表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

ブレーメン

 帝國歴史書 - 第一章 - 始祖


 この世界では歴史の区切りが、始祖の誕生と消滅によって決められている。始祖が死ぬと、世界が消滅するが故に、この様な区切り方をされるのだそうだ。

 また、消滅世界からの転生を成功させた人々は、最新世界において "始祖末裔" と呼ばれ、"神" の様な存在とされる。

「レイちゃ~ん。ドア開けて頂戴~」



 レイ・クライシス独身24歳。「グレイシーさん早いよ...」と、愚痴を零しながら、正面扉の解錠作業に向かう。

 扉の前まで来ると、毛皮のコートを身に纏う "膨よかな女性の姿" を、硝子越しに確認することが出来た。彼女がこの店の店長、モント・グレイシー。占い師だ。



「グレイシーさん... 今日はどうしてこんなに早く?」



 寝起きを強調しつつ、若干の憤りを混ぜた声でそう聞いた。これに対して、表情豊かな彼女は、



「そんな顔しないでよ... ね? 可愛いお顔が台無しよ?」



 と、赤ん坊を諭すかの様な表情で私に言う。

 それに対して、外国製コメディドラマ並の呆れ顔を見せると、頭の中で台詞が読み上げられた。



――じゃあ可愛いお顔の私には、何故恋人が出来ないのでしょうかねぇ?



 感傷に浸る間もなく、店の開店準備が開始された。グレイシーは水晶の魔力調整を、私はその他の準備を "全て" 行う。

 何かおかしいが、最早日常。文句を言いたい訳ではない。



「開店準備完了よ。お疲れ様。後は上でゆっくりしてて」

「いえ。そう言う訳には...」

「いいのよ。いつも頑張ってるんだから。今日は特別休暇よ♡」

「――ではお言葉に甘えて...」



 心の中では、第二の私が満面の笑みを浮かべている。

 二階には部屋が一つだけある。中にはテーブル一つ、椅子一つ、窓一つが備えられているが、灯りはない。


「はぁ...」と、溜息を吐き、椅子に座った。窓の外を眺めると、店の前には、早くも行列ができていた。いつも通りの光景だ。

 いつも通りだ... 高速移動する "ご老人" 以外は。



「――え⁉ 何あれ...」



 気付いた時には、好奇心がレイの体を突き動かしていた。窓から屋根によじ登り、老人の後を追いかけた。



「ジーク。貴方追われてるわ...」



 老人の指輪が話し始めた。

 老人は指輪を口に近づけ、会話を始める。



「冗談は止せ」「冗談じゃない! 八時の方向! 屋根見て!」



 老人はピタリと止まり、後ろに振り返った。

 八時の方向、屋根の上を見ると、猛スピードで屋根から屋根に移る、女の姿が見えた。



「――何故俺が見える...」「分からない! でも、あの子きっと先見師よ! どうにかして巻いて!」



 会話が終わると老人は、速度を数段上げて走った。



「海岸沿いに逃げるなんて... 素人かしら...」



 そう言ってレイは、道に飛び降りた。落下の衝撃で、道路上の煉瓦が割れる。



「形質転換。まだまだ現役ね」


「アンナ... あの女...」「形質転換... 魔女狩りの技だわ...」「奴何者だ...」「ジーク危ない!」



 目の前に突如として、滑車に乗せられた家が現れた。

 咄嗟の判断で老人は、変身術を唱える。



「ヒックノーツッッ!――



 姿勢を低く保ったまま、体を回転させ、滑車の下に潜り込んだ。

 そして呪文を唱えきる。



 ...イミテティオォォ!!」



 次の瞬間、滑車の下から炎の不死鳥が現れた。

 空を飛ぶことが出来ないレイは、只々その場に立ち尽くすことしかできなかった。



「――変身術に、ヒックノーツ... あのお爺ちゃん何者なの...」



   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ジークとアンナは "先程の女" について話し合いを始めた。



「最近の先見師は、異石の魔力探知まで出来るのか?」


「まさか。異石の魔力探知は、最高級の先見紙を使っても出来ないはずよ」



「だったら答えは一つだな」と、ジークが返すと、

「まさか... クライシスの? でも、こんな辺境にお姫様なんているはずが...」と、アンナが言う。

 それに対して、ジークは、「だが、あれは明らかに "先見の明" だった。ワラビの予測は当たったんだよ...」と、詰将棋の如くアンナの意見を捌いていく。



「そ、そうね... 取り敢えず、ワラビ連れて来た方がいいわよね?」



 アンナの質問に対して、「...あぁ、そうしてくれ」と言うと、アンナは、「りょうか~い」と言って、ジークの指から姿を消した。



   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 高速移動しながら不死鳥に変身する老人。未だに信じ切れていない。



――私疲れてるのかしら... 周りの人達も、何も見えてなさそうだったし...



