・父、娘に賭ける
昼寝から覚めて居間へと降りると、テーブルからお酒が消えていた。ほんの1時間のつもりが、窓辺に寄ると西の空に燃えるように赤い夕焼けが浮かんでいた。
ところでなんだか屋敷が慌ただしい。執事とメイドに庭師たちがさっきからひっきりなしに屋敷を行き来している。なんとその中には、引退したはずのお爺ちゃん庭師まで混じっていた。
「お嬢様、お目覚めになられましたか! 旦那様っ、旦那様ーっっ、お嬢様がお目覚めになられましたよーっっ!!」
「え、何……? どうかしたの……?」
メイドが私を見つけると一大事だと叫び声を上げた。
「起きたかっ!」
「えっえっ、ちょっ、と、父さん……っ!?」
すると50過ぎとは思えないフットワークで父さんが飛んできて、こっちも興奮しているみたいで了承もなく娘にハグをした。
「でかしたぞ、ダナエーッ!!」
「あ、はい……。はい……?」
父はあっさりと手のひらを返した。力業だけで山をぶち抜いて築かれたトンネルと、それを支える坑木を見て、もうこうなったらこの酔狂に一枚噛もうと開き直った。そのことを聞いてもいないのに少年みたいに夢中で語ってくれた。
「鉱山の者全員を動員するように命じた! 実際に動けるのは明日からだろうが、合わせて労働者を80名ほど確保できるはずだ。さあ、次はどうしたらいいっ?!」
「あ、うん……。だったらその労働者を使って……」
「労働者を使ってっ!?」
「父さん、取り合えず離れて……ツバが飛んでくる……」
「おお、すまん、つい興奮して……。それでどうしたらいい!?」
若い頃の父さんってこんな感じだったのかな。なんか、逆に親近感だ。あらためて人間味を感じたというか、父さんも私の計画を楽しんでくれていた。
「燃える土あるでしょ、あれを現場に運んでおいて」
「ああ、昨日言っていたな……?」
「うん。それでそれを火であぶって、砂利と混ぜ合わせて、平坦に整備された路面に塗るの。蜜で固めた豆のお菓子とかあるでしょ? あんな感じ」
昨日は否定してたくせに、父さんはなるほどと手を叩いた。
本当はもっとちゃんとした基礎工事をしたいのだけど、今それをしている余裕は私たちにない。
「とにかくそうすれば、石材を買う必要なんてないの、それが石畳の代わりになるから。だから材料さえ揃えてくれたら、私が現場で作り方を教えるよ」
なぜそんなことを知っているのかと聞かれたら、王都の研究者に習ったと言おう。父さんは娘が築いたトンネルがそんなに気に入ったのか、そんな当たり前の疑問すら頭に浮かばないみたいだ。
「わかった。今日中に手配させよう! ダナエーよ、我が男爵家の未来は、お前の馬鹿力と酔狂に預けた!」
「父さんはいちいち一言余計だから……」
そういうことになった。私1人で始まったプロジェクトは、父の協力により労働者への給料と、資材を買う予算が出るようになった。翌日からすぐに総動員の工事が始まり、私がトンネルを掘り抜き、後ろの労働者や父たちが坑木やアスファルト舗装を敷いていった。
一日中岩盤と格闘して、その帰りに補強されたトンネルとアスファルト舗装の道を歩く生活は、なんだかパーティみたいに楽しかった。毎日がお祭り騒ぎで、みんな疲れているのに無理をして働いて、でもそれが楽しそうに笑っていた。ここまで領主一家と民が近い領地も、この国がいくら広かろうとうちの他にないと思う。
かくして工事は遅延もなく理想的に進んでいった。父と私が手を組んだその日から5日後の昼に、本当に南のグランシル直通のルートを私たちは築き上げてしまっていた。誰もが魔法にかかったかのような、あっけに取られた顔をしていた。
築けるはずがないと諦めていた場所に、アスファルト舗装の立派な街道が築かれ、遙か彼方のはずのグランシル市に私たちを導いていたのだから。
・
「信じられん……本当にこれは、うちの別荘ではないか……」
