・8歳の夏、ガテン系と文学少女の出会い
本日より毎日更新で、約5万字弱で完結します。
ヒーロー役との淡い恋愛もありますが、基本は主人公ダナエーと悪役令嬢ハスタトゥースの友情を中心に物語が展開します。
私はダナエー・テーバイ。小貴族テーバイ男爵家の一人娘として生まれた。父と母はいわゆる不妊症の悩みを抱えていて、神様の気まぐれて私が授かった頃にはどちらももう40歳手前という高齢だった。
私には産まれながらにこのテーバイ男爵家を守る使命が与えられていた。具体的には男子のいない実家のために素敵なお婿さんを見つけて、未来の夫と共にこの愛する領地を盛り立てていかなければならなかった。
ところが7歳の春、私は川で足を滑らせて溺れかかった。その時に頭も岩に強く打って、あわや死んでしまうところだった。
……いえ、もしかしたら本当に私はあそこで死んだのかもしれない。その日を境に少女は別人のように人格が変わり、領民のみんなには『ガテン系令嬢』と呼ばれるようになっていった。
私は思い出してしまったのだ。生前の私は気弱でやさしいこんなお嬢様ではなく、ましてや領地の未来を、まだ見つかってもいない婿任せにするような弱い少女でもなかった。
私の前世は土方だ。ガテン系女子だった。日本各地に橋を建て、道路を整備し、重機を操作して土砂や鉄骨を運ぶ現代の肉体労働者だった。
女の子とではなく男の子たちと野山を駆けて川に飛び込み、チャンバラ遊びに青タンを作って擦り傷だらけで帰ってくる娘に、両親は初めこそ発狂したが、いつしか諦めてくれた。2人にとって私は、目に入れても痛くない大切な一人娘だったからだろう。両親は私にこの上なく甘かった。
私はこの緑にあふれる男爵領が大好きだ。もちろんやさしい両親のことも愛している。だから私はお婿さんの力ではなく、自分の力でテーバイ男爵家の未来を切り開いていきたい。
溺れる前は細く痩せていた少女ダナエーは、日に日に強くたくましく育っていった。
ところがそんな童心の日々の中、私が8歳を迎えたある日、とある女の子と出会った。彼女の名前はハスタトゥース・アエネア。王都で暮らす花のように可憐な侯爵令嬢だった。
・
私の暮らすテーバイ男爵領は、国内でも有数の保養地として知られている。ここは東京で言うところの海のある奥多摩だ。その証拠に北部の岸壁から海を眺めれば、その彼方に高い城壁に囲まれた王都が見える。
けれどもその岸壁そのものがこの土地の問題で、テーバイ男爵家の北部は全てが切り立った岸壁で覆われていた。最も高低差が低いところから見ても、海まで2、30mくらいはあるはずだ。
崖に立って下をのぞけば最高にスリリングで、私は屋敷の裏の岸壁から向こう側の栄えた世界を眺めるのが好きだった。
「お嬢様、ここにおられましたか。お屋敷にお戻り下さい、旦那様がお待ちですよ」
「あれ……アレって今日だったっけ?」
「ええ、もういらっしゃっています。どうかお急ぎ下さい」
「わかった、わざわざ呼びにこさせちゃってごめんね!」
私はスカートを大きくまくると、屋敷までの緩やかな坂を駆け下りた。この新しい身体はとんでもなく調子がいい。何をしても身体が軽くて、息切れもしなくて、それにいくら食べても太らなかった。若いって最高だった!
お屋敷の広い庭まで戻ると、そこに白塗りの6頭立て馬車が停まっていた。
テーバイ男爵家は、位の高い貴族を屋敷に招いて接待をする。そうしてこの土地を気に入ってもらえたら別荘地を紹介して、そこに家を建てる。男爵とは名ばかりの不動産屋のような家だった。
書き入れ時はちょうど今、夏だ。緑豊かなこの高台の土地は避暑地として富裕層たちにこよなく愛されている。
「おお、やっと帰ってきたようです。……この子が私の娘のダナエー。お恥ずかしいことに男の子のようにヤンチャな部分がありますが、淑女として最低限の嗜みは仕込んであります」
私は失礼な言い方をする父さんにイーッをして、当家にいらしてくれたお客様にお辞儀をした。日本で居酒屋をハシゴしていた頃の私が今の自分を見たら、きっと焼酎を吹き出す姿だっただろう。
けれど私の目の前にいる夫婦と綺麗な女の子、それにブロンドの少年は本物の貴人だ。そこいらの成金に仰々しい態度でへりくだるのとは訳が違った。
「ダナエー・テーバイです。趣味は釣りと川遊びと炭鉱掘りです、どうかよろしく」
「かわいいお嬢さんだ。こちらは私の娘のハスタトゥース。そしてこちらが……うむ、ハスタトゥースの友人のアドニスだ」
「どうか仲良くしてやって下さいね」
品の良いご夫婦に、私は大人が喜びそうな明るい笑顔でうなづいた。ガード下の赤提灯でいびき立てて寝ていた私が言うのも変だけど、この新しい私は超絶に可愛いと思う!