 溜息を吐きながら、下を向いて歩いていると、落とし物を見つけた。

「業者側控え?」と、呟きながら紙に手を伸ばす。そして、紙に触れた瞬間、レイの脳裏に映像が流れた。落とし主が写っている映像だ。



『「ヒックノーツッッ!――《ポロッ...》イミテティオォォ!!」』



「さっきのお爺さん!」と言って、紙に書かれている内容を確認する。



"モント・グレイシー様 - ワレモノ - 匿名"  "ブレーメン"



「ブレーメン... 社名なのかな...」



 社名の横にあるエンブレムには、複数の動物達が描かれていた。

「まぁ、もう会うこともないわね...」と呟き、最近話題の洋菓子店に足を運んだ。"生クリーム×チョコレート×苺" なんて言う、カロリーの化け物で、空腹感と燃え尽き症候群を緩和してみるが、罪悪感という新たな悩みの種が増えただけだった。



   ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 店に戻ると、昼頃の行列はすっかり無くなっており、辺りは閑散としていた。「片付けかぁ...」と軽く愚痴を零し、店の中に足を運ぶが、グレイシーの姿が無い。

 仕事用の椅子を覗き見ると、グレイシーの代わりに席に座っていたのは、見た事も無い赤い水晶玉だった。



「何だろうこれ...」



 気付いた瞬間には、その水晶玉を手に取っていた。すると突然、水晶玉の中に赤い煙が立ち籠め始める。そして何やら、煙の中に文字が浮かび始めた。



"マドウシ-コンニチ-ショウゴ"



 文字を確認すると、赤い煙は徐々に消えていった。

 次の瞬間、背後から声が掛かる。



「ヒッ!... レイちゃん! それに触れたの!?」



 驚きながらレイに近づくモント。

 それに対し、「フ、触れてないヨ...」と、世界一下手な嘘を吐くレイ。

 そんなレイに対して、「もうっ... まぁいいわ。で?」と、当たり前かのように、謎の返しをして来るモント。それに対して、「え?」と返すと、モントは、



「なんて書いてあったかって聞いてんのよ。まさか、見てないなんて言わないわよね?」



 どうやら、水晶玉の中に現れた "文字列" について質問しているらしい。レイが続けた。



「あ、あぁ... マドウシ-コンニチ-ショウゴ、って浮かび上がって来たわ...」

「魔導士!? 今日!? 正午!?」

「え、これって何なの?...」



 少し恐怖感を煽られたレイは、恐る恐る "文字列" の内容について質問した。モントが答える。



「その文字列は、貴女の運命の人がどんな人で、いつ出会うかを示してるのよぉ♡」



 モントはウキウキの様子だが、レイは違った。「え?.....」と、完全放心状態。

 それもその筈。正午の出来事での関係人物など、あの老人以外いないのだから。

 モントはウキウキが止まらない。



「貴女... 朝知らない誰かに会ったりしたぁ?」


「えぇ。会ったわよ... 人間離れした動きの、お爺さんにね!!!」



 完全に八つ当たりだ。だが、何故かモントは怯まず続ける。



「あ、そ、そうなの… でも、それが貴女の運命の人よ...」

「あのね、私明日、お見合い相手と踊るのよ!? 冗談は止して!」

「でも、この水晶の占い、外れないらしいわよ...」



 残念そうな表情のモントと、「はぁ...」と、溜息を吐くレイに声が掛かる。



「ユービン。ユービン」

「あ、わ、私朝刊取るの忘れてたわ、と、取りに行かなきゃ! 郵便受け取りお願いね!」



 そう言ってモントは、上手くその場から抜け出した。「まったく...」と言って、郵便受け取りに向かう。「ウケトリサインヲ」と言う郵便人形から、受け取り確認サイン用の紙を受け取り、"モント・グレイシー" と記した。



「モント・グレイシーっと... はい、ご苦労様ね」

「マチガイアリ」

「え?」



 郵便人形は、無気力に首を傾げた。

 レイは、グレイシー本人の受け取り確認が必要なのだと思い、グレイシーを呼ぼうとする。



「グレイシーさー...」「レイ・クライシス。ウケトリサインヲ」



 郵便人形は、レイの声を遮る様にそう言った。レイの背筋に冷感が走る。



「貴方... どうして私の名前を...」「ウケトリサインヲ」



 郵便人形は、頑なにレイのサインを要求し続ける。

「わ、わかったわよ...」と、レイは、仕方なく受け取り確認欄にサインをした。すると...



