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突然の転校

 ハヤタは、小さい頃から、いわゆるマセガキだった。


 小学校三年生のときに、幼なじみの女の子から初めて告白され、初デートの相手は小学校四年生のときのクラスメートの女の子だった。

 二人きりで少し離れた公園に、その女の子の母親が作ってくれたお弁当を持って出掛けた。


 小学校五、六年生になると、同学年はもちろんのこと、下の学年の女の子からも告白をされ、放課後になると、必ずといって良いほど、女の子の取り巻きの中で遊んでいた。


 ただ、そのころのハヤタは、背が低く、少しぽっちゃりとした体型をしていた。

 勉強嫌いでまともに宿題すらしたことがなかったため、成績はからっきしダメで、しかも、スポーツも得意ではなかった。


 それでも女の子からもてたのは、今となっては不思議としか言いようがない。


 もしかしたら、幼い頃にハーフの女の子に間違えられることも多かったその容姿、髪は少し茶色かがった細いストレートヘアーで、顔は少し小さめの卵形、目はぱっちりと大きく、瞳の色は少し鳶色かがっていて、まつげが長く、鼻筋のとおった大きくも小さくもない鼻に、唇が薄めのほんの少しだけ大きめの口、によるのかもしれなかった。


 このようにハヤタは、少しマセガキであった以外は、ごく平凡な、どちらかというと、何かにつけて平均点以下の男の子だった。


 そんなハヤタに、変化が訪れたのは、中学二年に進級したころ、早生まれのハヤタが十四歳になって間もないころからだった。

 ちょうどハヤタは、そのころ、中学一年から二年に進級する際、訳あってそれまで通っていた中学校から別の中学校に転校している。



 その転校は、オレにとっては、あまりに突然の出来事だった。


中学一年生の春休みに入ったある日、まだ少々冷え込みの残る朝、いつものように二階の自室のベッドで目覚めると、母親から話しがあるので、下に降りてくるように言われた。


 一階のリビングに降りると、四人がけのダイニングテーブルの片側に父親と母親が座って、オレを待っていた。

 朝食の用意をしている匂いはしたが、テーブルの上に朝食は用意されていなかった。


 オレが両親と向かい合って席に着くと、父親は何やら書類をテーブルの上に置き、おもむろにこう言った。

「実は、お前は私たちの本当の子供ではないのだよ。」


(へーっ、何それ?)

 オレは、父親が何を言っているのか訳が分からず、今日はエイプリルフールだったのかと思ったほどだった。

 しかし、その日は、三月二十四日でエイプリルフールまでは、まだ一週間もあった。


 オレは、訳が分からないまま、父親に問うしかなかった。

「何を言ってるの?」


 しかし、父親は、全く動じる様子もなく、話しを続けた。

「この戸籍を見てみなさい。」


 どうやら、さきほど父親がテーブルに置いた書類は、戸籍謄本らしかった。


 オレは、その戸籍謄本を手にとって、自分の名前の書かれたあたりを見てみた。

 すると、自分の父親の欄には既に亡くなった祖父の名前があり、母親の欄にはこれも既に亡くなった祖母とは別の見たことのない名前が書かれていた。


「この戸籍を見れば分かると思うが、お前の本当の父親はお前のおじいちゃんで、お前の本当の母親は、お前のおじいちゃんの後妻さんで『ユイ』さんという方だ。」


 父親が淡々と説明を始めた。


 父親によると、祖父は早くに祖母と死別し、その後、親族の反対を押し切って、後妻さんをもらった。

 そして、その後妻さんとの間にオレが生まれた。


 そのとき、祖父は五十歳で、後妻さんは三十六歳だった。

 祖父からすれば、オレは孫のような年齢の子供であったことと、祖父と亡くなった祖母との間の三人の子供はいずれも娘だったためオレを跡継ぎにする目的もあって、祖父はオレを両親の子供として育てるよう両親に懇願した。


