大きなダイヤ
9-2
病院のパジャマを着せられた香澄が、自分の服を手元に取り寄せた時、看護師の本城和美が丁度部屋に入って来た。
和美は二十二歳の看護師、香澄と殆ど年齢は変わらない細身のスタイルの良い綺麗な女性だ。
病室に入ると同時に、その光景を目の当たりに見てしまった。
それはベッドに寝て上半身を起こしていた香澄の所に衣服だけが、フワフワと飛んで来たのだ。
「何!今のは?」驚き顔で叫ぶ。
ハンガーから綺麗に衣服だけが、香澄の手元に届いていた。
「あっ、見ちゃったの?」恐々近づく和美と姿は殆ど変わらない。
「本城和美さんね、今見た事は内緒よ」
「は、はい」和美がそう答えると、和美の身体が少し宙に浮いた。
「えー、何よ」と言うと直ぐに床に降ろされて「世間で言う、超能力よ!」と笑って言った。
「何故?私の名前を知っているの?」
「テレパシーで貴女の脳に入ったのよ」
「えー、そんな」
「驚かなくても良いわ、この世の中には数十人、もっと多いかも知れないけれど、超能力者が居るのよ」
「嘘、漫画の世界でしょう?」
そう話している間に、香澄は今の地球の環境、科学の発展が想定よりも大きく遅れて居る事を和美の脳から読み取っていた。
この状態では惑星アールに移住計画は無理な事を悟っていた。
この科学の環境では自分達は大きな能力を持つ超人に成ってしまう。
自分と同じ使命の人が何人無事に地球に到達しているのだろう?
少なくとも私達の能力を利用して、惑星移住計画は行われる事は無い。
この世界の環境は自分達の制御が出来ない。
生まれて少しで超能力を持つ人は、特別な訓練でその能力を大きく伸ばして世界に貢献するのが惑星アールの超能力者の使命だった。
「和美さん、私は別の惑星から来たのよ!」急に説明をした。
「えー、違う惑星?」驚く和美。
「でも貴女と私は同じ先祖を持つのよ」
「意味が判らないわ」
「私は、今貴女と話しをしているけれど、言葉は知らなかったのよ!でも直ぐに判るのよ」
「嘘でしょう?」
「貴女は今年二十二歳、お父様は和義さん、お母様は敏美さん、妹さんは短大生で輝さんね」そこまで聞いて和美は床にへたり込んだ。
話が嘘では無いと確信したからだ。
「お願いが有るの」
「何?」
「私此処では一人ぼっちなの、助けて貰えないかな」
「助けるって何をすれば?」
「私達の仲間を捜さないと駄目なの、服とかも必要だし、この世界に溶け込んで探したいのよ」
「何人、居るの?」
「判らないわ、素晴らしい科学者も居ると思うのよ、私が此処で助けられたから、この場所からそんなに遠く無い場所に数人は来ていると思うわ」
「でも漫画の世界の話しだと思っていたのに、現実に超能力の世界を見ると驚くわ」
「幼いときから訓練をすれば、もっと重い物を動かせる人も居ますから、私はテレパシーの能力は高いのですが、サイコキネシスは低い方ですよ」和美は唖然として聞いていた。
ドアをノックする音に「内緒ね」そう言って香澄はベッドに潜り込んだ。
「どうだね、様子は?」
「は、はい、まだ寝ています」壁のハンガーに服が無いのを見て「変わった服は?」
「はい、洗濯場に」
「そう、洗わないで警察が調べるらしい」
「伊坂教授、この女性は、何処から来たのでしょう?」
「身体は成人の女性で何も変わった処は検査では発見されていないが、素肌にあの服は普通ではないな」そう行った時、香澄が動いて目を開いた。
「おお、気が付いたのか?具合は?」
「はい、別に何も有りませんが?」
「生まれは?」
「神奈川県茅ヶ崎です」
「今は?」
「都内のマンションに住んで居ます」
「マンションの名前は?」
「グリーンテラスです」和美が驚いた顔をした。
超能力は本当だった!自分の住んでいるマンションだったからだ。
「本城君も近くのマンションだったね」
「は、はい」驚き顔の和美に教授が尋ねたのだ。