「君、僕たちと同い年なんだってね。どうかよろしく」
「えっ、このチビも私と同い年なのっ!?」
「チビとか言わないでよっ、僕だって気にしてるんだからっ!」
「あっ、ごめん……つい本音が出ちゃって」
ハスタトゥースの方は物静かな雰囲気で、黒いロングヘアと白いワンピースがとても似合っていた。
私が流し目を向けると、父と母がうなづく。ここから先はいつも通りだ。
「ねぇ、よかったら今から遊びに行かない? 私が面白いところに連れてってあげる!」
「本当っ!? 僕行く!」
「わ、わたしは、疲れたから部屋で――」
「いいからいいからっ! ほら行こうよっ、ハスタトゥース! あ、長いしハスタでいいよねっ、それじゃ、行ってきまーすっ!」
「ちょ、ちょっとっ、い、行くなんて一言も、わっわっ?!」
この子はきっと人見知りだ。私に興味があるくせに、目が合うと視線を外す。ブロンドのチビの方はニコニコと笑いながら後ろをくっついてきた。私は屋敷の外にハスタを引っ張り出した。
「もう、なんて強引な人なの……」
「うん、こういうタイプは初めてだね……痛っ?!」
「チビのくせに偉そうなこと言うなっ、お子さまはお姉ちゃんに付いてきなさい」
「だから僕も8歳だってばっ!」
「いこっ、ハスタ!」
私はハスタを引っ張って、一応ここ一帯で最も栄えている都市部に向かった。そこで人形劇を見て、土産物屋さんに寄って、それからちょっと建築現場を手伝った。
「なぁ、お嬢……」
「ん、なにー?」
材木を運んだり、土台となる石材を猫車で運んだり、楽しくやっていたら現場監督のおじさんが私にコソコソ話を始めた。
「あのな、こういうのはな、接待とは呼ばねーと思うぜ……?」
「そう? 私は楽しいと思うけど?」
「どこの世界に、貴族のお坊ちゃんお嬢ちゃんを建築現場に招待するバカがいるんだよ……」
「ここ」
「ここはいいから他のところ連れてってやれ……。おうっ、お坊ちゃんたち! そろそろ飽きてきただろ? お嬢が『燃える土』を見せてくれるってよ! ほら行け、お嬢っ」
燃える土。それはテーバイ男爵領の名物の1つだ。まあそれも面白いかなと私は仕事の手を止めて、意外と楽しそうにしてるチビとハスタの前に立った。
「民は毎日こんな労働をしてるんですね……。大変なんだ……」
「ねぇ、燃える土って、なんのこと……?」
「そのまんまだよ。火を付けると燃えるの」
「土なのに燃えるんですか?」
「そうだよ。せっかくだし見に行こっか!」
「わたし、それ、興味ある……。ぁ……っ」
あーあ、こんな綺麗な子が私のお婿さんだったらな……。
私はまたハスタの手を取って、元気に膝を上げて町を歩いた。燃える土はここから離れた湿地にあるのだけど、そこまで行くのは交通のアクセスが悪いので、観光客向けの博物館に展示している。
中へと入ると、まあ私には趣味がよくわからないアンティークとか、工芸品が展示されていて、その奥に燃える土も展示されていた。
「これが燃える土」
「うっ……これ、変な臭いがするんですけど……?」
「そりゃそうだよ、石油由来だもん」
「せきゆ、ってなんですか……?」
「あ……。ごめん、今の聞かなかったことにして」
「えーーっ!? なんでわざわざ秘密にするんですか!?」
だって石油なんて言葉、この世界にはないもん。燃える土、燃える油と呼ばれてはいるけれど、石油という言葉は存在しない。
「あ、ごめん、ハスタにはこういうの退屈だった……?」
「なん、で……」
「え、何? よく聞こえないんだけど?」
「なんで、知ってるの……。もしかして、ダナエー、貴女って……」
ハスタの言葉は小声でよくわからなかった。チビが言うには、ハスタはかなりの内気らしく、別に展示や説明がつまらなかったり、私を嫌っているわけではないそうだ。
「あ、そだ。一通り見たら川に行かない? 父さんは連れてくなって言うんだけど、絶対面白いから行こうよっ!」
「それって田舎の男の子たちの遊びですよね! 僕、行きたいです!」
「わたしも興味ある……。来るとき見たけど、川、綺麗だったから……」
それから私は2人を川に連れて行って、たっぷりと遊んでお腹が減ってからお屋敷に帰った。
「約束が違うぞ、ダナエー……。あの子たちは侯爵様たちの……。ああとにかく、明日から川遊びは禁止だ! 頼むからわかってくれ、ダナエー……!」
「えーー……せっかくここに来たんだから、川遊びしていかないなんてあり得ないよ!」
じゃあ森か炭鉱かな。
その晩、私はハスタと同じベッドに入って、明日は炭鉱と森、どっちがいいかと聞いた。ハスタは炭鉱より、森の方が好きみたい。なら明日は森の花園に案内しよう。
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