 両親はその祖父の願いを聞き容れて、オレを自分たちの長男として、名字も両親のそれを名乗らせたままで育てることにした。


 その後、両親の間に弟、オレが長年の間、弟だと思っていた男の子が生まれ、両親は、オレと弟をこれまで本当の兄弟のように育ててきたとのことであった。



 ところが、オレの高校進学の時期が近づき、中学校から二年生への進級後はオレに戸籍通りの名字を名乗らせるようお達しがあり、この機会にオレに真実を打ち明けることにしたらしい。


 父親がオレに説明をしている間、母親は無表情で、ただ黙って聞いているだけだった。


 父親の説明を聞きながら、オレは頭の中で、これまでのことを思い返していた。


 確かに、物心ついたころからずっと、オレは両親に対して何か違和感のようなものを感じていた。

 ただ、子供はみんな一度は、今の両親は自分の本当の親ではなくて、どこかに別の素敵な本当の両親がいるかもしれないということを夢想するものなので、きっとその類のものであろうと思うようにしていた。


 ある程度の年齢になってからは、そのような考えを持つのは、中二病の発想だと思って一蹴してきた。


 しかしながら、よくよく思い返せば、父親からは自分の子供に対するものとしては不自然な遠慮と呼べるようなものを感じることが度々あり、母親からは常々弟に対するの態度とは異なるよそよそしさを感じていたことは確かであった。


 考えてみれば、婿である父親からすれば、オレは祖父から跡取りに指名された祖父の実子であり、遠慮がちになるのも無理ならぬことであった。

 また、母親からすれば、オレは、祖父が母親を含めた親族の反対を押し切ってまで祖母とは別の女性に生ませた異母兄弟であり、快く思えるわけはなかった。


 父親は、一通り説明を終えると、さらにオレに唐突な要求をしてきた。

「それで、これはお前が決めればいいことなのだが、実は前々から『ユイ』さん、お前の実の母親がお前を引き取りたいと言ってきている。そこで、夫婦で話し合ったのだが、この機会に、お前にどうするか決めさせようということになった。できれば、この春休み中に決めてもらえれば、私たちとしてはありがたいのだが。」


 オレからすれば、それはあまりにも突然かつ一方的な要求だった。

 十四年間もの長い間、実の両親、実の弟と信じて一緒に暮らしてきた人たちが実はそうではなく、仮にそのことはさておいたとしても十四年間も続いてきた暮らしを、たった二週間で、そのまま継続するのか、それとも全く別の新しい暮らしを始めるのかを選べといういうのだ。


 しかも、まだわずか十四歳になったばかりの子供に、それもたった一人でその選択をさせようとしている……。


「少し考えさせて。」

 オレは、そう答えるしかなかった。


 オレは、自分の部屋に戻ると、ベッドに横たわり、目を閉じた。

 そして、しばらく、あれこれと、とりとめもない思考をめぐらせていた。


 どれぐらい時間が経ったのだろうか、ろくに食事も取らないままに、気がつけば周囲は既に暗くなり始めていた。


 そのとき突然、自分の心の中に、声が響いた。

(全てをいったんクリアーにして、もう一度一からやり直すチャンスが巡ってきたんじゃないか、何をためらっている。家を出て、やり直すんだ。)


