・カリスマもとい現場根性
安定したトンネルには坑木がいる。坑木を作るには伐採と製材の両方を行わないといけない。予算があれば製材された材木を買うこともできるけれど、私たちの予算は0だ。
そこで私と親方はまず炭坑夫のみんなに伐採を教えた。みんなには現地調達で坑木を作ってもらって、それをトンネルに設営する役を任せた。また交代制で私が破砕した岩盤の破片を、猫車でトンネルの外へと運ぶ仕事もお願いした。坑木の制作の方は私や親方よりも、炭坑夫のみんなの方がむしろずっと詳しかった。
私たちは互いの得意分野で支え合いながら、職と食と保養地テーバイの未来のために新たな山道を築いていった。
「お嬢っ、こんなものでどうしょうかっ!?」
「お、おぉぉぉーっっ、なにこれカッコイイッッ!! いいよいいよっ、超いいじゃん!!」
昼前まで無心に手を動かしてゆくと、仕上がりを見せたいとみんなが言うので第2トンネルまで引き返した。
私が築いたトンネルに、立派な坑木が建造されて頼もしく天井を支えていた。破砕された石片だらけだった足下は綺麗に掃除され、炭坑夫のツルハシによりある程度なだらかに整備されていた。取り合えず通れるだけだったトンネルが、本格な街道に姿を変え始めていた。
「へへへ、どうだ俺たちを見直したか?」
「見直したも何も最初から私っ、みんなのこと尊敬してるよっ! みんなが私の先生だもん!」
「お、お嬢……」
「ヤンチャ過ぎるところはあるけどよぉ、お嬢はやっぱりええ子だべなぁ……」
自分ががんばって掘ったトンネルを、みんながこんなに立派にしてくれたのが嬉しくて、私は子供みたいにその場で飛び跳ねていた。
……深酒してるのにラーメンのスープまで飲んで、当然のごとく全部吐いてた頃の私が私を見たら、きっとラーメン吐くだろうな……。
でもしょうがない。今の私はかわいい。私はみんなに愛されている。生前のノリなんて捨てて開き直った!
「まっ、我ながら良い出来映えだよなっ! やっぱそうだよなっ、これ良いよなっ!?」
「うんっ、私こういうの好き! 凄いねっ、思ってたより立派な街道が生まれちゃうかも!」
私はカッコよくなったトンネルを見上げて、もうおじさんなのに少年みたいになっていたみんなとはしゃいだ。
「ぁ…………」
「お、お嬢っ!?」
ところがまたクラッとしちゃって、一番若くて親切なおじさんに抱き抱えられていた。
「あ、ごめ……あれ……?」
「大丈夫か、お嬢っ、おい、しっかりしやがれよっ?!」
「ど、どど、どうするべよっ!?」
「大げさだよ、こんなのただの立ちくらみだから……」
トンネル掘りは『きっと』なんて仮定の言葉が必要ないくらいに身体への負荷が大きい。がに股になってツルハシを振り下ろすことも多いので、炭坑夫は痔が職業病だと言われてるくらいに過酷だ。私は痔になったことはないけど……。
「今日はもう帰って下さい。その方がいいです」
「えー、そんなのヤダよーっ」
「倒れられたらオラたちの責任になるべ……。オラたちも困るべ」
「がんばり過ぎなんだよ、お前さんは」
「でも、今日はちっとも働いてないよ……」
「労働の中身の問題だっての! さっさと帰れ、この馬鹿娘!」
ちょっと立ちくらみで倒れそうになっただけなのに、私は現場を追い出されていた……。
しょうがないから帰り道は砕き損なった石ころを割りながら、第1トンネルへの道を歩いていった。ベッドが恋しいかと言われたら、ちょっと恋しい。
「あれ……どうしたの、みんな……?」
ところが昨日と同じように、あの第1トンネルの前に人が集まっていた。今度は炭坑夫たちだけじゃなくて、綿花畑で働く女性たちも混じっていた。その数は20人近くもいる。
「手伝いにきたよ、ダナエー!」
「これ、ダナエー様たちが作ったの!? うは、ヤバいでしょ……」
「この険しい山を削って道を造ろうなんて、さすがお嬢でさ! はっきり言って発想からして正気じゃねぇさ!」
冷やかしは1人もいなかった。みんなが手伝ってくれることになって、だったら私ももう少しがんばろうと道を引き返した!