「何処も、悪くないので明日にでも退院しても良いのだが、両親は居ないのかね?」
「はい、居ません」
「入院費はどうする?何も持って居なかった様だが」
「はい、何とか用意します」そう言うと伊坂教授は、和美に服を探して持参する様にと話して病室を出て行った。
「香澄さん、私の住まいを言ったでしょう」
「はい、取り敢えず明日から泊めて頂かなくては」
「えー、そんな」
「輝さんと二人だから、私が一人増えても大丈夫ですよ」
「そんな、無茶苦茶な、妹にも相談してないのに、それに此処の支払いどうするの?お金無いでしょう?」
「これを売れば、当分生活出来るわ」と自分の服のベルトの部分からキラリと光る石を取り出した。
「これ、売って貰えれば」と和美の手の平に載せた。
「これ?ダイヤ?違うわね、これ本物なら凄い値段よ!」
「一度、近くの宝石店に持って行けば判るわ!」
和美は自分の考えている事を先に言われて、読まれているのか?駄目、考えたら駄目よ。
「無駄よ、統べて判るからね」と香澄が笑うのだ。
「こんな大きなダイヤ見た事ないわ、それにその服のベルトに入って居る事は知らなかった、外から判らないわよ」
「服も欲しいの、この姿では帰れないでしょう?」
「何処に?」
「貴女のマンションに」
「えー、どうしても来るの?」
「私の正体を知っているから、仕方無いわ」
「これがもし本物か調べて本物だったら、妹の許可を貰って少しの間なら泊めてあげるわ」
「ありがとう」香澄は微笑んで「もう少し眠るわ、空気が悪いので頭が痛いの」そう言うとベッドに潜り込んだ。
和美が半分は香澄の話しを信じていたが、この石が本物のダイヤだとはとても思えないのだ。
自分達が目にする指輪とかネックレスのダイヤとは大きさが違っていたから、病院を抜け出して宝石店迄タクシーで向かう和美。
もし本物ならと考えると額に冷や汗が出る。
恐る恐る宝石店に入ると店員が「指輪でしょうか?ネックレスをお探しでしょうか?」と笑顔で近づいてきた。
「高価買い取りの看板が出ていたのですが?」
「はい、当店では金、プラチナを始めとして、ご不要に成った宝石類を買い取らせて頂きます」
「幾ら位の物か見て頂きたいのですが?」
「はい、鑑定士を呼んで参ります、此処にお掛け下さい」和美は腰掛けたが、恐々だった。
暫くして眼鏡を賭けた六十代の男性がやって来て「お待たせしました、指輪?ネックレス?」
「違います、石です」
「加工してない?石?それは安いよ、加工に費用が掛かるからね、見せて貰いましょう貰いましょう」
和美はポケットから手を差し出して、手の平を広げた。
「ダイヤ?加工されていますね、よくね!騙されるのよ女の子がね!こんなに大きなダイヤなら、博物館か収集家の物だよ、騙されたね!」そう言いながら笑った。
「まあ、見て見るけれど、ショックを受けないでね、男はこんな悪戯をしたがるのだよ!」
そう言いながら手に取って「中々精巧に出来ているね、人工ダイヤでもこれなら高いよ!」
「そうですか?幾ら程、しますか?」尋ねる和美に鑑定の男の顔が見る見る変わる。
「暫く、お待ち下さい」男は鑑定を中止して、何処かに電話をしていた。
やがて戻って来て「私の鑑定では、値段の算出が難しいので、本店から呼びましたので暫くお待ち下さい」
「困ります、仕事を抜け出して来ていますので」
「いや、そう言われましても、私ではこのダイヤの値段は出せませんので」
「それって、本物って事ですか?」
「はい、私が見る限りでは、本物だと思うのですが?この様な品を見た事がございませんので価格が判りません!」
「でも、私、仕事に戻らないと」
「仕事場はどちらで?」
「都立総合病院です」
「じゃあ、後ほど伺います、お名前は?」
「内科の看護師で本城和美です」
「じゃあ、落とさずにお持ち帰り下さい、容器に入れますので」
和美は香澄の話が本当なのだと思ったと同時に青ざめていた。