「娘なくしてあの新道の開通はあり得ませんでした。どうでしょう、公爵閣下。今年の夏はご家族とここに滞在されては?」
グランシル側の公爵様はこの新ルートの誕生に当然ながら驚いていた。半信半疑で馬車を走らせて、本当に半日足らずで保養地テーバイにある自分の別荘地やってきてしまうと、公爵様はこの新しい道に商売のチャンスだと飛び乗った。
「これからは良き隣人だな。テーバイ男爵、これから交易についての詳しい打ち合わせをしないか?」
「は、喜んで!」
山岳を大きく迂回して王都を目指すルートよりも、私たちが築いた新道の方が遥かに距離が短く、概算で2日間もの短縮になる。たとえ隣の意地悪子爵に3倍の通行料を払うことになろうとも、人件費や時間を節約できるメリットの方が大きい。
通常では腐敗してしまうような生鮮品も、このルートならば流通の幅が広がると公爵様が上機嫌で言っていた。ちなみにこの公爵家は、私を陥れたようとしたあの馬鹿公子とは無関係だ。
こうして私たちは新たな隣人を手に入れて、そこからしばらくの日々をゆっくりと過ごしていった。今では噂が噂を呼んで、日に日にこの新道に商人たちが集まってきている。
人の行き来が活発化したということは、それだけ彼らが領地にお金を落としていってくれるということだ。
交易の活発化により、石炭も綿花も、街道で売るような簡単な料理も飛ぶように売れるようになった。もちろん鉱山の操業も再開された。父さんが南方の富裕層に別荘地の営業をかけ始めたことから、親方の建築現場も今は忙しそうだ。
西周りのルートはまだ法外な通行料をかけられたままではあるけど、こうしてテーバイ男爵家は、ついに経済崩壊の危機から脱することになった。
そしてこの功績から、私は両親からありのままに生きることを許された。これからも婿探しを続けることを条件に、父さんは領地開拓に私を加えてくれるようになった。
「ダナエー、参考に聴くが、エルトリア学園に好みのタイプはいなかったのか? この者なら領地を任せてもいいと思える者が、1人くらいはいただろう……?」
「そう言われても……みんな頼りない人たちばかりで、あまり……」
「それは、お前自身がたくまし過ぎるだけではないか……? 妥協ラインでもいい! その者の名前を言ってくれ!」
「嫌よ。どうせお見合いさせるつもりでしょ……? あの学園にお婿さんに相応しい人なんていなかったわ」
「誰かしらいただろうっ! もういい、仲の良い男子の名前を言ってくれ!」
「……じゃあ、アドニス王子。アイツなら、考えてもいいかな」
妥協ラインといったら、私たちに味方してくれたあの王子様くらいだ。父さんはその名前を聞くと黙ってしまった。男爵家に王子様が婿入りするなんて絶対にあり得ない。体のいい断り文句にアイツは最適だった。
アイツはシナリオを無視して私たちに味方をしてくれた。ハスタを守ると約束してくれた。私が学園を去るときには、寂しいと面と向かって言ってくれた。最初は変なやつだと思っていたけど、どうしてか、彼のことがずっと記憶に焼き付いている……。
「それかハスタかな、ハスタならお婿さんにしたい」
「お前は女だろう……」
「だよね。私、男の子に生まれてくればよかった」
「娘に面と向かってそう言われると、親としては複雑だ……」
「ごめん。この前の仕返しだよ」
お婿さん、凄く欲しいけど妥協はしたくない。だって私の大切なテーバイ男爵領を預けることになる人だ。そんじゃそこらのいい加減な人間には任せたくなかった。
※大事なご報告
8話「・そしてガテン系令嬢伝説へ 」が抜け落ちていることに、感想を下った読者さんから教えていただきました。ごめんなさい!
挿入し直したので、8話まで戻っていただけると話の違和感が解消できると思います。ページがずれたりと、お手数をおかけします。