 オレは、実際、それまであまりぱっとしない生活を送ってきた。何をしても中途半端で、いつも心の中にモヤモヤとしたものを持ち続けていた。


 勉強も運動も平均以下で、だからといって努力しようともしない。

 生まれつき小心者で、思い切ったことや、冒険ができない。

 引っ込み思案で、友達も少なく、ただ不思議と女の子にだけはもてた。


 いつも身体の中にエネルギーを持てあましているが、そのはけ口をみつけられないでいる。

 このままでいけば、うだつの上がらない将来が待ち構えていることは目に見えている。


 オレは、この心の中に響いた声に従うことに決めた。

 無謀かもしれないが、人生は一回きり、後悔はしたくない。

 変わりたいと強く思った。


 こうして、オレは、その数日後には、『ユイ』さんの住居に引っ越すことになった。



 『ユイ』さんの住居は、西京都の第四ブロックのはずれにあった。


 オレの荷物は先に業者に依頼して運んでもらってあった。

 オレは身一つで、スマホの地図アプリを頼りに、『ユイ』さんの住居を目指した。


 辿り着いた『ユイ』さんの住居は、こぢんまりとした洋風二階建ての一軒家だった。

 これも祖父、もといオレの実の父親に買い与えてもらったものなのかもしれない。


 オレは、玄関先に立って、少しレトロな感じのする呼び鈴を押した。

 リーン、リーンと鈴とベルの間のような澄みわたった音が建物内に鳴り響いたのが分かった。


 少しして、玄関先に人の気配がして、玄関のドアが開いた。

 そこに立っていた女性は、オレが想像していたのとは違う、とても綺麗な女性だった。


 戸籍に書かれていた生年月日からすれば、『ユイ』さんは五十歳のはずだが、とても五十歳には見えない。

 顔にはほとんど目立った皺らしきものもなく、張り艶のある肌をしている。

 その体型も若々しく、その外形は、いわゆる美魔女モデルのようであった。


「あなたがハヤタなのね。」

 その女性が、やさしい声で、オレに問いかけてきた。


「はい。あなたが『ユイ』さんですか。」

 オレは、念のために確かめてみた。


「そうよ。どうぞ。おあがりなさい。今日から、ここがあなたの家よ。」

 特に感動的な対面というような感じではなく、初対面は意外とあっさりと、しかも淡々としたものだった。


 オレは、言われるままに玄関先で靴を脱ぐと、少し高くなったフローリング張りの玄関に足を踏み入れた。


「そこにあるスリッパを履いてね。」

 オレは用意されていた真新しいスリッパを履いて、招かれるままに、家の中へと入っていった。



 リビングに入ると、テレビ台の上に写真立てがあり、その中に小さな赤ちゃんを抱いた『ユイ』さんとその夫と思われる男性が写っていた。


 オレがその写真に見入っていると、『ユイ』さんが話しかけてきた。

「その赤ちゃんがあなたで、男の人はあなたのお父さんよ。あっ、あなたにとっては、おじいさまと呼んだ方がいいかしら。」


 確かに、写真の男性は若い頃の祖父、もとい実の父親らしく、どことなく今の自分に似ているようにも見えた。


 驚くべきは、『ユイ』さんだった。

 写真に写っているころは三十六歳と思われるが、その写真と現在の姿がほとんど変わっていない。


 この人の正体は本当の魔女なのかもしれないと思えるほどであった。


「あなたのことを何と呼べばいいかしら。」

 『ユイ』さんが写真を眺めたままのオレに聞いてきた。


「ハヤタでいいですよ。息子なんですから。」

 オレは、自分でも無愛想だなと思えるようなそっけない答え方をした。


 それで少し気まずくなり、自分からも質問をした。

「オレの方は、あなたを何と呼べばいいですか。」


「そうね。いきなりお母さんって呼んでもらえるとは思っていないし、ハヤタの呼びやすい呼び方でいいわよ。」

 『ユイ』さんは、首を少しかしげて考える戯けた仕草をしながら答えた。


「わかりました。では、当分の間は、『ユイ』さんと呼ばせていただきます。」

 オレは、複数ある選択肢の中から、最も無難と考えられる答えを選択した。


「まあしょうがないわね。じゃあ、当面はそれで我慢するか。」

 『ユイ』さんは、ほんの少し不満そうな表情を見せたが、このことについてはそれ以上何も言わなかった。



 こうして、オレの新しい生活が始まった。


 今回の引っ越しで、西京都の北にある第二ブロックから、南にある第四ブロックに移ったので、中学校も転校することになった。


 そして、名字も、これまでの伊達から姫野に変わった。


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