・お嬢!
2つ目のトンネルが開通した頃には、あれだけ青く果てしなかった空が琥珀色の夕焼け空に変わっていた。夕空の鳥たちが少しだけ寂しげな声を上げて、自分たちの巣に帰って行くのが見えた。10mも続く長いトンネルの向こう側は、石ころばかりの岩石地帯になっていて、殺風景ではあったけれど道を通すとなると、伐採が必要な森林よりもずっと手軽そうだ。
こんなところまで足を踏み入れてきた者は、地元の人間でもこの私が初めてかもしれない。そうなると何か珍しい物があってもおかしくなくて、私はまた1人でニコニコと馬鹿みたいに笑ってしまっていた。
このまま探検したい気持ちもあるけど、今日はここまでにして帰ろう。だってお腹が空いたし、ずっと山の中にいて人恋しいし、鳥が家に帰るのに私だけ帰らないのも変だ。
私は築き上げた自慢のトンネルを見上げながら、きた道を大股歩きで引き返していった。……ところが、山にいたのは私だけではなかった。
「あ、あれ見ろっ、あれうちのお嬢だろっ!?」
「ああ、ありゃお嬢で間違いねーな……。あんな素っ頓狂な格好した貴族様、他にいるわけねーだろ……」
1つ目のトンネルを抜けたところに、町の労働者たちが集まっていた。みんなはドレス姿でツルハシを担ぐ私を指さして、町のみんなと同じように楽しそうな笑顔を浮かべていた。
「お久しぶりです、お嬢!」
「おんやまあ綺麗になっちまって、おらぁ見違えちまったべっ!」
「なぁお前さんよ、王都の学校で何を勉強してきたんだ……? ちったぁお嬢様らしくなって帰ってきてもいいのによ、なんなんだよその格好はよぉ……」
確かこっちの4人は炭坑夫。残りの1人は建築現場の親方だ。私たちは昔馴染みの仕事仲間だった。
「なんでここにいるの?」
「テーバイに帰ってくるなり、じゃじゃ馬娘が馬鹿なこと始めたって聞いてな」
「馬鹿なんてとんでもねぇ! こりゃすげぇべよっ!」
「ありがと! ……要するに、仕事がなくて暇だから私を冷やかしにきたんでしょ?」
「うっ……そうはっきり言わないで下さいよ……。だけどこれ、お嬢がやったんですか……?」
「うんっ、凄いでしょーっ!」
「炭鉱にいた頃から冗談みてぇな馬鹿力だったが、こりゃま、すげぇわな、ははは……」
「おい、一応俺たちのお姫様だぞ、もう少し敬えっ!」
みんなは明るかった。みんなは私と交互にトンネルを見上げて、繋げられた2つの世界に私が感じた物と同じ希望を感じてくれたみたいだった。
「そう言われたってよ、もうちょい慎ましくしてくれたら俺も考えるんだけどよぁ……。いやけど、これよ? これ、マジでこれいけるんじゃねぇか……?」
「ホントッ、親方もそう思うっ!?」
「おう、すげぇロマンを感じるぜ! こりゃいいな、こりゃぁいいわっ! このまま山の向こうまで道を造ろうなんて、最高にバカだぜ!」
「確かにお嬢のその……常人離れしたその力があれば、無理とは言えないな……」
「おらもそう思うべ! さすがは炭鉱山自慢のダナエーお嬢だべ!」
「それにこれが南に繋がったら、炭鉱もまた操業再開できるな……。舗装なんて後回しでいいから、とにかく開通させれば……」
「いやうちとしては、貴族様が通れる道が欲しいわな……。ま、どうせ仕事なんてねーんだ! よっしっ、いっちょ俺らでお嬢の計画を手伝ってやるとするかっ!」
こうしてこの日、山道造りの仲間が5人も増えた。どいつもこいつも暑苦しくて男臭かったけど、ずっと昔からありのままの私を認めてくれていた。
「ありがとっ、みんなマジでありがとっ! よーしっ、明日からみんなでがんばろーっっ!!」
私はツルハシを握った手で拳を上げた。上げたのに、労働者たちは誰も乗ってこなかった。
「いつも元気ですね、お嬢は……」
「これで16だか17歳って、嘘だろ……」
「全然いいべ。子供は無邪気な方が、かわいいべよ」
悪気がないのは知ってるけど、なんて失礼なやつらだろう。
だったら私は私の流儀で、彼らともう1度一致団結することにした。破砕し忘れていた岩にツルハシを片手でガツンと振り下ろして、口の悪い連中の気合いを入れ直した。
「さあもう1度。みんなー、明日から一緒にがんばろうねー? はいっ、がんばろーっ!!」
決して元気とは言えないけど、今度はちゃんと返事が返ってきたので私はそれで満足した。さあ、明日からまたがんばろう。