「レイ姫。契約完了でございます」

「あ、貴方誰⁉」



 レイの目の前で、郵便人形は、美青年に変身した。



(わたくし)は、ワラビと申します。以後お見知りおきを」

「て、手紙なんて嘘だったのね⁉」

「えぇ。サインとは関係ありません。ですが、手紙はございます」



 そう言って青年は、懐から一通の手紙を取り出した。裏に印が押してある。



「これ... ブレーメンの...」

「おや。私達の事を知っているのですか?」

「さっき知ったとこよ...」



 手紙を開けると中には、何も書いてない紙が一枚入っていた。



「何これ。ただの紙じゃない」

「いえ、それは先見紙でございます」



 先見紙。未来予知が可能な軍師として、各国に重宝される先見師。その予知を "可視化するための道具" として用いられるのが、この先見紙である。



「先見紙!? なんでそんなものがここに」

「御主人様が、帝國の禁書庫から盗まれた品です」



「えぇ...」と、そこそこな困り顔を見せるが、ワラビは全く動じない。



「...と言うか、触れちゃったじゃない! どうするのよ!」

「見てみましょう♪」

「んな呑気な...」



 先見紙に文字が浮かび上がる。



――モント・グレイシー氏の暴走により、シークラリア市が壊滅。



「おや。これは恐ろしいですねぇ...」

「そんな...」



 信じ切れない様な表情を見せるが、先見紙の予測という事もあり、絶望を隠し切れないレイ。

 すると突然、謎の轟音と共に凄まじい衝撃波に襲われた。



「あ、来ました」

「え?」



 振り向くと、店の裏口周辺の物体が跡形も無く消え去っていた。そして、残された店の裏口部分では、モントが静かに佇んでいた。



「見事な闇魔法ですね。これなら、先見紙の予言にも納得がいきます」

「嘘でしょ...」



 絶望、焦り、混乱、恐れ。全ての感情がレイを飲み込み、思考を停止させた。



「あ、これはまずい」

「え?」



 次の瞬間、この世で最も黒い色をした波動が、こちらに向けて放たれていた。その瞬間、レイは死を覚悟していた。

 だがしかし、波動はワラビとレイに当たることなく、周囲を通って背後に落ちた。



「はぁ。アンタ、そろそろ詐欺師よ」

「何がだ」

「波動系の闇魔法を弾く魔導師見習いが、この世にいますか?」

「ここにいるじゃないか」

「詐欺師」

「五月蠅いぞ」



 ワラビとレイの前には、謎の男が立っていた。



「御主人様。グッドタイミングで御座います」

「貴方達は...」

「さっきは逃げて悪かったな。追手だと思ったんだ」



 "御主人様" と呼ばれる謎の男は、何故かレイに謝罪した。それに対し、「え?… さっきって...」と質問すると、その質問は謎の声によって阻まれた。



「ジーク! あれってワラビ!?」

「ん?... あぁ。"藁人(コウジン)" の痕跡が見えるから多分そうだな...」



 "ジーク" とも呼ばれる謎の男は、どうやらワラビの知り合いらしい。



「転送の件、有難う御座いました。アンナ様」

「うっ... あそこまでイケメンだと、逆にムカつくわね...」



「指輪と会話してる...」と呟くと、ジークはこっちを向いて言った。



「ワラビ、そいつと一緒に町の外に逃げろ」

「承知しました」



 そう言うと、次の瞬間。ワラビは、地面に四つん這いになる。そして、



「ア"ァ...」



 ワラビの骨格が変化し始める。そして次の瞬間、レイの前に巨大な黒豹が現れた。



「さぁレイ姫。お乗りください」

「え!? 嫌よ! 私動物嫌いなの!」



 命の危機だと言うのに、レイは頑なにワラビに乗ろうとしない。



「小煩い女だな...」

「ああいうのは縛った方が早いわよ」

「テイン」



 ジークの手から放たれた呪文が、レイをワラビの体に縛った。



「行けワラビ」「はい」

「私猫アレルギーなのにぃ...」



 ワラビはレイを乗せて、シークラリア市外に向かって走り始めた。

 ワラビが視認できなくなると同時に、背後からダリア皇国の皇国騎士が現れた。



「貴様か、市街地で闇魔法を放ったのは...」

「お前が団長か...」



 ジークは、睨みを利かせながら、会話を進めていく。

「ジーク! 話がややこしくなるから睨むのやめて!」と、アンナは小声で助言するが、ジークは聞く耳を持たない。



「よかろう。貴様はこの始祖末裔、グリード・ヴォルヘイド様が直々に相手しよう...」

「ヴォルヘイド⁉ 第四末裔よ! ジーク! 戦っちゃ駄目!」



 それを聞くと、ジークは右手を前に出し、掌を上に向けて開いた。



「転送ね! 待ってて!...」



 と喜ぶアンナに対してジークは、



「違う。外野を消すだけだ」



 とそう言ってジークは掌に "煙の入った玉" を作り出した。そして「煙玉」と言って、玉を握り潰す。

 すると、ジークの背後にいた、闇魔法使いモント・グレイシーが白煙に包まれ、次の瞬間には、その場から姿を消してしまった。

 その出来事に対して、団長からは思わず「奥の手が...」と言う声が漏れ出してしまう。



「やはり貴様らが犯人か」

「な、何の話だ」

「先見師-レイ・クライシスの抹殺。ダリア皇国も... 帝國に手を出すとは... 偉くなったモンだなぁ...」



 戦闘反対派のアンナが口を開いた。



「ジーク。やって...」

「言われなくてもやるさ。社員の命綱を切ろうとした罪は重いぞ? ヴォルヘイド...」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