ……?」
「あ、そういえばそうだったね。……で、その会社を使ってハスタは何をしたいの?」
抱擁を解いて離れると、エルトリア学園一の美少女が名残惜しそうに小さく手を伸ばしてくれた。けれど私の質問に落ち着きを取り戻して、しばらく間を置いてからこう言った。
「昔言っていたよね……。あの岸壁の向こうに続く、橋を架けたいって……」
「覚えててくれたんだ!? うんっ、そうだけど、今はまだ無理だよ! お金が全っ然っ足りないから!」
「だったらわたしたちでお金を稼がない? 貴女があの高い山に街道を築いたと聞いて、わたし、思い付いたの!」
こんなに明るいハスタを見たのは子供の頃以来かもしれない。ちょっとだけあっけに取られながら、私は相づちを打った。
「トンネルだって作れちゃうんだから、今のダナエーなら北の岸壁もどうにかできるんじゃない!? ほらっ、例えば人が海まで降りれるように、あそこに長い階段かスロープを造るのっ!」
「えーと、つまり……漁業の会社?」
「違う、渡し船よ! 王都行きの渡し船の会社を作れば、利用者がたくさん集まるわ! そしたら、あのミレイに乗せられたコール子爵にお金が入ることもないでしょ?」
「えっ!? あれって本当にミレイの差し金だったのっ!?」
渡し船の話より、あれだけ父さんや町のみんなを悩ませた問題の原因が、あの女にあったことの方が驚きだった。アイツはやっぱり最悪だ。どれだけの人間があの通行料のせいで苦労をしていると思っているのだろう。まるでこれじゃ、ゲーム感覚だ……。
「そうなの、試しにカマをかけたらあっさり吐いた……。汚い言葉を使うけど、ヘドが出ちゃった……。わたしを狙うなら、まだ許せたのに……」
「ということはあの王子、ちゃんとハスタのこと守ってくれてるんだ……?」
「うん……ダナエーに頼まれたからって、そう言ってた」
「ふーん……」
それを聞いてホッとした。アイツがちゃんと守ってくれているなら大丈夫だ。だけどそうなると、お礼をしなきゃいけないかな……。
考えてみれば私、アイツに酷いことを結構言った。なのに本当にハスタを守ってくれるだなんて……。
「それでダナエー、渡し船のことだけど……」
「あ、それやるっ!」
「本当っ!? よかった、もうお金持ってきちゃったから……っ」
「ちょ……その袋っ、まさか、全部お金が入ってるのっ!?」
ハスタはバッグからいかにも重い金貨袋を取り出して、私に押し付けた。……よくここまで持ってこれたなってくらい、重かった……。
※再告知
抜け落ちていた8話を挿入投稿しました。
大事なところが抜けてしまって申し訳ありません。
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