「いやお嬢、何当然みたいにやる気出してるんですか! 疲れてるなら家に帰って下さいよっ!?」
「倒れられたらご領主様に顔向けできねーって言ってんだろ、この馬鹿娘がっ! てめーは発情期のイノシシかっての!」
……ダメだったらしい。再び帰れと現場を追い出されて、しょうがないし少し寝ようと決めてお屋敷に戻った。
・
軽く川で泥を落としてから戻ると、父さんが居間でお酒を飲んでいた。父さんが昼間からウィスキーのふたを開けるなんて、今日まで1度も見たことがなかったので私も驚いた。
「お帰りなさい、父さん」
「ただいま……」
父さんは昨日帰ってこなかった。もう50過ぎの父さんはしわのある顔に深い疲れを浮かべて、ウィスキーにもう悪酔いしていた。私たちのためにここまでがんばってくれたと思うと感謝したくなって、父さんの両肩に後ろから手を置いていた。
「ダメだったんだ……?」
「ああ、ダメだったよ……あの石頭め……。どうやらあれは、誰かに、入れ知恵されたようだ……。うっ、お、ぉぉ……っ?!」
父さんの肩はバキバキだった。
「入れ知恵?」
「あ、ああ……色々と譲歩をしてみたのだがな、少しも聞いてくれない。通行料を元に戻してくれるなら、炭鉱収入の一部を譲るとまで言ったのだぞ……。彼にも損のない話だったはずなのだが……」
「それ変だね」
「そうだろう? あの守銭奴なら乗ってくると思ったんだが……ウッッ?! ダ、ダナエー、もう少しやさしく頼む……っ」
「あ、ごめん、ちょっと考え事」
じゃあ誰が入れ知恵したのかと思い浮かべると、被害妄想かもしれないけどミレイやあの馬鹿公子の顔が浮かんだ。特にミレイは、別れ際に『これで終わったと思わないことね』と言っていたくらいだ。
「ところでダナエー、そっちの方はどうなのだ……?」
「あ、うん、労働者が24人集まってくれたよ。みんな私のこと覚えててくれて、誘ってもいないのに助けにきてくれたの。……ギャラとか払えないのに」
「誘いなしで、そんなに集まったのか……?」
「うん、みんないいやつだよ。私、やっぱりここのみんなが好き」
やっぱり休むの止めて戻ろうかな……。1時間くらい横になって休んだら、現場に戻ってもいいよね?
「どうしたの、父さん?」
「率いようとするのではなく、無意識に率いているのだな……」
「率いる? 何が?」
「お前のことだ。権力で支配するのではなく、天然のカリスマ……いや、現場根性で従わせるとはな……。ああ、これでお前が男子だったら、どれだけよかったことか……」
「私もそう思う。だけどそれ、実の親に言われるとちょっとムカつく……」
「すまん、言い方が悪かったな……痛いっっ!!」
マッサージにトドメを入れて、私は父さんの背中から離れて正面のイスへと腰掛けた。頬杖を突くとお行儀が悪いって顔をされた。
「だけどそうだね、あと4、5日あれば――舗装はゼロだけど、グランシル行きの道が一応完成する」
「ははは、そういう冗談はよせ」
「冗談と思うなら、直接見に行ったらいいよ。私が本気になったら、岩くらいツルハシ1撃で破壊できるのを忘れたの?」
「もちろん覚えているよ。せっかく運ばせた庭石を、目の前でガレキに変えられてしまったからな……」
あれは違う。あれは別に父さんに嫌がらせをしたわけじゃない。あの岩には石英がくっついていたから、中から宝石が出てきたら面白いかなって思って、好奇心と出来心でやっただけだ。
「でもあの時は、中からおっきな石英の結晶が出てきて、それを見て母さんが凄く喜んでたじゃない」
「そういう問題じゃない……。まあ、いいだろう、そこまで言うなら見に行こう……。だが仮にそれが嘘だったらお前はどうする?」
「父さんの周りを三回回ってワンと鳴いて言ってあげる。それと、そうね……。あの頃みたいに素直でおとなしい私に戻るわ」
あの頃のおとなしい私がそんなに恋しいのか、父さんはイスから立ち上がるくらいの乗り気になった。
「よかろう。息抜きに見てくるとしよう」
「私は少し寝るね。なんか思ったより、疲れてるみたい……」
話が済むと私は自分の部屋のベッドに飛び込んで、タオルだけをお腹にかけて少しの昼寝をした。




